やられ役になって「かはっ!!」って言いたいだけなのに鍛えすぎて正義対悪対俺の第三勢力に組み込まれてしまった件について

@rereretyutyuchiko

第1話 やられ役になりたい

きっかけは本当に些細なことだった。


小学校の給食を食べた後の鬼ごっこで全力で走った時に急に痛くなった脇腹のせいで思わず漏れ出た「かはっ!!」という言葉、始めて言った言葉なのにも関わらず、その言葉はすっと俺の中に入ってきた。


この言葉は悪役もヒーローも皆がいう言葉で、俺は声にならない声を上げる感じと、このダメージを受けた感じと、ピンチになってる感じがして、敵味方関係なく「かはっ!!」という言葉が好きだった。


けど自分で初めて言って見て気づいたんだ、ピンチみたいになってる俺かっこよくね?ってな。


それからだよ、俺が本格的にトレーニングを始めたのは。


まずはお腹を殴られても死なないように腹筋を重点的に鍛えた。体重52キロの姉に上からボウリングの球を落としてもらったり俺の頭に座ってもらいながら上体起こしををした。


するといつの間にか俺の腹筋は電動ドリルをも通さなくなっていた。


次に必要なのは無限にピンチになれるような体力だと思った。


だからとにかく走った、走って走って走りまくった。


けどただ走るのではなく姉を乗せた荷台を引っ張りながら走るのだ、こうすることで負荷は倍になっていた。


僥倖だったのはこのトレーニングで得た結果が体力だけでなくどれだけ転ぼうとも立ち上がる意志の強さも手に入ったことだ。


そして最後に必要だと思ったのはある程度の殴る力だ。


別にやられ役になる分には力は必要ないのだが、ただただ攻撃を受け続けるだけのやられ役というのもいかがなものかと思ったのだ。


だから俺は腕に姉をぶら下げてひたすらシャドーボクシングをした、一日60分間休みなしで腕を動かし続ける。


そして俺はたどり着いてしまった。


「すっ!」


姉というおもりを外した腕を軽く動突き出す。


無音


そして後から遅れて聞こえてくる拳が風を切る音、そう俺の拳は音速を超えたのだ。


少しやりすぎてしまったかな?とは思ったがなにせこの世界俺よりももっと化け物であふれている。その理由は………


「初めて人類に改造手術を施した日から今日で10年、日夜改造人間は増え続けています!」


ビルの電光掲示板のおねぇさんがうるさく騒ぐ。俺は止まることなく流れ続ける人込みの中で一人立ち止まりその広告見上げる。


「そのおかげで人は一段階進化しました!ですがそのせいで犯罪件数は年々上昇の一途を辿っています、殺人、強盗、強姦、それはもうひどいものです。彼らは一括りに”異端者あぶれもの”と呼ばれており、誰しもが恐れおののいています!!そこで設立されたのがヒーロー会社!初めて設立されたホロウ株式会社を筆頭に会社は増え続け今では500社以上の会社が存在しています。この会社群が設立されだしてから犯罪件数もがくっと減りました!さぁ皆大好きなヒーローになるために君も改造人間になろう!」


10年前に確立された改造人間手術、その技術はすさまじいもので人間の限界を超えた動き、さらに改造人間が現れる前の人間では考えられない特殊能力を発現させるものまでいた。


「今日、実行するか」


俺はこのトレーニングを続けていくうえであることに気が付いた、一体だれが俺に「かはっ」と言わせるのかと、そこで気が付いたのだ、しかいないと。


電光掲示板の横をふと見てみるとまさにヒーロー対悪といったようなセッティングをされた覆面男とミミズ男の看板がある。


「これもらってくぜ」

「あ!」

すると横でへたり込んでいた女性のバッグがフード男に盗られていた。フードのすきまから見えた長い舌を見るにあのフード男は”異端者”だろうな。


異端者がくるってことはヒーローも来るってこと、そしてその二者が集まれば激しい戦闘になることは必死、そしてその間に入ればピンチになることは必然、どうやら今日の相手が決まったようだ。

「今行くぜ、ヒーロー、異端者、お前らの攻撃はどんな味がする?」



都市部から外れた路地裏にひっそりと建っているヒーロー会社”ビュルンヒルデ”、その会社の中のオフィスではせわしなくヒーローたちが動いているが、その中の一室社長室という立札が立てかけられた部屋の中だけは雰囲気が違った。


社長らしいずれたかつらをかぶったおじさんが目の前に立つスタイリッシュなポニーテールのおねぇさんを前に睨みを効かせていた。


「さて、加恋君、君にはやってもらいたいことがある」

「はい、なんでしょうか社長」

「君さこの会社の営業成績最下位じゃん」

「そうですね」

「だからね、自主退社してほしいんだけど」

「いやです」

「いや、もうほんと頼む!君が担当した異端者事件の被害者からの苦情がすごいんだわ!」

「はぁ、で?なんて言う苦情なんですか?一応聞いてあげます」


やれやれ仕方ないなとでも言わんばかりに両肩を上げながら両手をひらひらさせる。まるで自分の立場が分かっていないこの女名前は東条加恋、好きな髪形はポニーテールで、理由は昔見た魔法少女アニメの主人公に憧れたからである。


中学二年までは普通に女の子として生きていた加恋だったが中学二年生になって中二病をこじらせてしまい、それをこの歳になっても引きずっているのだ。


そのため彼女は謎の反骨精神をもちあわせており、少しでも異端者の被害者に文句を言われるようなものならその被害者に暴言を吐き、言葉攻めににしてからつばを吐きかけその場を去るといういかれっぷりである。


「君ねぇ、つばを吐くのはいかんでしょう」

「なぜですか?私は文句を言われたからつばを吐いただけなんですが」

「もうっ我慢の限界だ!!君にはもう付き合ってられん、解雇だぁぁぁぁぁ!」



「………解雇になってしまった」

腹が立った加恋ははらいせに社長の顔をぶん殴ってからオフィスビル群の道に出た。


焼かれるほど暑い太陽の光に当てられて思わず天に手をかざす。


「これからどうしよ」

涙目になった加恋はこの先の人生に憂いを感じてしまい、その場に座り込む。


「ねぇねぇおねぇちゃんもしかして彼氏に振られちゃった?」


そんな傷心状態の加恋に話しかけてきたのはチャラそうな男で色落ちした金髪にたれ目で、まるで陰キャが大学デビューでもしたかのようなビジュアルだ。


「あ?」

「え、あいやなんでもないです」

「あっそ」


正直言って加恋は美人だ、きりっとした瞳はまるで猫のように鋭く、顔の造形は美形といえるものだ、状況が状況なだけに少し唇がとんがっているが、それも彼女のギャップになるほど彼女の顔は整っていた。


ビュルンヒルデ会社に就職できたのも顔がよかったからである。


だがその美人さゆえ不機嫌なときに放たれる威圧感も人一倍強いものとなる、つまり大学デビュー陰キャのこの男はひよって逃げ出す他ないのである。


「はぁ、やばい生きていけないよ」

魔法少女グッズを収集することが趣味である彼女にとって給料などすぐに消えてしまう。よって今の彼女の手持ちは貯金も合わせて1000円にも満たない。


「これ、もらってくぜ」

「あ!」

そんな彼女のなけなしの千円が入った財布は今フードをかぶった男によって盗まれ、その男はすぐ横の路地裏に姿を消えた。


「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


目をがん開きにした加恋は路地裏に消えたパーカー男を追うため、同じく近くの路地裏に入る。


だがその場所には誰もいなかった、それどころかゴミ箱や落ちている空き缶などが散乱している様子もなかった。


「………そこか」

「ぎゃぶっ!?」


犬のごとき鋭い嗅覚を持ち合わせている彼女には擬態によって姿を隠れていたカメレオンのように長い舌を持った薄気味悪い男の場所がわかっていた。


場所がわかった彼女はその場に落ちていた小石をカメレオン男にぶつける。


仕方なしに擬態を解いたカメレオン男はその緑で妙にしめっけのある鱗をあらわにする。


「異端者か………」


異端者、基本的には体の構造が人とはかけはなれた存在で、改造手術によって運悪く異形となってしまった人間たちの中でも特に悪さを行った者たちの呼称である。


「お前もそういうのか」

「敵は全員そういう呼称でしょ?」

「俺は敵じゃない、革命者だ」


れろんと舌をなめずり回す、瞳を揺らしいやらしい目つきで加恋を見つめる。


「そうか、まぁお前がどんな人間であろうと私の知ったことじゃない、私は今日会社をクビになったんだ、だから私の再び始まるヒーロー活動の礎となってくれ」

「そうだ!お前らヒーローはいつだってそうやって俺達を敵とみなしてくる!こんな見た目だから!!」

「見た目の問題じゃないだろ、私の財布を盗んだからだろ」

「うるせぇぇぇぇ!!」

「はっ、馬鹿が格式砲台”優”」


人差し指と中指を重ねてまるで銃の形のように手を作ってから、照準を舌を槍のように突き刺すように伸ばしてきたカメレオン男に合わせる。


「じゃあね、カス野郎」

指の先から飛び出した光の光線は一直線にカメレオン男に向かっていく。


瞬間男が感じたのは死の予感、そしてとてつもない速さで頭の中を駆け巡る走馬灯の数々。


『あぁなんで女子高生のパンツは見れないんだろうな、イケメンは無条件で見れるのに俺らみたいなブサイクは金を払わなくちゃ見れない』


男の名は未来内臓みらいないぞう、駅のホームの階段の下からJKの太ももを眺めるのが趣味の男。


このようにいつ死んでも誰も困らない男は『JKのパンツを見たいから改造人間手術を受けよう』という理由でこの姿になったのだ。


改造手術を受けると自分がなりたい姿になれる、誰もが抱える理想になるべく近い形に体を作り変えるのが改造手術だ。


全てが自業自得のはずなのに、この男改造手術に感謝こそすれ文句しか垂れないのだ。


そんな男の走馬灯で最後に見たのは唯一見れたJKの白いパンツだった。


「あぁ俺の人生しょうもなかったな」

「いい攻撃じゃないか」

その言葉と共に一つの影が加恋が放った光線と未来内臓の間に舞い降りた。


その影は醜悪に口角をゆがめながら光線を一身に受けた。


「なっ!?」

無論その人影は加恋からも見えており驚愕が隠せずにいる。もしも自分が人を殺してしまったともなればこれからのヒーロー活動に傷がはいってしまう。


と、様々な思考を巡らせたもののその思考はすべて意味をなさなかった。


「うん、いい攻撃だ」

加恋の光線をくらってもなおその男は当然のように無傷だった。むしろ光悦の表情を浮かべた男は未来内臓のことを無視して加恋の方を頬を赤らめながら熱い視線を送る。


「もっと来い」

「なんなの、あんた」

「さすらいの通行人さ」

「随分と頑丈な通行人だこと」


その男は奇怪な恰好をしていた。謎の丸型のサングラスを目にかけ、マスクを着けている、さらにどこにでも売ってあるような青色のジャージをだらしなく着込んだ明らかな不審者であった。


「さっきよりももっと強いのはないのか?」

「はぁ?なめるなよ?」

「もしさっきので終わりというのなら舐めるかもしれんな」

「かっ!!?」


こめかみに血管を浮かび上がらせた加恋はこみあげてくる怒りを何とか抑えながら震える声で口を開く。


「あんた、そこには悪者がいるの、邪魔だからどいてくれないかしら?」

今できる精一杯の引きつった笑顔でそう頼んだものの、不審者の男は不敵な笑みを浮かべる。

「じゃあ悪者は俺だな?(笑)」

「くっ!殺す!!!格式砲台”爆”!!」

ついに堪忍袋の緒が切れた加恋は不審者の男に手をかざし、先ほどの三倍ほどある強大な光線を繰り出した。


能力”格式砲台”手からビームを繰り出すこの能力には三個のレベルが存在する、レベル1,”優”、次の光線を出すまでのクールタイムが存在しないかわりに威力はひかえめな段階。レベル2,”強”、次の光線を繰り出すまでのクールタイムが1分と長く、連射はできないが高威力の段階。レベル3,”爆”、一日に一回しか使えないかわりにその威力は山をも破壊するという段階。


普通ならばこのような市街地で使うような代物ではないがこの時ばかりは怒りで状況が見えていなかった。


この男を貫通して光線は多くの市民を殺すことになる。そのことに気付いたときにはもう遅かった。


「やばっ」

「いいねぇ、これは効くぜぇ?」

男は一身に光線を受けられるように腕を大仰に広げた。そして光線は男を貫いて、市街地へ………とはならなかった。


「いいねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「はぁ!?」

男は光線を止めていた、バチバチと決して人が出しちゃいけないような破裂音を鳴らしながら、その場から一歩も動かず、ただただ光線を受け止めていた。


これが最高だともいわんばかりに逝った表情をしながら、光線を抱きしめ、そしてかき消した。


途端無音になる路地裏に、加恋も未来内臓も声を上げることができない。


ただ一人、光線によって破けたジャージを脱ぎ捨てながら不審者の男は口を開く。

「まだ足りない、もっとないのか?」

「こいつっ!!!」


(世界レベルのマゾヒスト!!)


「もう打てないわ」

「!、そうか、それは、残念だ………」

心底ショックを受けたのか、あからさまに肩を落としてから、加恋を一瞥してから、今度は優しく頬を上げながら口を開く。


「また会いに来るよ」

「っ!もう一生私の前に現れるな!このマゾヒスト!」

その言葉だけを残し、不審者の男は高い跳躍によってその場から消えさった。


「………ってあのカメレオン男は!?」

気づいたときにはもう遅かった、カメレオン男は能力によって静かにいなくなっていた。


「あぁぁぁぁぁぁぁ!私の千円がぁぁぁぁぁぁ!!!」

加恋は頭を抱え込み、うずくまり、彼女の慟哭だけが悲しく響いた。



「ははっ、やばいのがあらわれちゃったなー」

路地裏でのカメレオン男対ヒステリ女対不審者男の戦いを眺めていた、一人の青年は艶やかで指通りのいい髪に手を当てながらため息を吐く。

「期待の超新星ヒーロー”加恋”、だがその精神性から仕事を辞めさせられるなんてことが起きれば何をしでかすかわからない、だから僕が監視しようと思ってたんだけど、これはまたとんでもない逸材を見つけちゃったなー」


強く吹く風に逆行するように屋根の上を元気はつらつとわたっていく、不審者の男を眺めながら、男はつぶやく。

「あれは、強いね………」




















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