暗い暗い海の下

2-1.暗いということ



 人間とは光と闇が必要な生き物です。これは比喩ではなく実際に光と闇両方が生きていくうえで重要になるという研究が世界中で行われていることからも明らかです。

 古くは古代ギリシャの医師であるヒポクラテスからアジアでは陰陽思想としてその考えは伝わっています。近代では実際に洞窟に長期間籠るなどしてだした実験結果がその正しさを証明しています。

 あなたは雑学の一部として人は暗闇の中に閉じ込められると発狂する可能性がある。そんな認識を持っていました。

 そんなあなたですが、この深い暗闇に包まれた場所であっても何の不都合もなく歩みを進めています。これはあなたが闇というものに強いとか、実は闇属性だったとか、闇吸収の耐性を持っているという訳ではありません。

 利き手とは逆の手で使う箸で大豆をつまむかのように口からこぼれ落ちた先ほどの雑学を聞いたサティが、美少女アニメもかくやと思われる早着替えで光源を確保したからです。なんなら彼女の周囲を回るワープ出来そうなスターも文字通りにキラキラと輝いています。それでいて機能を失っていないのですから、流石は有名配信者だとあなたは感心しています。

 ちなみに彼女の格好はどこか晴れ着に似た体に巻くタイプの衣装です。生地自体が光を反射しており、その反射光を抑えるためか目元に半透明のバイザーが用意されています。また帯の代わりにネオン管のようなものがまかれていますが危なくないのでしょうか。動きにくさや危険性を織り込んでまで画を気にする姿勢にあなたはつい口を開いてしまいます。


 サティは周りを明るくすることが得意な配信者なんだね。


 どんな皮肉でしょうか。

 あなたにとってはただ光源を確保してくれたサティを表現しただけでしょうが、そもそも彼女はあなたのために量子化して持ち込んだ資材を再構成してまで人型電光掲示板になっているのです。

 まあ、彼女もその言葉に満更でもなさそうなので気にする必要は無いのかもしれません。




 歩くこと数日。実際には数十分ですが、あなたにとってはそれくらいの長さを感じています。それは暗闇の通路内が明るくなったことでトンネル内に散乱しているものに気を取られいちいち足を止めるあなたと、一緒になって周囲をカメラに映すサティの初めてのおつかいが如く歩みの遅さにありました。


 あなたはこのトンネルが随分古いものだと聞いていたのに、思ったよりも新しいことに首をひねり続け、逆にサティは模様だと思ったものが言語や数字であったことにショックを受けています。

 あなたはサティを見てこう思いました。ああ、一人になる時間が欲しいのかもしれない。

 相手は有名配信者。たかだか一般人に隙を見せることは無い。ですが、相手も一人の人間。更に女の子です。自分がいては実行に移すことが難しいことだってあるかもしれません。

 それこそ常に決まった時間に食事をするのかもしれませんし、あの文字を見て何か用事を思い出した可能性もあります。


 あなたは此処で休憩を申し出ました。更にある程度光源を落として、少なくともほんの少し歩けば自分と彼女の間を闇で遮ることが出来るような光量に落とすことを提案したのです。

 もし見えないものを見ることが出来る存在がいたなら、あなたの鼻がテングザルのように伸びていることに気付いたでしょう。あなたは自らのこの判断を自画自賛しています。男女の関係性、一般人と有名配信者という関係性、旅をする相棒。そんな仲であっても一定の距離と壁は必要である。貴方の信念から出てきた提案に少しだけ困った顔をしたサティでしたが、あるものを置いて一度あなたの傍を離れました。


 それは光源です。橙色の柔らかな色合いで、風もないのに揺らめく炎のような光。手を翳せば温かさは感じるものの、手が燃えてしまうほど熱くはありません。

 素晴らしい理解と配慮です。この程度の明かりならば周囲を見通すことも難しく、そして暖かいという素晴らしい選択でした。

 ただ一つ疑問なのは、それがどこかで見たことがある焚き火のおもちゃのような形をしていることです。火がついているわけではないのに、ぱちぱちと線香花火のように爆ぜる音が鳴り、わずかに明滅する光景はどこか寂寥感や孤独感を感じますがそれと同時にどこか満たされるような満足感を得ます。

 あなたは此処でようやく理解しました。あ、これ焚き火のおもちゃだ、と。

 そこに込められた技術や素材はあなたの知るものではありませんでしたが、あなたは無性にキャンプがしたくなりました。


 そしてあなたはまさしく落雷が落ちたかのように閃きました。そうだ、焚き火しようと。というか目の前にあるし、焚き火してる。


 あなたのその思いついた時には行動が終了しているどこぞの兄貴のような帰結をサティは不思議そうな目で見つめていました。


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