第16話 信秀の理想

 天文17年(1548年) 9月 末森城

 織田 信秀(弾正忠)


 弟で守山城主の孫三郎信光、家老の平手中務丞政秀と先の今川との戦について話していた儂の元に、嫡男・信長がやってきた。


 今日の此奴の連れは、乳兄弟の池田勝三郎の推挙という甲賀・滝川家の彦九郎殿と志摩海賊・九鬼弥五郎殿。


 ただの親族の推挙であれば気にする程でもないのだが、此度は違う。家老の平手から聞いたが、2人とも武家嫡男であり、此度の仕官に伴い、あの長島の服部の首を持ってきたとか。


 先の今川との負け戦第二次小豆坂の戦いで沈んでいたここ末森も、この知らせには皆が湧いた。服部を討ち取った滝川、九鬼とはどれほどの武士もののふ達であるのかと……。


 いつ会えるのであろうかと待っていた儂の元にやってきた、やや傾奇いた着物の武士と、船乗りらしく日焼けしてはいるがやや顔が青白い元服したてのような青年。


 うつけと噂される此奴信長が気に掛けるほどの者だけあって、この傾奇いた武士・滝川も変わり者らしい。我が家中でも扱うものが片手も居らぬ火縄銃を扱い、さらには甲賀の術も扱うと聞く。


 しかし、滝川家の嫡男だったこともあって武士としての嗜みもある。さらには市江城を落とし、長島の坊主とも話をつけられる伝手もあるとか。


 そんな男が此奴信長に仕えたいとは……。


 配下にいる乱波によって尾張には弾正忠家以外にも守護様や大和守家という格上の家柄や東海には弓取りと呼ばれる大国・今川家もあると知っているであろうになぜ此奴信長なのか。


 「三郎と勝三郎から話は聞いている。滝川殿は池田家と縁戚だそうだな。御家は弟君が継いだが、甲賀の滝川家だとか。今でも忍びの伝手はあるのか? 」

 「はっ! その通りです。あとは少々、火縄銃を使いまする。配下は忍びと火縄士で半々と言ったところですな」

 「火縄銃か……。当家でも三郎のもと、橋本刑部一巴が火縄銃を使い始めたと聞いてはいたが……」

 「父上。できれば、この彦九郎には俺と一巴の火縄の師範になってもらいたい」


 まったく……此奴は滝川殿の価値がわかって師範などと言っているのか?


 弾正忠家の手を借りずに手を入れた服部党の土地をわざわざ差し出す男だぞ。受け入れるにしても相応の待遇で迎えなければならぬ……。


 「うむ。滝川殿には海西郡の一部と蟹江を与える。九鬼殿には残りの海西郡を、そして蟹江港にて滝川殿の与力とする。また、那古野城下に屋敷を設けることも許可しよう。その条件でよければ我が織田家に仕えて頂きたい。その上で三郎と弾正忠家での鉄砲隊の導入を務めてほしい。どうかな? 」


 佐久間や柴田、林といった重臣達と同等とは言えんが、そこは仕方あるまい。


 「はっ! 三郎様はいずれ弾正忠様の跡を継ぐ大事なお方。そんな若様の師範として迎えていただけるとは僥倖でございます。」


 ふむ……。


 まだ三郎(信長)を正式な跡取りとしては明言してはいないがな。儂も岡崎を落とすまで当主で居るつもりだ。


 それに、家中では勘十郎(信行)の方が跡取りに相応しいと考える者も多い。家中の意向を無視するわけにもいかず、儂もまだ後継を明言できずにいる……。


 「おぉ! 信長の事を相当買っているようですな。俺も兄貴信秀の後を継ぐのは此奴にすべきだと思ってるのだがなぁ」

 「孫三郎……」

 「兄上もとっとと明言しないから佐渡や権六が勘十郎を担ぎ上げるのだ。まぁ、勘十郎贔屓のお方様土田御前に逆らえないというのも分かるがな」

 「う、うむ……。儂は、儂とお前のように手を取り合って三郎達には弾正忠家を盛り立ててほしいのだが……」

 「弾正忠家は今や尾張半国をまとめる大きな家になった。家中も多くより複雑にな。だからこそ長幼の序に重きを置かねばお家は割れるぞ、兄上」


 孫三郎も今日はなかなか厳しい事を言うな。わかってはいるのだが、三郎と同じく勘十郎も可愛いのだ。決断するのは難しい……。


 「殿信秀、豊後守(信光)様、新たに家臣となられるお二方の前で御家の話をあまりするものではありませぬぞ」

 「おぉそうだな。すまぬ、中務丞政秀。滝川殿と九鬼殿も今の話は内密な」

 「「ははぁっ! 」」

 「それと、殿。お二方とも尾張に知行を得るわけですから、いつまでも滝川殿、九鬼殿と呼ぶわけには……」

 「たしかに中務丞政秀の言う通りじゃな。では、滝川殿は三郎の師範として左近尉、九鬼殿は故郷から志摩守を名乗る事を許す。2人の忠勤を期待する。下がってよいぞ」

 「「ははっ!!」」

 「三郎。那古野に戻る前に、奥には会わなくてもよいが弟達のところに寄って行け。あやつら、お主に会いたがっておったぞ」

 「……、かしこまりました。」


 喜六郎織田秀孝や菊千代(織田三十郎信包の幼名)はよく三郎のことを慕っておる。


 喜六郎など、『はやく兄上のように相撲や野駆けがしたい』などと申しておるとか。悪いところが似ないとよいのだがなぁ。


 昔は勘十郎信行も三郎の後をよく追いかけておったのだが、近ごろは土田御前に何を吹き込まれているのか、三郎が末森に来ても顔を出さないとか……。


 妾腹の長男・三郎五郎信広や二男・安房信時は立場をわきまえ、織田家に尽くしてくれているというのに嫡男・三郎と同腹の勘十郎が争うのではなぁ。


 早くに那古野を三郎に譲ったことで、尾張下四郡の西側をあやつに任せ、儂は東の三河を窺う。三河を落とせれば儂は三河に移り、この末森周辺の東側を勘十郎に任せ兄弟で東に進む儂を支える形を作れる。


 そんな理想図を描いているのだが……。

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