第3話 それは、リラを奏でる歌い手のように

第3話 それは、リラを奏でる歌い手のように


 俺は得た力を試す為、リスタルテと出会った場所から少し離れた森に来ていた。

 得た力がどういうものなのか、詳しく聞かないで別れたため能力は未知数。

 とにかく試してみるしかなかった。


『イグニッション』


 手の平を適当な木に向けて、俺は得た力の名称を唱えてみる。

 すると、ゲームやアニメでありがちな、魔法陣のようなものが浮かび上がり、しばらくするとそれは消えていった。


「あれ?」


 思っていたのと違う。

 魔法なら対象に向かって飛んでいきそうなものだが、発光するだけして消失した。

 もっと意識的に何かを込めなくてはいけないのだろうか?

 そう思って、今度は手の平に意識を集中し、火の玉が飛び出すようなイメージを浮かべて試みる。


『イグニッション』


 もう一度唱えてみたが、やはり結果は同じだった。


「近距離系の能力なのか?」


 ふと疑問が零れたが、よくよく考えてみれば攻撃系の魔法ではないのかもしれない。

 カウンター系、能力強化系、まさかの回復とかもあり得るのではないか?

 そう考えて、俺は足元に転がる木の枝を数本拾い集め、いろいろと試してみた。


 枝を1本折り、折れた枝に向かって『イグニッション』を唱えてみる。

 折れた枝は光に包まれたが、修復るることは無かった。

 今度は別の枝を手に取り、それに向けて『イグニッション』を唱えてみる。

 その枝を折ろうとしてみると、これが意外と堅かった。

 試しに、同じ太さの枝で試してみると、その枝はあっさりと折れる。

 この事から、『イグニッション』は強化系の魔法だと仮定し、雑草や小石等別のものを駆使して実験を繰り返した。


 その結果はというと――、

 イグニッションの小枝〇―×小石

 イグニッションの雑草△―△小石

 イグニッションの小石△―△小石

 イグニッションの小枝〇―×イグニッションの小石

 イグニッションの小枝〇―×イグニッションの雑草

 イグニッションの小石〇―×小枝

 小石〇―×小枝

 この様な結果となった。


 強化であることは間違いなさそうだが、棒状のものに特化しているような気がする。

 この辺りには他に試せるようなものもない。

 これ以上は何処かの街で試すしかないと思い、森を後にする為、入ってきた方へと向きを変える。


「そこのお前!草陰に飛び込め!」

「!?」


 向き直ってすぐ、後方から自分に向けられた声が耳に入った。

 その声に次いで、ゆっくりと迫ってくるような、地鳴りのような音が耳に入る。


「何かが来る?」


 俺は聞こえてきた声の通り、草陰へと身を隠して様子を伺った。

 じわじわと地鳴りは大きくなっていき、その振動が身を隠している場所にまで伝わってくる。

 そして、さっきまで立っていた場所を通り過ぎる、少女とそれを追う熊のような動物の姿が目に映った。


「なっ!なんだあれは!?」


 思わず声が出る。

 初めての動物園で、巨大な象を見たときの驚きのような、ドキュメンタリー番組で、狩りをするライオンを見て恐怖を覚えたような、そんな二つの感覚が同時に訪れていた。


「いや、そうじゃなくて、助けないと。」


 驚きと恐怖で足が竦む。

 当然と言えば当然だが、あの少女を見捨てる訳にはいかない。

 いや、そんな義理も無いんだが、男としてのプライドとか、そう言う見栄の部分で助けたいと思ってしまっていた。


「こんな時の為の魔法じゃないか。」


 『イグニッション』を思い浮かべ、俺は決意を言葉にして出す。


「今やらないでいつやるって言うんだ。」


 意志は決まれど竦んだまま動こうとしない両足――。

 そんな自分に喝を入れるように、自身の胸ぐらを掴みながら俺は唱えた。


『イグニッション』


 人体に使用して副作用があるのかは分からない。

 しかし、躊躇する気持ちは一切なかった。


「人間が対象でも効果がありそうだな。」


 沸き上がる勇気と闘士。

 身体全体に力がみなぎる感覚。

 溜め込んだ力を一気に放つように、地を蹴り出して少女達を追いかけた。


「やべぇなこの力!超快速だ!」


 今まで経験したことのないスピードで風を切り、一瞬にして熊みたいな動物の背を捉える。

 武器になりそうなものでも持っていればよかったが、生憎持ち合わせはない。

 どうしようかと考える間もなく追いついてしまい、咄嗟に熊に向かって蹴りを加える事にした。


「くらいやがれ!」

「グガッ!!」


 見事命中し、熊は地面に頭をうずめる。

 勢いよく蹴りを入れた所為か中々の威力となったようだ。


「よし!あとは任せろ!」


 熊が倒れていることに気付いた少女は、すかさず熊に向かって距離を詰める。

 そして、背に携えていた大剣を握りしめると、熊に向かって振り下ろした。


「ガルルルッ!!」


 大剣の気配に気付き、熊は後方へ跳躍して避け、無防備となった少女に向けて強大な腕を振りかざす。


「ダメだ、いったん下がれ!」


 俺の声が届くよりも先に、熊の腕が少女を襲った。

 少女は大剣ごと吹き飛び、地に転がる。


「この野郎っ!」


 吹き飛んだ少女へ意識を向けている熊の横っ腹に、俺は飛び蹴りを浴びせた。

 『イグニッション』の効果で多少は強化されているはずだが、効き目はいまいちに見える。


「グルルッ!」


 熊の視線がこちらへと向いた瞬間、俺は咄嗟に後方へと飛び退いた。

 それから1秒も経たぬうちに、巨大な熊の腕が空を切る。

 直感で避けていなければ危なかった。


「だが、これなら行ける!」


 鋭い直感と強化された身体能力。

 前の世界で培った喧嘩の経験を発揮すれば、この熊を倒すことも可能だと判断した。


『イグニッション』


 その場に落ちていた1メートルくらいの枝を手に取り、俺は強化を施す。

 威嚇する熊へ睨み返し、強く地を蹴り距離を詰めた。


「これでどうだ!」


 懐に潜り込んでから、熊の顔面に向けて勢いよく振り払う。


「グガッ!」


 強化されたスピードに対応できてない熊は、ノーガードでその一撃を受けた。


「まだだ!」


 振り払った位置から往復するように、再度顔面を目掛けて枝を振り上げる。

 更にもう一度、更にもう一度と、スピードと力任せに何度も何度も顔面を狙て打撃を与えた。

 その打撃の合間を狙って、熊が反撃を仕掛けてくる。


「無駄だ!」


 『イグニッション』で強化された枝は折れたことは無い。

 その慢心から、ガードする体制を取ったのがいけなかった。


「ぐはっ!!」


 宙へと放り出され、まるでスローモーションのように風景が見える。

 枝は確かに折れなかったが、熊の反撃に己の身体が耐久出来無かったのだ。

 諸刃の剣――。

 いや、この力ならと慢心した俺自身が招いた結果だ。

 無防備となった身体に、熊の追撃が迫る。


「させるか!」


 少女の振りかざした大剣が熊の腕を直撃し、ギリギリのところで腕の軌道が逸れた。

 熊の一撃は回避できたが、そのまま俺の体は地へと叩きつけられる。


「――ッ!!」


 痛みに藻掻き苦しみながらも、歯を食いしばって悲痛を叫ぶまいとした。

 こんな時にまで見栄を張る必要は無いかもしれない。

 しかし、この痛みを受け入れてしまったら、気持ちが折れてしまう気がしたのだ。


「すまない!お前自身までは庇えなかった。」


 謝罪の言葉が耳に入り、少女が近くに居る事が分かる。

 自身の力では及ばなかったが、少女の大剣であれば熊を両断できるかもしれない。

 意識を気合だけで繋ぎ留めている俺が今できる事――、それは俺の力を少女に託すことしかなかった。


『イグニッション』


 少女に向けて『イグニッション』を唱える。


『イグニッション』


 更に、その手に握る大剣にも強化を付与した。


「後は……、頼んだ……。」


 最後の言葉を振り絞り、少女に全てを託す。

 少女は小さく頷き、熊へ向かって駆け出した。

 やれるだけの事はやったと、不意に安堵のような気持ちが過る。


〝――ダメだ――、もう、意識が――″


 その後の結末を見届けることなく、俺の意識は途切れた――。

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