第13話 志摩脱出

天文17年(1548年) 3月 志摩国 朝熊山付近

 滝川 彦九郎(一益)


 「さて、尋常に勝負と参ろうか」


 とは、格好をつけて言ったものの、ステータスが勝負に関係する一騎打ちでは俺が負けることはほぼない。


 相対する千賀志摩守為重のステータスはこれ。

 " 千賀 志摩守(為重) ステータス "

 統率:63 武力:65 知略:50 政治:45


 うーん……。なんと言うか――、いたって平凡といったステータス。わざわざ感想を言うまでもないかもしれん。


 だがしかし、地方の国人領主の平均的なステータスといったらこれくらいだ。孫六郎や俺のステータスが高すぎるくらいだから、一般国人領主にそこまで期待し過ぎたらいけないね。


 「きぇぇぇいっっ!! 」


 さて、そんなことを考える余裕のあった俺だが、この立ち会いで先に動いたのは千賀為重だった。


 向かい合った俺に対してとんでもない奇声を上げながら、上段から袈裟斬りで兜と鎧の防御の薄い狭間を狙って刀を振り下ろして来る。


 「ほらよっと!! 」


 ボクシングのディフェンスのように頭をひょいと屈んで避けつつ、左の籠手鎧を上手く為重の刃に当てて受け流す角度でぶつけた俺は、そのまま刀が滑って体勢を崩した為重を躱して振り向きざまに具足のないふくらぎ部分へ向かって太刀を薙ぎ払った。


 転生前の平々凡々なリーマンの俺ならともかく、覚醒した俺はこのヒャッハー戦国を生き抜くための武芸を疎かにはしてきていない。ステータス頼りのゴリ押し武者むしゃだと侮ってもらっては困るんだなぁ。


  " 一騎打ち結果 "

 滝川一益・武力:85(山城伝粟田口無銘刀+2) 対 千賀為重・武力 : 65


 " 滝川一益の勝利!! "


 「くっ!! 若造に斬られるとはな……」


 俺と千賀為重が使った剣術は鎧甲冑を着た武士が使う介者剣術かいしゃけんじゅつというものだ。甲冑のない顔や、防御の薄い首、手足、脇、脛当ての裏(ふくらはぎ)などを狙う剣術だ。俺の籠手鎧を防具として利用した立ち回りは少し特異な型だが、関ヶ原の合戦で活躍した野口左助(一成)の左籠手を真似たものだ。


 俺が顔を上げればそこには膝下を斬られて立ち上がれぬ千賀為重が倒れていた。


 これは最早、勝負あったな。立つことすらままならぬようでは、いくさでは役には立たん。


 「志摩守殿。貴殿の負けでござる。兵と共に退かれよ」


 向こうでは照算が助太刀した事で、騎馬の千賀為親が敗れて戦場を離脱して行くのが見えた。重隆殿もどうやら無事のようだ。


 これで敵右翼は壊滅だな。雑兵達も中央陣で火縄に混乱する浦家の味方を押し除けて左翼の小浜家の方へ逃げ出し始めた。恐怖が伝播し、元々寄せ集めの十三衆軍は全軍の統率が取れていないな。


 「何を甘い事を……。儂らは九鬼を滅ぼすつもりで攻めたのだ。志摩十三衆棟梁の全ての首を切れとは言わんが、誰かの首を九鬼の倅に持ってゆかねば、奴の気も収まるまい」


 俺が浄隆の立場であった場合でも、誰かの首をもらって嬉しくはないんだがなぁ……。ここは戦国……。俺の未来の価値観では測れぬものもあるのか。


 「ふむ……。籠手鎧で儂の太刀を受ける肝の据わった剣術を使う癖に、首一つ落とすくらいで何を迷っておるのか……。もうよい。儂は自分でこの腹、掻っ捌こうではないか。その方の見事な太刀筋であれば介錯はできような? 」


 俺との勝負には負けたが、千賀為重のこの威圧感……。ここは介錯人を務めるほかあるまいな。この殺伐とした戦場、独特な武士の価値観に慣れてきたとはいえ、すんなり納得はできぬものだ。


 「うむ。覚悟を決めたか、若造め」

 「……かしこまった。俺が介錯仕りましょう」


 【 一騎打ち 】の効果で雑兵たちは俺と志摩守に近づけず、混沌とした戦場で俺たち二人の周りだけが誰もいない空間となって独特の雰囲気が漂っている。


 「そのほう、滝川殿と申したな。この首、手柄としたのちは千賀に送り返していただきたい。この後、九鬼がどこに赴くのかは知らんが、儂は志摩を離れたくないでな……」

 「承知仕った」

 「では頼んだっ!! っぐ、はぁぁあっ!!」


 俺の返事に満足したのか、志摩守は鎧をわきに置くと見事な切腹を果たした。苦しみが長く続かないよう、すぐに一刀にて介錯しなければならない。


 「お見事っ!! 」


 俺が志摩守の首に刀を振り下ろすと、あたりに戦の喧騒が戻ってきたように感じた。どうやら【 一騎打ち 】の効果が終わったようだ。向こうに重隆ら海賊衆が、浄隆と生き残った田城城の家臣らと合流する様が見える。


 「滝川殿!! 一騎打ちは無事勝ったようですね。石見守(重隆)様は宮内少輔(浄隆)様と合流しこのまま東の船まで撤退すると。我らも鉄砲衆と戻りましょう」

 「……あぁ。敵左翼が立て直して追ってくる前にとっとと海に出ようか。この首は志摩十三衆の1人、千賀志摩守(為重)殿だ。丁重に扱ってくれ」

 「おぉ!! 大将首を挙げるとはさすが。浄隆殿に確認してもらったのち、丁重に千賀家に送りましょう」


 あとの志摩守の首始末は照算に頼んだ俺は、鉄砲衆に撤退を告げ、九鬼海賊衆の者らと無事に船に戻ることができた。もちろん九鬼浄隆・重隆、そして嘉隆とその他の女子供たちも一緒だ。


 波切を出た海賊衆三百のうち、権八の率いる五十人程は戦場へ行かずに朝熊山を逃れた嘉隆ら非戦闘員の回収に向かわせていた。山道ではあったが、滝川忍びの手引きもあって誰も失わずに逃れられたのだ。


 志摩守の首については確認したのち、千賀家に送られた。大将首を挙げたということで、客将という立場の俺は、九鬼家から幾らかの報酬をもらってそれを鉄砲衆と分け合うこととなった。志摩を放棄する九鬼家が出せる報酬なので額は少ないが、これは仕方ない。先行投資だと思って泣きながらほとんどを鉄砲衆のみんなに分け与えた。


 今回の騒動で九鬼定隆と九鬼家家臣の一部は助けられなかったが、浄隆・嘉隆共に失うという最悪の事態は免れたといったところかな……。


 これにて志摩を諦める決断を下した若き新当主:九鬼浄隆は、俺と共に海賊衆三百五十人を引き連れ尾張に向かうこととなった。


 あらかじめ海賊衆も一緒に行くかもとは、池田家に手紙は出しているけど、信長はちゃんと俺たちを雇用してくれるかなぁ……。


 そんなことを考えつつ海路を尾張に向かうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る