第8話 進まぬ評定、荒れる海

天文16年(1547年) 12月 志摩国 田城城

  滝川 彦九郎通称(一益)


 九鬼弥五郎通称(浄隆)と滝川一益が国府城にて国府内膳正から志摩十三衆の作った血判状について内容を聞き出してから約四ヶ月が経った。


 出る杭は打たれるという言葉があるように、志摩で少しずつ勢力を伸ばしていた九鬼家は他の豪族達志摩十三衆にとっては妬ましい存在・共通の敵として狙われているという事が明らかとなった。


 浄隆がこの事を持ち帰ってからは本拠地・田城城では毎日のように評定が開かれ、九鬼定隆や浄隆を始めとした九鬼家一族とその家臣団が集まって喧喧諤諤けんけんがくがくと議論を続けている。


 もちろん議題は、志摩十三衆(九鬼を除いた十二衆)を相手取り、九鬼家は存続できるのかという点。九鬼家内では、当主・定隆公を始めとする徹底抗戦派が多数派であり、所領を明け渡す代わりに志摩から出るという派や降伏派はほんの少数だった。


 「では滝川殿は我ら九鬼家に戦わずに逃げろとおっしゃるのかっ!! 」

 「いやいやぁ、逃げるとは申してないでしょぉ……」


 俺に向かって真っ赤な顔で怒鳴りつけてくる家老衆の方々に対して、思わず文句が出てしまった。


 「なにぃ!! そのような弱腰など受け入れられん」「小浜や安楽を相手に尻尾を巻いて逃げるなど許せぬ……」「所領を捨てるなど言語道断!! 」


 幸いにも俺の失言は、頭に血が昇った方々には聞こえていなかったようだが、その代わり、皆が口々に反対意見を述べまくっている。この評定での俺の味方は、極めて少ない……。


 志摩を出て尾張に向かうという撤退案の提案をしている俺は、ここ数ヶ月、田城城でなかなか辛い立場に立たされていた。


 「なにも戦いの最中に逃げろとは言っておりません。を図るべきだと申し上げているのです」


 そもそも、当主の九鬼定隆さんが抗戦派なんだよなぁ。そんな中でわざわざ会社の社長に睨まれるような事をする社員がいるわけない。幸いなことに次期社長――、つまりは九鬼浄隆くんだが、彼は俺に賛成していて尾張に向かった方が良いのではないかという考えだ。


 一所懸命と呼ばれる武士の考えにこだわる者も多いこの時代、なかなかこの考え方をできる者はいないだろう……。やっぱりみんな、土地が大事なんだよねぇ。


 「我ら九鬼の者は元々熊野水軍のからの流れ者。志摩にそこまで執着する必要はないと思いますが? それに我らは船を生業とする海賊衆、海があれば再起はできましょう!! 」

「浄隆様の申すことはたしかに……」「しかし、志摩を離れるのは……」


 この頃、織田家は自前の水軍を持っておらず、知多半島の豪族:佐治水軍を同盟、半従属的な形で共闘関係としていた。津島や熱田といった湊を持ち、その収益で強くなった織田家にとって、伊勢湾を支配する水軍が必要だったのだ。さらには、伊勢長島の近くにいる服部党と呼ばれる海賊衆にも悩まされていたしな。


 そこに熊野・志摩で海賊衆として名を馳せた九鬼水軍がやってくるとなれば歓迎されることは間違いない。そしてできれば、領地は港のある場所をいただきたいが、果たしてどうなるか……。


 「儂の目の黒いうちはこの志摩を離れるつもりはないっ!! 国府は九鬼と共に的矢を攻めた仲間ぞ。俺が生きているうちは敵にはなるまい。ごほっごほ……」

 「ち、父上っ!! 大丈夫ですか……。各々方おのおのがた、本日の評定はここまでとする。さぁ父上、奥に戻りましょう……」 


 たしかに国府は、九鬼定隆殿には恩があると言っていたが、浄隆殿ら次代の者達には果たしてどうか……。あの会談の時の不敵な笑みからは、そのような手ぬるい考えの持ち主には見えなかったがなぁ。


そんなことを考えながら浄隆に肩を貸してもらって評定の間を後にする九鬼定隆殿の背中を見つめた俺には、6月に初めて会った時よりその背中が少しずつ小さくなっているような気がした。


**********

天文17年(1548年) 2月 志摩国 波切城

  鈴木 孫六郎(重秀)


 ズダァッッッン!! 


 「ほうれっ!! お前ら乗り込めぇぇ!! 」「「ウオォォォーー!! 」」


 俺の狙撃が相手船の舵取りかしらを撃ち抜いたことで、九鬼水軍衆が鉤縄を使って横付けした商船に次々と乗り込んでゆく。


彦九郎が九鬼浄隆と共に家中の説得に当たる間、俺と津田照算をはじめとする、雑賀から彦九郎に弟子入りした幾人かの滝川鉄砲衆は波切で九鬼海賊衆の手伝いをしている。俺たちのような戦働きしかできないやつが彦九郎と一緒に行ったところで何もできないからな。


 一応、俺だけは最初の方は彦九郎の用心棒として田城城まで同行したが、九鬼家の中に彦九郎を害そうとするような輩はいないとわかったので、俺も照算達と混じって波切の海賊船に乗ってるってわけだ。


 「 オロロロロォォォ……」

 「こらっ!! 照算っ!! 吐くなら私のいない方へ向かって吐きなさいと言ってるでしょうっ!! 」

 「奥方さまお涼ぁぁ、すみませぬぅぅオロロロロォォォ……」


何度船に乗っても毎回船酔いを克服できない照算は、今日も彦九郎の奥方お涼さまに怒鳴られておる。いい加減諦めて、陸で待って居ってもよいのだがなぁ。


 「まったく……孫六様、私は権八さんの助太刀に行って参ります。ここに居たら照算のを私ももらってしまいそうだわ……あとは皆を滝川鉄砲衆よろしくお願い」

 「へい。こいつらは滝川鉄砲衆俺にお任せを」


 あぁ、照算の醜態に見かねて奥方さまは敵の船に乗り込んで行っちまったぜ。さすがは甲賀でも凄腕のくノ一だ。鉤縄なんぞ使わず易々と敵の船に乗り込んでいったぜ。


 「ほれ、照算。ここにうつ伏せになって銃架の台になっておけ。そのまま吐きたきゃ、好きなだけ海に吐いていいからよ」

 「うぅ……」


 今だに吐きそうな照算を船のへりにうつ伏せにさせてその背中に銃架を立てて滝川式火縄を構える。


 「それじゃ、奥方さまの援護射撃といこうや」


 ズダァッッッン!! 


 慣れればこの狙いの安定する滝川式火縄はとても使いやすい。常の火縄に比べて長く重い銃身は、乱戦には向かないが、一方的に撃てる状況ではその威力を遺憾無く発揮する。


 ズダァッッッン!! 


 敵味方が入り乱れる船に乗り込んだ後の乱戦では誤射の可能性がある為、俺以外の滝川鉄砲衆は撃つことはない。今この瞬間の海上に高らかと響く火縄の銃声は、百発百中の俺の滝川式火縄だけのものだ。


 「いやぁ、鈴木殿の火縄の腕は絶品ですなぁ……」

 「俺の腕で驚いてちゃまだまだですぜ、石見守(重隆)殿。田城城にいる滝川彦九郎も百発百中。それに彼奴は、自ら鉄砲鍛冶もやりやすぜ」

 「ほぉ、滝川鉄砲衆は棟梁も凄腕か。いずれうちの海賊衆にも火縄を載せた方がいいかもしれねぇな」


 波切で九鬼海賊衆のかしらを張るのはこの上背のある男、九鬼定隆の弟・重隆だ。田城で評定が行われている間も海賊衆棟梁として船に乗っている。


 「オロォ……。孫六殿、もう吐きたくても吐くものがありませぬ……。体勢を戻してよろしいか」

 「おうすまんな。船の制圧も粗方終わったようだ」

 「何度乗ってもそこの兄さんは船酔いしちまうなぁ。こればっかりは仕方ないがな。はっはっは」

 「面目ない……」


 照算には可哀想だが、尾張までは海路で行くからなぁ。今後もこの船酔いはしばらく続くだろうな。とりあえず、奥方さまと離れたとこに座らせておくか……。

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