ねこみみ。

雪村悠佳

1 朝起きたら生えていた

 朝起きたら頭の上にねこみみが生えていた。


 目が覚めて、枕と頭のあいだに変な感触があるなと思って。

 頭に手をやってみたら、慣れないふさふさとした感触。


 なんだろう、と寝ぼけた頭で考えながら、意味なくふにふにとつまんでみる。カーペットをさわったみたいな柔毛の感触。


 ぴー、っと引っ張ってみる。


 ちょっと痛い。


 ぼんやりと寝ぼけた頭で、取り敢えず布団から起き上がる。頭の上でふわふわと何かが空気に触れる違和感。


 ベッドの脇に置いた棚に、小さな鏡が乗っかっている。

 私はその鏡を手に取ってのぞき込んだ。


 いつも通りの私の顔が映る。寝起きで髪の毛はぐちゃぐちゃだけど、後はいつも通りの顔。僅かに寝ぼけ眼の、二重まぶたの大きな目。父親譲りの濃い眉。肩先で切り揃えた黒い髪の毛。


 いつも通りの私だった。たった一点を除いては。

 頭の上に生えた……ベージュ色をした、柔らかそうなネコミミを除いては。


「えーーーーーー!」


 思わず叫び声を上げてしまう。


 その声に驚いたのか、階段をどたどたと上がって来る音が聞こえる。


「奈緒、どうしたの?」


 ドアを開けてお母さんが顔を出した。


「お母さん、頭が、頭が……」


 ところがお母さんは怪訝な顔。


「頭がどうしたの?」


 私は自分のネコミミ(らしきもの)を引っ張って見せた。


「これ、これ……」

「髪の毛引っ張ってどうしたの。別に白髪とかになってないわよ」

「そうじゃなくて、耳が猫に……」


 私の顔を凝視するお母さん。


「何寝ぼけてるのよ。顔でも洗っていらっしゃい」


 呆れたような顔をして顔が引っ込むと、階段を下りて行く音が聞こえる。


 寝ぼける?

 冗談じゃない。


 とりあえずネコミミ(のようなもの)を引っ張ってみる。

 ……ちょっと痛い。でもさわり心地はふさふさしてちょっと気持ち良いかも。


 ……どういうことなんだろう。


 お母さんには見えてないんだろうか。

 それとも私が本気で幻覚でも見てるんだろうか。


 目をこすって、首をぶるぶると振ってから、もう一度鏡を覗き込む。

 自分の頭の上にはねこみみが乗ったままだ。


 ちょっと頭を整理してみる。


 私の名前は宮川奈緒。

 藤ヶ丘高校二年一組。

 たぶんちょっと地味な普通の女子高生。

 ここは私の部屋で家族は両親と私だけの核家族。

 日本の首都は東京でアメリカの首都はワシントン。ついでにスリランカの首都はスリジャヤワルダナプラコッテで、ブルネイの首都はバンダルスリブガワン。


 うん、ここまで全部大丈夫。私は正常だ。

 多分。


 昨日はちょっと早めに寝たから睡眠不足どころかしっかり寝てるし、さっきのショックで眠気は完全に吹っ飛んでるはず。


 で、念のため。今まで特に変な薬とか飲んだこともない。

 うん。風邪薬ですらここ半年は飲んでいないはず。

 だから幻覚とか見ることもない。


 お隣さんも普通の人だ。間違っても改造人間にされた訳でもないと思う。


 とりあえずこういう時の定番のような気がするので頬をつねってみる。


 痛い。

 やっぱり現実らしい。


 それで。

 うん。それで。


 何で私の頭にネコミミ(みたいなもの)が生えてるの?


 鏡をもう一回のぞき直してみる。やっぱり頭の上に二本突き出ている、ふわふわのベージュの毛に包まれた耳。ちょっと頭の上に力を入れてみると、ぴくぴくと動かせる。ついでによく見ると、本来の耳がある場所には何もなくつるっとしている。


 自分の目が良かったことを少し感謝してみる。もし眼鏡だったら掛ける場所がなくなるところだった。……多分そんな問題ではないと思う。自分でも分かってます。


 ええ。現実逃避したくもなるってものです。


 もう一度引っ張ってみる。ついでに耳の中をこちょこちょ。うーん。意外と気持ちいい。


「奈緒、何してるの? 早く朝ごはん食べないと遅刻するわよ?」


 階段の下から再びお母さんの声。


 そう言われても。


 この状況でどうしろと。

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