アイアン悪役令嬢~断頭台の露と消えた私がロボになって復讐しますわ~

碌星らせん

プロローグ

「はぁっ……はぁっ……」


 ボロ布を纏った女が、何かに急かされるように路地裏を駆ける。

 元々、走るのには慣れていない。そういうように生まれ育っていなかった。

 あの日までは、何不自由なく暮らしていたのに。

あの時までは、幸せな未来が待っていると思っていたのに。

 そして、あの階段を上るまでは、すべてに絶望していたのに。

今は、こうして追われる身。


「……君、君」


 そこに、女を呼び止める男あり。男の風体は、路地裏には不釣り合いな……あたかも王子の如きものだった。


「貴方は……」

「私だよ、『撫子の君』。学院で一緒だった、不敬にも『王子』などと渾名あだなされていた男だよ。まさか名高い侯爵令嬢に、こんなところで会えるとは」

「……存じませんわ。貴方のような人、覚えてもいませんから」

「おい、ちょっと待ってくれよ……いいだろう、少しくらい。これも何かの縁。昔の思い出話に花を咲かせたい気分なんだ。でも、あれ、君は確か、反逆罪で処……」


 掴んだ手に引きずられ、彼女がまとっていたボロ布が脱げ落ちる。中から金色のウェーブがかかった髪がこぼれ出る。均整な横顔がのぞく。

 だが、その首から下。

現れたのは人ならざる鉄の乙女の肌。レースとフリルの代わりにボルトとてつびょういろどられた、まるでロボットのような身体。


「君、は……一体」


 その返答は、叫びに似ていた。


「悪役令嬢……スマッシャー!!」


 彼女の腕は、在るべき場所になく。宙に回転していた。

 鋼の拳が螺旋を描き、男の臓腑ぞうふを抉る。


「が……はっ」


 よろめきながら、


「なぜ……私が刺客だと……『幸福の王子』だとばれた……私の『シュメルツオーフェン』を……」


 男の手から、ポタポタと溶けた金属スラグがこぼれ落ちていく。本来なら、彼女を溶かし去る筈だった異能。魔法と似て非なる力が、地に触れて白煙を上げる。

 王子の心の臓の位置に空いた穴。いくら童話メルヒェン怪人・ファントムといえど助かるまい。


「……本当のことを言えば。貴方のこと、嫌いではありませんでしたのよ」


 拳は白い煙を噴き上げながら、彼女の元へと戻った。


「新王陛下に……栄光あれーーッ!!」


 男……童話怪人『幸福の王子』は臓腑を繰りぬかれたまま天を仰ぎ、手をかかげる。

 直後、その身体が爆発し、炎が立ち上る。


「昔の貴方は、自由に見えたから」


 思い出すのは、遠くの記憶。過去の断片。

 嫌われ者となった彼女に贈り物をくれた、一人の偽物の王子様との思い出。

 しかし、その仄かな想いが叶わぬことは既に知っている。

 何故なら。貴族の令嬢とは、もとより家を栄えさせるための部品パーツに過ぎないのだから。故に、その感情の欠片すらも、自由はなく。悪役令嬢は決して涙を流さなかった。そして機械マシンもまた、涙を流すまい。

 だが、今の自分は悪役令嬢ではなく。機械マシンでもなく。もはや己が何者かもわからぬ誰かなのだから。

 仮初の王子であった鉛のカタマリは今も燃え盛り、路地裏を照らす。

 女のまなこから一筋のオイルがしたたり、地に落ちた。



  何故、高貴な女が鋼となったのか。

  事の起こりは、数カ月前の断頭台へと遡る。

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