1-3.ライバー



『この辺り、というかこの島ってグラウンドゼロって呼ばれてるんですよー』


 あなたとサティと名乗る女性は白い砂の大地を二人で歩いていました。彼女の周囲をくるくると回る煌びやかな金属製のまきびしはどうやらカメラとマイクであるらしく、その性能を盛んに自慢していました。

 なるほど。機材の提供元も見ているのだからその寸評について記録しておくのは提供を受けているライバーにとっても当然ということか。あなたはそんなことを考えながら無駄に優れた立ち回りでカメラの死角に回り込み、彼女の足音に紛れさせるようにして歩いていました。


 しかし彼女のここは島だという言葉にあなたは首を傾げます。あなたはこの辺りで海というものを見たことがありません。あなたが見つけたのは砂が流れ落ちるような巨大な谷間くらいで、すわアリジゴクの巣かと慌てて逃げ出した経験しかありません。

 そもそもここ数日この島と呼ばれる場所を歩いていますが、彼女はこの地を歩きながら何故かこちらに話を振ってきているので、あなたとしては話を聞く以外の選択肢はありませんでした。


 彼女にとっては何度も繰り返したことで頭に入っている文言なのでしょう。その解説は立て板に水、旅のガイドとして客発句に亭主脇、微に入り細を穿つ博覧強記っぷりはあなたに疑問を抱かせました。


 何でライバーしてるんだろう。


 そんなあなたのつぶやきすらも彼女は気を悪くすることなく明るく答えます。


『人に出会うため、ですよ!』


 出会いに知識が必要だろうか。あなたは考えました。

 何かを狙うのであれば必要かもしれません。釣り人が場所や時期、狙う相手によって道具や仕掛けを変えるがごとく、出会う場所によっては狙った相手の傾向があるという事なのかもしれません。しかしあなたには少し難しかったようです。

 つい反射的に、出会うことに必要なのは運だと述べてしまいました。あなたは自分のような何の面白みもない一般人と出会ったのでは取れ高などないだろう、と内心ほくそ笑みながら自分のつまらなさを謝罪しました。

 あなたは100人の男性が100人興味を持たないであろう人間であると確信しています。男性の同性間による評価基準の内、一つは話が面白いことが挙げられます。あなた自身、そういった評価が地の底より低いことをほんの少しだけ、指先のささくれくらいには気にしています。女性の評価は男性の貴方には予想することも出来ないので割愛します。


 あなたの発言にサティは気を悪くすることなく、自分は運がいいと返しました。


 なるほど、これが人気配信者のコミュ力というものか。あなたは深く納得しました。人間には多くの趣味趣向、思想を持った人たちがいます。彼女のリスナーにもその数だけ彼女の推し方があるように。

 そしてあなたにも、通りすがりの一般人として人気配信者に対する対応の仕方があるように。共に旅する相棒だとしてもあなたには彼女と明確な差が存在しているという事を、炬燵にベストマッチするのがみかんであるということよりはっきりと理解しています。


 つまり運がいいというのはわかりやすいお世辞。そしてそれに対する返答として一般的なものは素直に受け取ること。謙遜しても謙遜合戦になるのはわかっています。そして最終的になあなあの中途半端に終わってしまうのです。

 ここできっちりと一度会話を終わらせ、距離を取ることにしたあなた。丁寧にお礼を返したあなたは、彼女の返答を待たずに歩き出しました。




 何という事でしょう。あなたの眼下には海とは形容しがたい黒い液体が波打っています。あなたの優れた方向感覚は此処がこの島の南東方向だと思っていますが、サティはものすごく微妙な表情で大体あっていると言っていたので間違い無いのでしょう。

 ここに来るまでにあなたはサティにこう伝えました。ここが島ならいずれこの土地を出る時が来るのかもしれない。あなたはただなんとなく呟いただけでしたが、それにサティは待ったをかけました。

 私の旅はこの世界を一周するものだが、本当について来るのかと。

 あなたはそれに当然だと答えました。あなたにとってはそもそもこの世界を歩き回ることなど昼食後のうたた寝の間に見る束の間の夢でしかないのです。

 それを知ってか知らずか、サティは少しだけ困ったように微笑みながら、それならばとここに案内してくれたのです。


『私が過去に見つけたの。通るたびに直してるけど、壊れたらごめんね?』


 彼女は海の見える丘からわずかに進んだところ、アーチ状に残っていた廃墟群の一部を動かします。すると姿を見せたのはぽっかりと開いた暗闇。海より深く、どこまでも続いていそうな暗闇です。足場となる階段もボロボロに崩れ、半ば坂のようになっている場所もあります。


『ここから別の大陸に続いているけど、準備はいい?』


 あなたは当然ながら進む気満点でしたが、サティに一つだけ注文を付けました。


 配信者なら地下道編のオープニングを撮っておけ、と。


『……、ハロー人類!! 今日も私、サティちゃんのワールドツアーにようこそー!!』


『今日のスタートはココ、アンダーブラックだよー! さあ、闇の世界へ、レッツゴー!』

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