尾張争乱 編

第35話  那古野城 三の丸戦(1)

天文18年(1549年) 12月那古野城

 滝川 左近将監(一益)


 刻限は丑の刻。師走しわすに入り、夜の寒さから逃れようと、皆がとこに就き、静まりかえった那古野城下。そんな静かな城下町に囲まれた那古野城内を大手門へ向かって足早に進む武士の一団があった。


 「よいか、又左衛門木全又左衛門。お主は篠岡平右衛門と一緒に殿滝川一益の護衛じゃ。大手門を開け放った後は、常に殿のそばから離れず御守りするのだ」

 「ははっ!! かしこまりました」


 闇夜に紛れるかのように進む者達。もう少しで大手門に辿り着こうかという一団の武士たちが羽織る陣羽織の背には、滝川家紋・丸に縦木瓜が月夜に照らされ光っている。額には白い鉢巻を巻き、然もこれからひと騒動起こそうといった気炎万丈の武士達だ。


 そんな一団の先頭を歩むのはこの俺、滝川一益。気合い十分な家臣を率いて先頭を歩む俺は、一団の後方を歩く壮年の武士、滝川家家老・篠岡平右衛門のもう何度目かと言うほどの忠告を聞き、苦笑いしていた。


 少なくとも4回は同じ話を聞かされているはずの又左衛門木全又左衛門がその度に大きな身体を少し屈めて平右衛門の目線に合わせて律儀に返事をするのを知っている俺は、後ろを振り返り、助け舟を出した。


 「平右衛門、何度同じことを又左衛門に言い聞かせておる。清洲方を三の丸まで誘い込めば平手・前田・森家の手勢が手ぐすね引いて待っているのだからそこまで心配せんでも大丈夫だ」

 「しかし殿。此度の策が敵に露呈した場合、一番危険なのは引き込み役の殿ですぞ。慎重に事を進めなくては……」


 俺の言葉に、本気で心配している様子で答えた平右衛門。まぁ、言いたいことはわかるんだがなぁ。


 今回の滝川家の役目は、織田大和守に寝返り、ここ那古野城に奴らの手勢を引き込む囮役。例の手紙に俺達、滝川家が賛同し、信長さんが末森に居て不在の那古野城を乗っ取り、寝返るというシナリオだ。


 「そうだけどよぉ……。一応、保険として孫六郎が率いる鉄砲衆に城の要所々々で潜んでもらってるんだぞ? 」

 「そうは言えども、三の丸までの道筋では死角も多くありまする。それに今宵は所々雲がありますれば、この月明かりが一晩中持つかわかりませぬぞ」


 今は月明りで夜目も効くのだが、それが曇り、一度夜の帳が下りてしまうと、行燈でもなければ一寸先すら闇に飲み込まれる。


 「まぁまぁ、平右衛門殿。万が一には我ら槍衆が殿を御守りいたしますからご心配召さるな。殿には指一本触れさせませぬ」


 一団の中でただ一人。白い頭巾を被った僧兵姿の津田照算が脇に抱えた根来寺薙刀を誇る様に軽く叩いて平右衛門へそう言った。同様に、槍衆の荒川吉右衛門、寺西清左衛門らも自信ありげに頷いている。


 安祥合戦の活躍によって、滝川家は鉄砲撃ちの御家として織田家中で知られることとなったが、それに触発され、奮起しているのが彼ら槍衆だ。滝川家人のほとんどが紀伊からやって来た鉄砲衆か甲賀滝川郷の忍びのため、人数も少なく、影が薄い尾張出身の槍衆はここで一旗揚げようと意気込んでるようだ。


 意気込むのはいいが、彼らにはいずれこの人手不足の滝川家の重臣となってもらわなければ困るので、あまり無理しないでほしいのだが……。


 「しかし、坂井大膳はかなり慎重な人物の様子。此度の事も確認の文を何度も送って来ましたからな。注意するに越したことはありませぬ」


 そう答えたのは、家老・篠岡平右衛門の下で絶賛、官吏修行中の佐治新助。仕官当時と比べれば、その貧弱な身体も多少は肉付きの良くなった様には見えるが、隣に体躯の良い又左衛門が並ぶとまるで大人と子供のように見えてしまう。


 「大丈夫だ。殿も新さん佐治新助木全又左衛門が守る」


 又左衛門は同じ時期に仕官した新助と仲が良いようで、最近は互いに”新さん”、”又左”と呼び合う仲だ。近ごろは与力・下方九郎左衛門の従兄弟で、小豆坂七本槍として高名な下方貞清殿に、槍の稽古をつけてもらっているらしい。


 このところ、平手さんや信長さんとの打ち合わせで那古野城に通い詰め、書類仕事で肩がパキパキの俺からしたら、身体を動かしてストレス発散できる彼らがうらやましい限りだ。


 「なんで又左に俺が守られねばならんのだ。近頃は俺も荒川殿や下方殿に槍の稽古をつけてもらってだな」

 「でも、稽古で新さんは俺に一度も勝ったことない」

 「うぐっ……。それはそうなのだが……」


 普段口数の少ない又左衛門に、グサッと刺さる一言によって年上としての威厳をスッパリ斬られた佐治新助。


 文官としては大変優秀で、平右衛門にも太鼓判を押されるほどなのだが、武芸の方はからっきし。ステータスでも如実に出ているし、こればっかりは仕方がないね。ただ、事実とは言え、さすがに可哀想だし、項垂れている新助のためにもここらで話題を切り替えよう。それに、ちょうど目的地の大手門にも辿り着いたところだ。


 「こらこら、又左衛門。新助をあまり虐めるでない」

 「はっ……。申し訳ありませぬ」

 「なぁに、皆で精進すればよいことよ。ただし、決して無理はするなよ? 新助もよいな? 」

 「はっ!! 」


 しっかりと俺の目を見つめ、そう返事を返す若人二人に満足した俺は、闇夜を進んでいた歩みを止め、引き連れてきた他の腹心と呼べる者らの方へ振り返ると号令を下した。


 「さて、皆の衆。これより大手門を開き、清洲方を中に入れるぞ。青山与左衛門は清洲方が全員入ったのち、大手門の閂をしかと頼む。相手方の坂井大膳は小守護代と呼ばれるほどの者、気を引き締めて掛かるように」

 「「ははっ!! 」」


 返事を返した皆の視線が自然と俺の頭を超えてその先の建物へ降り注がれる。俺達がたどり着いたのは那古野城の大手門。城の顔、玄関口ともいわれるその場所には、左右に櫓を設けた立派な城門が闇夜にどっしりと構えているのだった。


 そんな門の周辺だけは煌々と明かりが灯され、パチパチと火の粉を散らす篝火が大きな大手門を下から照らしていた。


 名古屋城と言えば金の鯱で立派な城郭をイメージするが、この時代の那古野城はそれとは別もの。今川氏が治めていた城を信秀さんが奪った古い物なので、未来の天守閣を持つ城を知る俺からしたら貧相ではあるが、この大手門はやはり城の顔だけあって立派な造りだ。


 そんな大手門の通用口。普段であれば寝ずの番が詰めているはずだが、家老・平手政秀によってあらかじめ人払いされている。人の気配はないのに大手門の存在感だけが感じられる。そんな不気味な静けさがそこには漂っていた。


 そんな大手門のかんぬきを平右衛門らが外し、俺達が門の前に並んで城下の闇夜を眺めることしばらく。


 やがて月夜に照らされ、大手町の通りを進む人影が見えてきた。朧げに見えた人の輪郭が、はっきり完全武装の武士達だとわかる距離に近づいてきた所で一度立ち止まると、中からくらいの高そうな武士が二人、歩み寄ってきた。


 「……貴殿が蟹江城主・滝川左近将監殿か? 」


 特長的な糸目を歪ませ、嘲笑的な笑みで俺に問いかけてきたのは、坂井大膳。小守護代と呼ばれ、大和守家の権力を握る男だ。俺たちに見せる不遜な振る舞いとは裏腹に、その実、臆病な性格で小心者。今回俺が提案した那古野城乗っ取りも裏がないか相当調べたようだが、すべてうちの忍び衆によって防諜済みだ。


 “坂井 大膳 ステータス”

 統率:62 武力:64 知略:73 政治:74


 大膳の脇で、刀の柄に手を置いて油断なく俺達に目を光らせているのは、坂井甚介。大膳と共に大和守家で権力を持つ家老の一人。大和守家中では剛の者として名高い人物のようだ。


 “坂井 甚介 ステータス”

 統率:43 武力:68 知略:53 政治:60


 「如何にも。貴殿が手紙の主、坂井大膳殿か。それで……、隣のお方は大和守様ではあるまい? 」

 「ふっ、まさか。守護代様直々に来るほど貴殿はまだ信用されてはおらんよ。これは坂井甚介。儂の同輩じゃ」


 うーん……守護代の織田信友も来てくれればラッキーだなぁとは思っていたが、流石にそこまで単純ではなかったか。ただ、重臣の大膳だけでも引き込めそうで、なんとか策は成功しそうだ。


 「しかし、折良くうつけ殿と傅役・平手殿が揃って那古野を不在にするとはな。それも滝川殿を居留守役に指名するとは……」


 坂井大膳はねっとりした疑うような視線で俺を見つめてそう言った。俺の政治ステータスでかろうじて信用されているものの、全幅の信頼までは得られていないようだ。


 「大膳よ、うつけ殿も平手も弾正忠織田信秀が倒れたと聞いて慌てふためいたのだろう。奴ら、弟の勘十郎に家督を譲られでもしたら困るであろうからなぁ」

 「尾張の虎が死ねば、弾正忠家は御家騒動か。勘十郎を支援する大和守様が聞けばお喜びになろうな。ふふふっ……」


 疑い深い坂井大膳だったが、坂井甚介の意見に納得したのか俺についてはスルーしてくれたようだ。あとは、大和守家の軍勢がどれくらいなのか俺の能力で聞き出してみるか……。ステータス的には俺の方が断然高いからこれくらいは【舌戦】で余裕で通りそうだ。


 よし。いざっ!!【 舌戦 】


 「大膳殿が率いるのはおよそ200程でございますかな? それと、大和守様は何処に居られるのか。某も挨拶申し上げたいのだが……」

 「ここに来るのは儂の手勢200だけじゃ。守護代様は400程を率いて郊外にて待機しておられる。我らが那古野城を乗っ取った暁には、直接会わせて進ぜよう」


 とりあえず清洲城を出て、ここ那古野の近くまでは来ているようだな。よしよし……、どうやら俺の提案した策は成りそうだ。


 「なるほど……。それは楽しみでございますなぁ」

 「ま、褒美の方は期待しておけ。那古野を手に入れれば、周辺の深田城、松葉城も手に入る。うつけの面倒をみさせられたお主の腹も収まろう」

 「ははっ……」


 【 舌戦結果 】

 滝川一益・政治: 85 対 坂井大膳・知略: 73

 滝川一益の勝利!!


 「そんなことより、さっさと仕事を進めよう。我らをうつけ殿と傅役・平手殿が不在の那古野城に案内していただこうか」

 「かしこまりました。では、こちらへ……」


 俺の合図で大手門の前に道を作るように左右に整列する滝川家槍衆達。その列の間を俺と篠岡平右衛門、木全又左衛門の順で通り抜け、大手門を潜ってゆく。


 俺の周りを固める平右衛門や又左衛門の表情が緊張でガチガチすぎて、大膳達に勘付かれるんじゃないかとヒヤヒヤしたが、どうやら大膳達も自分達のことに精一杯でこちらの表情には気付かなかったようだ。


 やがて坂井大膳も、後方に控えていた軍勢に合図を出すと、坂井甚介を伴って俺と同様に列の間を抜けて門を通り抜ける。その後を追うように清洲方が整列する滝川槍衆を通り過ぎ、全員が門の内に入った。


 其処から先は津田照算、荒川喜右衛門、寺西清左衛門ら槍衆が俺と前後で清洲方を挟み込んで蓋をするように城内を進む手筈だ。


 なんとか平手さん達が待ってる三の丸までバレずに無事に進ませてくれ。


 そんなこと願いながら先導する俺の後方からは、与力筆頭・青山与左衛門が、重い大手門をぎいぃ……という音を軋ませながら、閉じる音が響き渡るのだった。


ーー

 2023年12月末

 本年は拙作をお読みいただき、ありがとうございました。今年はこの話で最後の更新になりそうです。

 年明けは2週目以降の更新となりますので、来年もよろしくお願い致します。

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