急募! 森から出る方法①

 拝啓、元の世界のお母様。

 僕は今、女神様の厚意で異世界に転生してもらいました。

 散々迷惑ばかりかけた人生だけど、最後の最後で善行をつみ、女神様に認められたみたいです。

 もう会うことはできませんが、僕は新しい世界で頑張っていこうと思います。

 だから心配しないでください。


「何を一人でブツブツ言ってるんですか? ついに壊れましたか?」

「……」

「しっかりしてくださいよ。あなたが童貞のままだと私も死ぬんですから」

「……」

「あとお腹減りました。何か食べ物をください」


 必死に堪えていた俺だったが、ついにブチっと頭の中で何かが切れた音がした。


「うるせぇーぞクソ天使が! 誰のせいでこうなったと思ってんだ!」

「ひぃ! わ、私のせいじゃないですよ!」

「どう考えてもお前のせいだろうが!」

「あなたが童貞の癖に無茶な目標立てるからでしょ!」

「お前がちゃんとリスクを説明してなかったのが悪いんだろうが! あと童貞の癖にとかいうなし! そもそも童貞卒業はお前が提案したんだろうがぁ!」


 大声で叫んだ直後、周囲でがさっという音が聞こえた。

 俺とサラスはびくりと身体を震わせ、音が過ぎ去るまでじっと堪える。

 今は大きな木の根にある穴の中にいる。

 覗き込まれない限り見つからない。


「あなたが大声出すからですよ」

「お前が文句ばっかり言うせいだろうが」


 ヒソヒソ声で話しながらしばらく待って、足音が遠くに行くのを感じた。

 ホッと息を漏らす二人。

 と同時に、ぐーとお腹の虫が空腹を知らせてくる。


「お腹すきました」

「俺だって腹減ってるんだよ」

「もう限界ですよ。天使の私をこんなところに閉じ込めておくなんて、何考えてるんですか?」

「こっちのセリフだ! この羽は飾りか!」

「痛い痛い! 引っ張らないでくださいよ!」


 天使の羽は初めて会った時よりも小さく、背中の広さに収まるサイズになっていた。

 どうやら下界に来ると天使としての能力は大幅に低下し、飛ぶことすら満足にできないらしい。

 

 異世界に召喚されて、今日で一週間が経過した。

 ランダム強制転移先から、俺たちは一歩も出られないままだ。

 外には怖いモンスターがウロウロしている。

 ここがどこで、どっちに進めば森から出られるのかもわからない。

 丸腰の状態じゃ、モンスターと戦うなんて無理だ。

 せめて武器があれば……。


「おいクソ天使、何か武器とかないのか?」

「あるわけないじゃないですか。天使に何を求めてるんですか?」

「……」


 本当に使えないなこの天使は。

 女神の安心サポートといかいう家電の保障みたいなサービスで、天使のサラスは俺のサポート役として下界に降ろされる。

 期間は中期目標を達成するまで。

 つまりは最大一年。

 もしも目標が達成できなければ、俺と同じペナルティーを彼女も受ける。

 要するに、俺が童貞のままだと彼女まで死んでしまう。


「いつまでこんな場所にいるつもりですか? さっさと森を出て適当な女性を捕まえて童貞卒業してください。でないと死ぬんです」

「っ……それができたら苦労しないんだよ」

「そうでした……だから二十年以上童貞でしたね……」

「そこじゃねぇ! ここから脱出する方法がないって話だ!」


 最初は申し訳なさも感じていたけど、今は微塵も感じなくなった。

 元はといえば、こいつがちゃんとした説明を忘れていたのが原因だ。

 そう思うと腹がっ立ってくるのも普通だろう。


「最悪ここから出られなかったら、お前で童貞卒業してやるからな」

「なっ! 絶対に嫌ですよ! なんで私が童貞クソ引きニートなんかと!」

「俺だって相手は選びたいわ! しょうがないだろ! 一か月出られなかったら俺たちの人生は詰むんだよ! あとニートはやめろ」

 

 引きこもりは事実だが、一応金は稼いでいた。

 株の取引でギリギリ生活できるレベルには。

 断じてニートじゃない。

 そこだけは間違えないで貰おう。


「無理です無理! こんな野蛮な人と関係持つなんて天使として恥ですから! 他を当たってください!」

「こいつ……もうこのまま襲ってやろうか! そうすりゃ万事解決だ」

「ぬあ! 何言ってんですか! そんなことしたら女神の加護を剥奪されて誰とも結婚できなくなりますよ!」

「は? 加護?」

「この世界ではエッチなことは結婚相手しかできないんです! もし結婚してない相手と行為をすると、その時点で人権を失います」

「じ、人権!?」


 また知らない世界の設定を感じたので、サラスに説明を求めた。

 十分ほどかけて、彼女から世界のレクチャーを受ける。


 装置の中で装着された首輪。

 これがこの世界の人間の証明であり、『女神の祝福』という加護を持つ証になるらしい。

 『女神の祝福』がないと、人間として生きることができない。

 例えば料理をしても必ず失敗し、種を植えても育たない。

 女神からの恩恵、固有加護も剥奪されてしまう。

 要するに、生きるために必要な要素が、自分の力では手に入らなくなる。

 故に、人権の剥奪に等しい。

 

 普通に生活していれば、この加護は失われることはない。

 ただしこの世界のルールに背くと、女神の加護は失われてしまう。

 そのルールの一つが、結婚相手以外と性行為できないといものだった。

 この世界での結婚は形式的なものではなく、女神に誓いを立てて、祝福されることを指す。

 互いに誓いの言葉を口にし、その思いが本物であれば女神から指輪がもたらされる。

 その指輪をつけることで結婚は成立し、夫婦になり、エッチなことも解禁だ。

 仮に結婚以外でそういう行為をすると、愛に背いたとみなされ、加護は剥奪されてしまう。


「不倫とかもできないわけか」

「当たり前じゃないですか。そんなことしたら一発アウトですよ」

「なんでそこまで愛に厳しいんだよ」

「そんなの、この世界が愛と平和の女神フレイヤ様の世界だからに決まってるじゃないですか」


 ふと、女神様のことを思い出す。

 別れ際に残した言葉……愛と平和、あれは比喩ではなく文字通り事実だったらしい。

 この世界は、俺が元いた世界よりも愛と平和に厳しい。

 その分、女神の祝福を受けていれば、相応の恩恵も得られるようだが……。


「あ、ちなみに結婚できる相手は一人だけです」

「は?」

「離婚した場合、十年は再婚できないので注意してくださいね」

「……おい! じゃあもう終わりじゃねーか!」

「ぐへっ!」


 俺は首を掴んでぶんぶんと縦に振る。

 一人としか結婚できなくて、離婚したら十年再婚不可?

 その時点で詰みだ。

 中期目標の一年以内に百人嫁を作ることが不可能なんだから。


「どうしてくれんだよ!」

「うえぇ! だ、大丈夫じゃないですか? そこはほら? 第二の加護があるじゃないですか!」

「加護……あ、あれか」


 目標を記して装置を発動させたことで、俺の肉体はこの世界の仕様に作り変わった。

 同時に女神様から、二つの加護を受け取った。

 転生者だけが持つ第二加護は、掲げた目標を達成するために必要な効果となる。

 俺が手に入れた加護の名前は――

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