第1話 百瀬彰人の青春

 授業が終わり放課後になると、仲のいい連中と駄弁るのもそこそこに、皆部活に行く。

 例にもれず俺も部活には所属しているので、当然俺も軽く駄弁ってから部活に向かう。

 俺が所属しているのは文芸部、部室は部室棟の奥の方で、運動部の声があまり聞こえない、静かな場所にある。


 部室の内部も文芸部らしく、過去の部誌や文庫本、今では絶版らしい本からライトノベルや漫画まで、様々な本や資料が置いてある。

 そして特筆すべきは過去の部長が部費で買ったらしい座り心地のいい椅子や、電気ケトルにコーヒーメーカー。そう、読書するのに最高の環境なのだ。


「彰人くん、珈琲を入れてもらえますか?」

「あいよー。いつものブラックで?」

「今日は甘めでお願いします」


 俺に珈琲を淹れろと頼んできた彼女は、同じクラスの麻宮唯華。

 キリっとした顔立ちの美人で、立てば芍薬歩けば牡丹歩く姿は百合の花、という言葉を体現したような女子——いや、女性だ。

 同じ高1とは思えないほどお淑やかなお嬢様で、まあそんな感じなのでカーストトップに君臨している。うちのクラスじゃ沙耶と唯華の二大巨頭と言っても過言ではないだろう。


「真央さんの方も、何か飲む?」

「じゃあ私はカモミールで」


 頷いて、真央さんの飲み物も用意する。ついでに自分用の珈琲も用意して、皆の分を机に置く。一応ほかにも部員入るのだが、今日は来ないようだ。


「ありがとうございます。そうだ、彰人くんもこれ、どうぞ」

「お、カップケーキ? うまそ~」

「ふふっ、自信作ですよ。真央先輩もどうぞ」

「やった。ありがとう、唯華ちゃん」


 こんな感じで、部活はゆるい雰囲気で始まる。

 特に部員が俺たちしかいない日は、ほぼお茶会だ。

 誰かしらが作るなり買うなりして持ってきたお菓子を食べ、それがなくなったら出された課題をする。


 今日は割とすぐお菓子がなくなったので、課題が始まるのはすぐだった。

 真央さんが「2年2学期らへんまでなら教えられるよ」と言うだけあって、彼女のおかげで課題がはかどる。

 提出日は少し先だが、教え方がうまいので苦手な科目も普通に部活中に終わらせられる。


 課題をある程度終わらせたら、後は部活が終わるまで駄弁るか、誰かに用事があるならそれに合わせて家に帰るだけだ。

 今日は皆暇なので、残って適当に駄弁っていた。

 そうしていると——


「おっじゃましまーす。あれ、今日は人少ないねー」


 沙耶が部室にやって来た。

 体操服のまま来ているあたり、彼女は勝手に部室を抜け出したのだろう。


「沙耶さん。またサボりですか?」

「いーのいーの、テニ部のマネやってる子皆イケメン目的だし。あたしがいなくても一緒一緒。ってかおかし食べてたの? いいなー」

「ちゃんと沙耶さんの分もありますよ。どうぞ」

「やった、さんきゅー。あ、ココア淹れて!」

「はいはい」


 文芸部員でもないのに、沙耶は唯華と真央さんがいるからとここに寛ぎに来る。

 部室に集まるようになって2週間だが、好みのココアやティーバッグを勝手に置いているほどの馴染みようだ。


「ゆいぴ、もしかしてこれ手作り?」

「そうですよ。味は彰人くんの好みに合わせて甘さはちょっとだけ控え目です」

「え、俺に合わせてたのか。通りで好きな味だと思った」

「マジ? じゃあ、あたしも好きなやつだー」


 俺と沙耶は何気に好みが似ているので、沙耶も気に入るだろう。

 しかしまさか、俺の好みに合わせていたとは……ってかなんで知ってるんだ。


「いやー、来てよかった。ほんとにちょうどいい癒しだ」

「何かあったんですか?」

「んー、先輩が後輩無視してまで練習試合して、やったらあたしに魅せプしてくんのウザくてさー。しかも点決めるたびにこっちちらっと見てくんの。キツいって」

「モテるのも大変ですね」

「ほんとだよー。ってかそもそもあの先輩名前知らないし。あー、もう適当に架空の彼氏錬成しようかな」

「設定考えましょうか?」

「じゃあ私絵描くよ」

「そしたら彰人が声だね」

「シチュボでも作る気かよ。てか、颯斗とかどうなんだよ?」


 架空の彼氏(cv.百瀬彰人)なんてやる気はないので、リア充グループにいる男子の名前を出す。あいつと沙耶は結構仲がいいので、カモフラージュにはちょうどいいのではなかろうか。


「えー、うーん、颯斗はそういうんじゃないかなー。なんか、あたしらのお兄ちゃんって感じだし」

「確かに、夏目くんはそんな雰囲気ありますもんね。じゃあ彰人くんじゃダメなんですか?」

「彰人は弟」

「確かにそうですね。愚問でした」


 真央さんもうんうんと頷く。


「なんでだよ。てか真央さんはともかくなんで沙耶と唯華に弟認定されなきゃいけないんだ。沙耶はともかく、唯華俺より誕生日おそいだろ」

「そういうところですよ」

「彰人くんのそういうところはほんと子供っぽいよねー」

「…………」


 何も言い返せなかった。

 いやまあ今のは俺が悪いけど、そもそも俺が弟扱いされるのは、大体姉ちゃんが悪い。

 今ここにいる女子3人、全員姉ちゃんと仲がいいのだが、まあ色々吹き込まれたらしい。

 沙耶は別だが真央さんと唯華は俺を年下だと思っていたようだ。そのせいか、未だにそういう認識をされている。


「はぁ。ほんと、俺の味方は颯斗しかいないのかよ」

「呼んだかい?」

「うえっ、颯斗⁉」


 名前を出したとほぼ同時に、颯斗が部室に入って来た。

 女子3人に男子は俺1人だった微妙にやり辛い空間に、ようやく男子が来た。

 颯斗は高身長でイケメン、しかも脱ぐと結構筋肉が付いている全男の理想のような男だ。当然女子にモテるし、何ならもう数人に告白されている。


 体操服なので体育館から直行してきたのだろう。髪が崩れているが、それでもイケメンだ。


「お前バスケ部抜けていいのかよ」

「まあまあ、色々あって自主練になったし。そういう彰人は女の子3人と楽しくお茶会かな? もしかして、邪魔だったかな?」

「むしろ来てくれて助かった。俺の味方は颯斗しかいないんだ」

「ふうん? まあ程よくサボれそうだし、俺も居させてもらおうかな」


 颯斗は先にお茶を入れてから、俺の隣に座る。

 俺、颯斗、正面に真央さん、唯華、そして誕生日席に沙耶という配置になった。食堂を利用するときのいつもの配置だ。


 何となく落ち着くが、やはりこのメンバーが揃うと妙な居心地の悪さと言うか、いったんどこかに行きたいような気になる。矛盾していると思うだろうが、実際そうなるのだ。


「颯斗くん、今日はファンの子たちを撒けたんですね」

「先輩に押し付けたからね。ラーメン1杯で手を打ってくれて助かったよ」


 唯華の言う颯斗のファンと言うのは、颯斗の事を好きな女子ともまた違う。じゃあ何かって、人気俳優夏目颯斗のファンだ。

 びっくりだよな、ほんと。なんで同じクラスにモデルと俳優がいるんだよ。

 沙耶も颯斗も学業に専念するからとメディア露出は少し減っているが、それでもテレビを付ければ姿を見るのも珍しくない。そんな2人が同じクラスにまとめられている。で、今は部室でお茶会中。


「唯華もよく男子に一緒に帰ろうとか言われてるみたいだけど、大丈夫だったんだ?」

「はい。締め切り間近でそんな余裕ないと言えば大抵折れてくれるので」


 颯斗がそうなら唯華もあちら側である。

 唯華は中学生の頃にデビューした現役の作家だ。

 デビューはウェブからだが、その後大賞を受賞して大バズりした天才若手作家。ちなみにTwitterでは「半ニート大学生」などと自称している。

 作家と言うこと以外は隠しているが、それでもやはり物珍しさもあるのか、本人の魅力もあって学校じゃ相当な有名人だ。


「締め切り……うっ、締め切り……うぼぁ」


 ここまでくれば真央さんも。

 彼女は完全に、このグループだと颯斗にも隠しているが、イラストレーターだ。ライトノベルの挿絵やゲームのキャラデザ、最近だとVTuberのママになったり、裏名義でそれはもうドエロいイラストや漫画も描いている。

 自身で配信もしているので最近のイラストレーターじゃ知名度はトップクラスだろう。


 沙耶と真央さんは入学前からそこそこ仲が良かったが、まさか作家と俳優まで居るとは。

 皆気が合うから居心地はいいけどさ、ちょっと肩身が狭い。実際、学年の一部からは金魚の糞みたいに思われているし。

 完全には否定できないが侵害だ。確かに自分でも肩身が狭いと思うことはあっても、この5人でいるのは普通に楽しい。


 けど、やっぱり俺も堂々とみんなの横に並べるようになりたい。界隈特有な会話になると、いつも思う。


「はぁ~。ねえ彰人くん、背景の塗り手伝ってもらえない? いい店連れて行って上げるからさ」

「修羅場に巻き込まれるのか……まあ、わかった。肉ね」

「お、焼肉でいいんだ。よしよし、じゃあ作業が終わった暁には連れて行って上げよう」

「よし、肉のために頑張るわ」



 ——あらかじめ言っておこう。これは、俺の青春学園物語じゃない。普通の青春を送るには、人間関係がややこし過ぎる。

 高校生になって一ヶ月と少し、ここまでの生活が漫画にでもなれば、それはほぼお仕事コメディそか、そんなジャンルになるだろう。

 俺の望んでいた高校生活とはかけ離れている。それはそれで楽しい、普通とは少しかけ離れた青春が、始まってしまっていた。

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