5-6

 虚勢はやっぱり、長くは続かない。悪夢の追いかけっこは、幸か不幸かもう間もなく終わりそうだった。


「貴族の人たち、逃げられたかな……」


 もうちょっと何か考えてから動くべきだった。でも、マラソン大会で見学と時間切れを繰り返していたわたしにしては、上出来だと思う。

 お嬢様からは、まともな応答がない。というより、向こうも既に戦いが始まっている、と考えるべきなのだろう。

 そう言った矢先に。逃げ遅れている異国の貴族たちを見つけた。その中には……さっき別れたシロさんもいる。どうして⁉

 強い寒気と、氷を踏むような足音。シンデレラが今にも近づいてくるのが気配でわかる。目の前の貴族の人たちは……戦える状態ではなさそうだ。わたしが、何とかするしかない。


 何か、何か戦うための道具はないだろうか。辺りを見回すうちに、ふと、自分の胸元に目が留まる。

 パーティー会場にある生き物は、人間を除けば、入口で貰ったコサージュの薔薇や、いけてあるお花くらい。

 棘で指を刺して血を流し、薔薇をその辺に転がっていた鉄の燭台とつなぎ合わせ、強化する。要領は侯爵領で作った生け垣、もとい森の巨人グリーン・ゴーレムと同じ。動かせるのは一瞬限り。強いて名づけるなら、『変生メタモルフォーゼ有刺鉄線バーブド・ワイヤ』。それを、盾にする。

 これでわたしの正体がばれてしまうかも、なんてことは。終わった後に思い至って後悔したけれど。それでも、


「なにそれ、鋼の茨? 眠り姫いばらひめにでもなったつもり?」

「……っ!」


 「シンデレラ」の蹴りが一閃する。鋼の茨は容易く刈り取られる。でも、蹴りはまだ、茨の壁の此方こちら側には辛うじて届かない。

 本当なら、お嬢様の鎖のように操って「シンデレラ」を縫い留めるのが一番いい。でも、できない。わたしの茨はそんなに早くない。

 と、いうより、わたしの力は、あくまで「融合させる」「改造する」力で、「思い通りに操る」力じゃない。動かせても一瞬だけのはりぼてだ。だから、時間稼ぎが精一杯。


「今のうちに、早く逃げて……! ください」


 逃げ遅れた貴族達にそう叫びながら、次の壁を準備する。

 一目散に走る、幾人もの顔を覚えさせられた人、知らない人。その中に、新しい婚約者……立ち止まるシロさんの姿もある。彼女だけは氷のように固まって、こちらを見ている。どうして?

 茨の壁が割け、『シンデレラ』が姿を現す。


「シロ……さん!」


 他の貴族はもう居ないのに。あの人、まだ逃げていない。シンデレラも、一瞬、そちらに視線を送って……何故だろう、一瞬ぎょっとしたように見えた。


「……スノーホワイト。どうして、まだここに……」


 なんでかはわからないけれど、初めて、あの「シンデレラ」が隙を見せた。……今だ。今なら、届く。


「絡め取れ、わたしの茨!」

「……丁度いい。貴女もここで……あっ!」


 予備の鉄の茨が「シンデレラ」の脚に這い上る。白い肌を舐めるように絡み付き、棘が赤い雫を滴らせる。それが、わたしが「人」を傷つけるために力を使ったことを思い知らせる。


「シロさん! 逃げて‼」


 こくん、と頷いて、彼女は立ち去る。


「はぁっ……はぁっ……お強いのね……」

 

 一瞬、よそ見をした隙に。茨は何故かバラバラになり、剥がれ落ちていた。

 あれは、さっきの茨の壁を破った蹴り? 氷の剣? いや、もっと別の……


「その力、本当に大したもの。本来とは違う使い方をしても、ここまで出来るなんて」


 この人は、わたしの力の「本来の使い方」を理解している……と、いうことは。今までの戦いを知っているということ。わたしとお嬢様の戦いを、何らかの方法で目にしてきたということ。


「エルゼ・アッシェフェルト……さん。貴女が、黒幕なんですか?」

「ええ、この舞踏会を手引きしたのも。童話怪人を仕込んだのもわたし

「……あの狩人も」

「ええ、私が手ずからお城に置いてまいりましたのよ。邪魔になる者を仕留めるよう言い含めて。慣れない罠を仕掛けたり、侯爵家に招待状を届けたり。苦労致しましたわ」


 多分、本当は怒るべきところなのだと思うけど。わたしが抱いたのは深い困惑だった。


「……どうして、あんなことを……」


 わたしには、この人たちがわからない。本当にわからないものには、人は怒れないのだと初めて知った。


「童話怪人の力は血統魔法を歪めて、人の在り方を拡張したもの。血統魔法を持たない平民では、改造してもたかが知れておりますわ。だから、あれは個人的な意趣返しですのよ」

「そうなんですか……?」

「あら、知らないでマーリアを切り刻んでおりましたの? てっきり、有望な素材だから、拾い集めて蘇らせたのだとばかり」


 ……やっぱり、お嬢様の身体のこともばれている。


「さて……頼りのあの子は、まだ現れないようですわね……貴女のお墓の上での立ち話は、この辺りと致しましょうか」


 エルゼ……「シンデレラ」がバレリーナのようにクルクル回り、氷の剣を構える。


「まぁ、貴女の亡骸なきがらを見れば、あの子の顔もさぞかし崩れることでしょう。さぁ、今一度。悲鳴を上げる時ですわ」


 今度こそおしまいだと、覚悟を決める。その時、窓の硝子が砕ける音がした。

 わたしが恐る恐る目を開けると。


「ああ……」


 あの鋼の背中が、目の前にあった。


「無事でして?」

「……お嬢様」


 

  かくて、十二時が近づく中、鋼の姫と氷雪の姫は対峙する。

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