第11話 朝熊山の戦い

天文17年(1548年) 3月 志摩国 田城城

  九鬼 宮内少輔(浄隆)


 「おのれ千賀、浦、小浜家の者共め。此度、本気で九鬼を潰すつもりか……。」


 我ら九鬼家百人の兵は、東の関に迫る千賀家らの軍勢に山間から奇襲を掛けたが兵力差は覆せず、関の防衛は諦めて退いてきた。田城城も放棄することを決め、家臣とその家族は皆、ここ朝熊山に逃れている。我らはその者らを守り、来るかわからぬ波切からの援軍を待つのみ……。


 「若様。東の関からこの朝熊山まで戻れた兵は七十人ほどで御座います……。それと、殿しんがりを務めた御家老がお討死……。そして、田城城にて宮内大輔(九鬼定隆)様が最後まで九鬼当主として抗うと、五十人ほどで籠城しております」


 私がじぃと呼んで頼りにしていた傅役の家老も我らの殿しんがりを務めて亡くなってしまったか……。


 「……わかった。その方も伝令、ご苦労だった。城には戻らずともよい。少し休め……」

 「……ははっ!! 」


 朝熊山に逃れるようにと伝えたが、父上は田城城を守って討ち死になさるつもりか……。この山に敵が攻め寄せるまでの時間を少しでも稼ぐ為に残ったのであろう。「死ぬのなら海の上で」と常々申しておった父上であったが、このような最期になってしまうとは……。


 今や九鬼家を背負うのは父上ではなく私。頼れる叔父の石見守(重隆)も遠く波切に居る。一体どのように共に朝熊山まで逃げた者達をどう守るのか、そして逃すのか……


 「あぁっ!! 」「田城城が燃えておる……」「殿ぉぉぉ……」


 私が満身創痍の身体を岩場に預け、今後のことについて思案していると、山の見晴らし台で休んでいた者達のざわめく声が聞こえてきた。


 疲労で重たい身体を起こし、丘を登ってゆくと加茂川と川内川に挟まれる位置にある田城城から煙が上がっているのが見えた。


 「孫次郎(九鬼嘉隆)は居るかっ!! 」

 「ははっ!! 兄上浄隆っ!! 」


 私は田城城を眺める避難してきた九鬼家にまつわる女子供達の方へ、まだ7歳と幼い弟の孫次郎を呼びつけた。


 田城城が焼けたということは、次にこの朝熊山に敵が押し寄せるは必定。私をはじめ、九鬼家の武士団は命をかけてこの者らを守らねばならない。


 「孫次郎よ。私は残る者達を率いて山の麓で敵を迎え撃つ。お主は戦えぬ者達を率いて逃れよ。北の方面に行けば海から志摩を脱出できよう」

 「兄上は……。兄上はどうされるのです」

 「私はお主達を守らねばならぬ。九鬼の棟梁として最後まで残り、ここを守ろう」

 「しかし……」

 「孫次郎よ。時間はもうない。すぐに皆を連れて行くのだ。良いな」

 「……ははっ」


 田城城が落ちたのならばじきにこの山にもやってくるはず。なるべく早く家臣達を集めて麓に陣を敷かなければならない。


 「誰ぞあるか」

 「ははっ!! 」


 城を出る時に女子供を朝熊山に逃すように伝えた家臣が近くで控えていた。この者のおかげで城からの避難が間に合った。九鬼家は忠臣が多いのだと今更ながらに実感するとは……。


 「休んでいる者たちに山の麓に陣取ると伝えてくれ。そして、我らは朝熊山を守り抜いてここから逃れる者らに九鬼の未来を託すと」

 「かしこまりましたっ!! 」


 山を走り降り、辺りで休息を取っていた者たちに集合の呼びかけをする家臣の声を聞きながら、私は兜の緒を締め直し、具足の帯を確認してゆく。


 東の関所から共に撤退した自分の馬に水をやり、共に朝熊山を降った頃には、麓で家臣達が揃って私を待っていた。


 東の方角を見ると、既に志摩十三衆の千賀、浦家の旗印が立っており、その数が増えてくるのが見えた。それに合わせて100、200と少しずつ陣を構える敵兵の数が増えてきている。


 我らも100にも満たぬ兵ではあるが、突撃の陣を敷き終わる頃には東には500近い志摩十三衆の半包囲陣ができていた。


 「後ろの朝熊山では皆の女房、子供らが逃れる準備をしている。我らは少しでもこの地を守り、この者達が逃れる時間を稼がねばならない。皆にはすまぬが、決死の覚悟を持って戦うのだ」

 「「おうっ!!」」


 私は騎乗して元服時に父から貰った刀を抜き、それを高らかと掲げて皆に叫んだ。


 もし波切の叔父上らが生きて船で田城近くまで来れたのならば、朝熊山から逃れる嘉隆達を見つけてくれ。その時間を稼ぐために我ら九鬼の武士もののふは死兵となろう。


 「かかれぇぇぃっ!! 」

 「「おぉぉぉぉっ!! 」」


 私の号令で槍足軽を先頭に攻めかかる我が九鬼の者たち。向かいの十三衆の者らも同様にこちらに向かって走り出したように馬上から見えた。


 足軽先手衆の槍が互いに届こうかという距離まで迫ったところで、戦場にまるで数多あまたの雷が落ちたかのような轟音が響き渡り、敵の右翼がざわめき立った。


 「何事だっ!! 」


 敵とぶつかり合った先手の足軽に指示を出しつつ、近くの騎馬武将に声を張り上げて問うが、皆が足軽に指示を出し、眼前の敵と組み合うのに必死だ。


 その間にも間断なく轟音が戦場に鳴り響いている。しばらくすると敵右翼の中に我が九鬼家の三頭右巴さんとうみぎどもえの旗が見えてきた。あれは一体……。


 「某、滝川彦九郎様のつかいでございます。九鬼宮内少輔様でございますかっ!! 」


 乱戦になりかけている前線をなんとか指揮する私に、滝川殿の遣いを称する雑兵のような格好をした者が声をかけてきた。


 滝川殿は甲賀忍びの棟梁でもあったな。その配下の者がこの戦場いくさばを掻い潜ってやって来てくれたようだ。


 「私が宮内少輔だ!! 滝川殿の遣いということは、この轟音と右翼の乱れは援軍かっ!! 」

 「ははっ!! 宮内少輔様は敵右翼を突破して、石見守(九鬼重隆)様と合流するようにとのこと」

 「あいわかった。よく伝えてくれた!! 」

 「ははっ! 某は滝川様の下に戻りまする」


 雑兵の格好をした忍びは伝言だけ伝えると、すぐにまた兵達に紛れてわからなくなった。あの格好と周りに溶け込む術があれば敵味方をうまく騙してこの戦場を往来できような……。滝川殿は誠に不思議で心強い御仁であるよ。


 「九鬼の者共よぉっ!! 敵右翼に波切からの援軍が来ておる!!我らは右翼を食い破って味方と合流するぞぉ」

 「「おぉうっ!!」」


 どうやらこの掛け声で組み合っていた味方の足軽達に生気が戻ったようだ。せっかく生き残れる芽が出てきたのだ。浮き足だった敵右翼に向かって押し返すぞ。

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