短篇小説「ルール違反」

トオルKOTAK

二〇二二*十一〇七

とまどいが気づかれないように、才川夏未(さいかわなつみ)はグラスの水で喉を潤した。氷に冷やされていない液体は軟らかく、その温(ぬる)さが冬の始まりを告げている。

一ヵ月半前とは明らかに様子が違う――不織布(ふしょくふ)のマスクを外した南原華(なんばらはな)を見て、夏未は思った。身体(からだ)が小さくなったように見える。頬がやつれ、目の下の隈(くま)をメイクが隠さず、着古した感じのセーターは毛糸のほつれをつくっている。そのせいで、襟を出したシャツの白さと糊の効き具合が不自然に映った。

「出がけに慌ててしまい……こんな普段着ですみません」

相手の視線と服装に気後れして、華は弱々しく言い、顔色を隠すふうにティーカップを傾けた。夏未は、オフィスメイクで、ブランドもののパンツスーツを着ている。

「いえいえ、私の都合で時間を一方的に決めてしまい、失礼しました……神保町で人と会う仕事があったので」

「お忙しいのに、ありがとうございます。才川さんにお渡ししたいものがあって……またお会いできてよかったです」

雲に遮られていた陽がガラス窓を透過して、華の目鼻を照らした。十一月の薄い光なのに、華は針で刺された苦悶の表情を浮かべる。

「すみません、まぶしいのが苦手で……ちょっとメガネを……」

ブラインドカーテンに手をかけた夏未を制すると、華はバッグからサングラスを取り出し、感情の乏しい瞳を薄紫のレンズでぼかした。

(つづく)

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