2-4.あらすな



 長いようにも短いようにも感じた道も徐々に足を進めてきた結果間もなく終わるようです。

 サティはあなたの歌っていた歌を寸分の狂いもなく真似出来ましたが、男性と女性ではキーが違いますので、その音程を調整することに苦労していました。

 あなたは特別音楽に詳しいわけではありませんので、実際に男性には高すぎるキーで歌いました。彼女の撮影、収録の邪魔にならないようにしていたのに、合唱コンクールでソロパートを勝ち取ったパートリーダーのように声を張り上げたことは痛恨の極みです。


 歌いすぎたからかほんの少し喉がちくちくするような感覚をおぼえますが、あなたにとっては無視できる程度です。サティはあなたの少し前を歩いて時折こちらに振り返って話しかけてきますので油断できません。


 徐々に傾斜を登るようになり、そうして目の前には階段が表れます。何度折り返したでしょうか。サティが扉に手を当てて外の様子を探っていましたが、あなたに向かうなりこう言いました。


『砂が堆積しているみたい。ここを開けるのはちょっと大変かも』


 あの超音波破砕機は?


『固形物を破壊するのに向いているだけで、砂みたいな粒の小さい堆積物を吹き飛ばすには効果が薄いと思う』


 解決法はある?


『ない訳じゃないけど、破壊力が強すぎるのが難点かな。この施設ごと吹き飛ばしちゃうかも?』


 それは困ったな。


『うん。私、困っています』


 扉は間違いなく隔壁扉ですが隙間から砂が入り込んでいます。サティの発言から扉を開けて砂をある程度こちらに入れたところで意味はないのでしょう。


『そうだね。大体この階段の倍以上の高さまで積もってるかな』


 それでは階段ホールの中にいる自分たちごと砂に飲み込まれてしまう。困っていますと言ったサティはどこかワクワクした様子でこちらを見ています。

 一度ASMR動画を企画したからかこちらのアイデアを期待している様子。なるほど、砂中からの脱出。それを映像として残したいという事だろうか。


 あなたは腕を組み考えますが、最初に出てきたのが土の中を進むモグラです。土の竜と書いてもぐら。とはいえあなたに土竜の知識はありません。せいぜいが土竜がトンネルを掘り進む際に地表にぼこりぼこりと隆起させて進むというのが表現優先のものであるということくらいです。

 更に言えば貴方の頭の中には既に土竜は消え去っていました。


 掘り進めるもの、掘り進むもの。それはドリル以外にあり得ません。

 回転しながら障害を掘り、抉り、穿ち貫くというのは男の子の必修感性だとあなたは確信しています。ドリルとは浪漫、ドリルとはカッコいいのです。


 あなたはサティにこう提案します。

 ドリル回転するロケットのようなものはないか、と。


 そう言われた完全に女の子のサティは一瞬目を丸くしてきょとんとしますが、視線をふらつかせ腕を組んでうんうん悩み、あなたがしていた手の平にこぶしを打つ思いついたのポーズで答えました。


『こういうのはどうです?』


 あなたは知っています。水の一滴も同じ位置に落ち続ければ石をも穿つ。それが何か固そうな金属で形作られたドリルならありとあらゆるすべてを貫くことが出来る。それはあなたにそう確信させる素晴らしいものでした。

 直径1メートルほどもあるドリルに繋がるのは先ほど見たポッドのようなもの。フレームを追加するなど補強されている部分もありますが、そんなことより終端部。

 直接目にしたことはありませんがあなたの知識によると空を飛ぶものについているエンジンのようなものだと理解できます。ただしジェットエンジンかロケットエンジンかの判断はあなたには判別できません。

 しかしそんなこと等どうでもいいと思えるほどの素晴らしいフォルム。

 ドリル。ポッド。ロケット。無駄なものが何一つとして存在しない素晴らしい脱出方法がここに提示されました。


 あなたの中で既に有名配信者となっているサティですが、ここに天才であるという属性が付加されました。

 彼女という配信者はただ愛されるわけではなく、その天才性でもって周囲を引きつけることが出来る、引きつけてしまうまさに完璧で究極のアイドルなのかもしれません。


 あなたのサムズアップに彼女も笑みを浮かべます。

 ポッドに乗り込み出発を待つあなたでしたが、全身にもきゅっとした重みが加わります。


『じゃあ発射シークエンス、開始するね』


 半透過しているコンソール越しに金髪碧眼が映りこんでいます。

 あなたの考えは自分というプロデューサーを人柱に人間ドリルロケットが展開される予定でした。しかし。


『どりる回転開始。エンジン点火。ポッド内環境安定化』


 このドリルロケットを運行しようとしている彼女を邪魔するのは、自らの浪漫を否定することに他なりません。彼女のやや低めになった声で告げられる発射までのシークエンスを堪能し、あなたとサティは砂の中を突き破って空へ打ち出されました。


 結果的に砂を突き破りトンネルを脱出、しばらく飛行してその大地と空を眺めることが出来ました。


 新たな大地は真っ白な砂と暴風が吹き荒ぶ、白い嵐の最中にありました。


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