第24話 酒場にて

俺は落ちこぼれ酒場で飲んでいた。

気分は最悪だ。

これが最後の晩餐になるかもしれない。


美味いはずのツマミも味がよく分からない。

とにかく、気分を紛らわす為に杯を重ねる。


くそ、どこで間違えた?

いや、何もかもが間違いだったのか?

追い込まれている。

明後日は伯爵と会うことになっている。

何を言われるか分からないが、碌な事ではないだろう。


「マスターもう一杯」


「おいおい、流石に飲み過ぎじゃねぇのか?」


「いいんだ、久々に飲みに来たんだ、頼むから飲ませてくれよ」


「そうか。いろいろ大変だったとは聞いている。酒に溺れたい夜もあるだろう。好きなだけ飲みな」


カウンターで杯を重ねていると声がかかる。


「お兄さん、お酒強いのね」


水色の髪の華奢な女の子だ。

顔も小さく、俺よりかなり年下に見える。


「酒に強いわけじゃない。今日は酔わなきゃ寝れそうにないんだよ」


「結構飲んでるみたいだけど大丈夫?わたし、エリサっていうの、よろしくね」


笑顔で軽く会釈されると、爽やかな柑橘系の香りがした。

アイドルのような可愛らしい容姿、庇護欲を掻き立てられる雰囲気だ。


「ああ、でも今日は一人で飲みたい気分なんだ。声を掛けてくれてありがとうな」


「そっか、そういう日もあるよね。また会えた時はよろしくね」


そういうとエリサはさっと立ち上がり去っていった。


「エリサが声をかけるなんて久しぶりに見たな」


「そうなのか?」


「有名な星空娘だからな、上客がたくさんいる。わざわざ声がけなんてしなくても引く手あまたな訳だ」


「そっか、あの容姿で愛嬌だもんな。それはそうかもしれないな」


俺は、エリサの容姿を思い浮かべてそう返事をする。

可愛い子だなとは思った。

ただそれだけだ。

俺の心を満たす何かは感じる事が出来ない。


その後も、一人飲み続ける。

落ちこぼれ酒場では、いつもの様に賭けが行われ、喧嘩が起き、男の怒号、女の嬌声が響き渡る。

淫らな格好をした女が賭けをする男にしなだれかかっている。

唾を飛ばして口論する男たち。

酔い潰れてテーブルの上の料理に顔を埋める男。

女が尻を出して踊り、男たちが手を叩いて大喜びしている。

いつも通りのいつもの喧騒。


美味い料理に旨い酒。


それでも俺の気分は晴れない。

ここ何日も考えに考えた。

屋敷を出てくる時に、空になったグリンの犬小屋の前でしばらく立ち尽くした。

11層と12層の境の安全地帯。

もしかしたら俺達のいた10層と11層の境の安全地帯に向けては逃げられなかった可能性を考えた。

スピリチュアルチャージを出来ていないので、既に昇天している可能性もある。

だが、スピリチュアルサーチで探れば、安全地帯で戦闘では無く霊力切れで昇天しているならば再度蘇生出来る可能性はある。

俺はその一縷の望みに賭けたい。

グリーンドラゴンが倒されたという情報は無い。

あの戦闘力だ。

並の冒険者では相手にもならないだろう。

11層にまだ居るはずだ。


グリンの小屋の前で立ち尽くす俺の元にモーリスが来て話しかけてくれたのを思い出す。


「大変なことになったようじゃな」


「本当にな」


「気晴らしに飲みにでも行くのか?」


「最後の酒になるかもしれないけどな」


「そうか。じゃが、儂は信じておるぞ、お主がそんなにヤワな男じゃ無い事を。そして、死霊術師がどんな困難でも乗り越える力を持っている事を」


「俺なんて街中じゃ何の力も無いさ。自分一人ではライフドレインぐらいしか戦う手段すら無いんだ」


「ふむ。教会を恐れるあまりにお主が使いたがらない気持ちは分かるが、どうせ追い詰められるなら本当に追い詰められたなら開放すれば良かろう。召喚系の死霊術を」


「しかし、召喚系は…」


「サモンアンデットやデモンズゲートは確かに一歩間違えば危険な技ではある。しかし、お主は気付いていないようじゃが、儂がお主に出会った頃からすれば、お主の格はかなり上がっておるぞ」


「そうなのかな?」


「死霊術師にとって一番大事なのは、体力か?魔力か?戦闘技術なのか?」


「それは霊力だろうな」


「そうじゃ、霊力じゃ。お主はダンジョンの下層に潜り、たくさんの死に直面し、もう何日も儂らと共に墓場に囲まれ寝起きしとるな。辛いこともたくさん合ったろうが、死霊術師としては理想的な霊力の上げ方でもあるんじゃよ」


「確かにモーリスから感じてた霊圧みたいなものが弱まった気がする。俺は仲良くなったから圧が下がったのかと思ってたけど」


「いんや、儂の霊力は変わっとらん、お主の霊力と格が上がったのじゃよ。今のお主なら召喚系の死霊術も使いこなせるじゃろう。大抵のアンデットや悪魔もお主に召喚されれば分け与えられた霊力で満足するじゃろう」


「召喚なんかして、教会に知れれば処刑待ったなしだろうけどな」


「何にしても追い込まれた時に切り札があると思っているのと、打つ手がないと思っているのでは、大きな違いじゃぞ」


「確かに気持ちがちょっと楽になったよ。モーリスありがとう」


「儂も、また一人になってしまうのは寂しいからの」


俺はモーリスの心遣いを思い出しながら酒を飲む。

死んでから年数が経った霊は親切な霊が多い。

年数と共に怨念、恨み、憎しみ、しがらみ全てが少しずつ剥がれるように落ちていくのだろう。

そして最後は昇天するのだろうが、モーリスのように土地と結びつきが強くなり、払われなければ昇天しない霊もある。


つらつらと想いが巡る。

モーリスの事。

グリンの事。

グリーンドラゴンの事。

そして、ヨーコの事。


今日は、会えないのか…

最後の夜になるかもしれない。

そう思って落ちこぼれ酒場に来たが、その日ヨーコに会えることは出来なかった。

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