第4話 無味乾燥な世界


毎日変わらない景色と変わらない状況。

もはや変化なんて起こり得ないくらいに、檻の中の同じ景色を見続けている。

こんなところに長い間いると、変化を感じられる事がどれだけ幸せなのか実感する。


風がそよいで雲が形を変えていく様、

葉が1枚、2枚と枝から離れて土に帰っていく様、

昨日つぼみだった花が少しずつ開いていく様、


そんなささやかな変化を見るだけでも心は動き、きっと笑みがこぼれるだろう。


鳥の歌うような鳴き声も、季節を感じる虫の声や匂いも…

日々当たり前にある小さな変化を感じられたなら、どんなに幸せだろうか。

檻の外に広がる世界はどれ一つとして昨日と同じものはない。

もし同じように感じるとしたなら、それはちゃんと見ていないからだ。

当たり前すぎて気付けなくなったからだ。


変化とは無縁な檻の中にいる私には、変化しない事がどれほどに心を蝕み

枯れさせていくかわかる。

退屈という言葉では言い表せない苦痛…。

この感情にぴったりな言葉をワタシは知らない。


木々や花々も同じ場所に生き続け、そこから動くことはない。

それでもワタシとは大きく違う。

木々や花々が目にする世界は確実に変わっていくから。

訪れる人や動物・虫だっているだろう。

ワタシには訪れる人も動物もいない。虫さえもここには訪れない。

この場所は、見える世界がほんの少しも変わることがない。

恐ろしいくらいに何も変わらないのだ。

檻の中に広がる世界は、全ての生命がこの世から消え失せたかのように、

ワタシ以外の命を感じることがない場所だった。

天気も・季節も・気温さえも、何もかもが同じ場所。


ワタシは誰にも知られる事なく、グレーの世界に生き続けている。

こんなに味のない日々を過ごしているのは世界中探してもワタシくらいだろう。


頭の中には檻の中とは異なる、ささやかな変化に満ちた世界が広がっていた。

全ては想像で、思い出の場所がある訳でもなければ、はっきりした色も形も思い出

せないけれど…。

でも、そんな優しい変化と彩り豊かな世界があることをワタシの心は知っている。


叫ぶ気力もなくなったワタシは、ただただぼんやり檻の外を見ていた。

いつかきっと助かると希望を持っていた時もあった。

誰かが私の存在に気付いてくれると期待したこともあった。

だが、叶わない願いや望みは悲しみを倍増させることを知り、希望を持つことも期待することもワタシは辞めてしまった。

いつしか心まで檻の中と同じグレーに染まっていた。


目を開けていても閉じていても何も変わらないなら、もういっそ閉じていよう。

そう思って眠りにつく事にした。

恐怖も不安も感じない眠りの世界は私にとっては最も幸せな時間だ。


気付けば長い夢を見ていた。

楽しそうに笑顔で誰かと話している、そんな幸せな夢だった。

心が満たされる夢…。

意識が夢から引き離されそうになり、このまま目が覚めて欲しくないと強く願った。

目を開けたくない!まだ続きを見ていたい!!

何も与えられていないワタシなのだ。

これくらいの望みは叶えてくれたって良いじゃないか…

ギュと目を閉じ、そんな事を思っていると、外から小さな足音が聞こえた気がした。


コツ……コツ…

夢と現実の狭間で聞こえる、とてもとても小さな足音。

これまで檻の中で一度も耳にしたことがない、いつもと違う音…。

その音は次第に大きくなり、檻の前で止まった。

心臓の音が次第に早くなっていき、体を小さく振動させていく。

これは夢の続きだろうか?

それとも私の願望がついには幻聴となったのだろうか??

それとも…

そんな考えが目まぐるしく頭を駆け巡っていると、檻の外から声が声が聞こえてきた。


「なんと…」

しわがれた、小さく驚いた声だった。


僅かな希望が粉々に砕けてしまう怖さと、目の前で起こっている願っていた奇跡に

小刻みに体が震えていた。


「生きておるのか?」

とても優しい声だった。


その優しくあたたかな声に、例え幻聴や妄想であっても良いから目を開けてその人物の目を見たくなった。話を聞いて欲しくなった。

ゆっくり目を開いて檻の外を見ると、そこには80歳を過ぎたであろう白髪のおじいさんが立っていた。











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