第29話 仕組まれた演説会
上天に輝くのは太陽の光。眼下に広がるのは人の海。
王城前の広場に集まった数千人の群衆は、バルコニーから2人が姿を現すと、ワッと騒ぎ始めた。
「これは……何をしようというの?」
フェルニナが動揺していると、ザルカーは乾いた笑みを浮かべ、手すりの前に立った。その途端、顔つきが変わった。
「――我がアウルムの民たちよ!」
ザルカーの力強い声が、空間に響きわたる。群衆は一瞬にして静まった。
「今日はよくぞ集まってくれた。ありがとう、ありがとう!」
その言葉に、群衆が沸いた。ザルカーの圧倒的な人気ぶりが伝わってくる。
(この人、何者なの?)
余裕に満ちた笑顔に、堂々たる態度。太陽の光に反射した金髪が輝き、まるで獅子のように雄々しい。これだけの支持を集めるなんて、ただ者ではない。
「3年前、みなに約束したことが、ついに叶ったのだ!」
ザルカーはフェルニナを引き寄せ、隣に立たせた。
「センタルティア様だ! 『災いの国々』から、我が軍が連れ戻したのだ!」
大歓声が上がった。フェルニナは圧倒され、よろけそうになった。ザルカーが素早く腕を伸ばし、フェルニナの体を支える。
「亡き第一王子の唯一の子であり、正統な王位継承者だ。センタルティア様こそ、時期国王にふさわしい!」
その時、歓声と共にざわめきが起こった。やがてそれは罵声に変わっていく。
「そいつは本物なのか!」
「偽物だ!」
群衆の中から疑いの声が次々に上がる。
「偽物だというのか?」
ザルカーが問うと、
「そうだ! 王女だという証拠を見せろ!」
誰かが叫び、群衆がどよめいた。だが、ザルカーはまったく動じなかった。
「いいだろう、証拠を見せよう!」
まるでこの時を待っていたかのように、バルコニーの脇に待機していた兵士たちが動き出し、カゴの中身を広場にばらまいた。
大量の紙が空中に舞い、広場に落ちていく。人びとは飛び上がり、その紙を掴みとると、さらにどよめきが大きくなっていった。
「あの紙は何? 私にも見せて!」
フェルニナが求めると、ザルカーは兵士に目配せした。兵士の一人が、フェルニナに紙を差し出す。
「何これ……?」
それは、見慣れた国旗がプリントされた上質紙――ブリューソフ政府の発出した文書だった。
「『ブリューソフ共和国の国民フェルニナ・ソロキンを、アウルム王国の王女センタルティアであることを認定する』って……?」
その文章の下に、大統領のローゼフと内務大臣のオクサリナの署名があった。
「オクサリナ様のサイン……」
フェルニナは頭が真っ白になった。女性として初めて内務省のトップに立ち、聡明で美しく、ずっと憧れてきたオクサリナ。そのオクサリナがなぜ、このような嘘の文書にサインをしたのだろうか。
ザルカーはふたたび演説を始めた。
「聞いてくれ! これは『災いの国々』の王が出した文書だ。メルムの国では紙切れがすべてを決めるらしい。まったく滑稽だ!」
群衆がどっと沸いた。人びとは文書を掲げ、ザルカーに向かって振っている。
「しかし、たかが文書、されど文書だ。口約束は消えてしまうが文書は残る。これはメルムの王が下した、国としての意思決定だ。それを偽物と言うことは断じて許されない!」
ザルカーの力強い言葉に、群衆がまた歓声を上げる。
「私はこの幼き王女と共に、この国を牛耳る特権階級と戦う。誰もが自由を享受し、強く豊かな、ケルサス一の大国を作ることを約束しよう!」
フェルニナはザルカーの自信あふれる背中を見ながら、得体の知れない恐怖に襲われた。
「嘘はやめ……」
フェルニナの言葉を遮るように、腕を強く引かれた。振り返るとグレンがいた。
ザルカーは両腕を広げて叫んだ。
「今日は集まってくれてありがとう!」
群衆から最大の歓声が上がった。ザルカーは手を振りながら、バルコニーを後にする。フェルニナもまたグレンに腕を引かれ、元の部屋に戻った。
「こんな紙切れに何の意味があるの?!」
部屋に入るなり、怒り狂うシズレがザルカーに詰め寄った。
「
シズレは怒鳴りながら文書を破き、紙片をザルカーに投げつけた。
「センタルティアは誘拐されて死んだのよ! 次の国王はこの私よ!」
ザルカーは紙片を払いながら、笑って言った。
「それでは、皆の前で
「何ですって?」
「それが一番、公平な方法です」
シズレはしばらく黙り込んだ。
「……お父様に相談するわ」
「どうぞ。摂政の返事をお待ちしております」
シズレは大きく吊り上がった目で、ザルカーの後ろにいるフェルニナを睨んだ。フェルニナな負けん気の強さから、反射的に睨み返した。
シズレが部屋から出ていくのを見届けてから、ザルカーは言った。
「……頭を下げるな」
「え?」
フェルニナには何のことか分からなかった。ザルカーは扉を見つめたまま言った。
「他人に頭を下げるな。しかもあの
フェルニナは、この部屋で最初に行ったお辞儀について言っているのだと気づいた。
「これはお父様に習って……」
反論しようとした時だった。フェルニナの周囲が強い光に包まれ、ドンッという音と共に床が振動した。フェルニナはその衝撃で腰を抜かした。
「父親は死んだと思え」
ザルカーは冷たく言い放ち、出ていった。部屋には呆然とするフェルニナとグレンが残された。
「我らアウルム族は、雷電を操るのです」
グレンはフェルニナの手を取り、ゆっくり立たせた。フェルニナの周囲の床が、真っ黒に焦げている。
「さあ、行きましょう王女様」
グレンが言うと、フェルニナは青ざめた顔でコクリと頷いた。
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