幼馴染がやってくる?

鹹豆漿シェンドウジャンっていうんだけどね。台湾料理では定番の朝ごはんなんだよ。最近気に入っていて」


「エスニック料理、ということですね……!」


「そうそう。台湾の味噌汁みたいなものだと思ってもらえればいいんじゃないかな。それとコツはすぐ飲まないことなんだよ」


「何か理由があるんですか?」


「見ててよ」


 俺がヘラで少しかき混ぜると、黒酢と豆乳が混ざり、白いスープは固まっていく。

 びっくりした様子で志帆がそれを見つめる。


「か、固まりましたね……!?」


「豆腐を作るのと似ていて、酢が豆乳を固めるんだよ。飲んでみる?」


 待ちきれない、という様子だったので、志帆に勧めると志帆はこくりとうなずいて飲んでみる。


 レンゲも用意してあるので、志帆はアツアツのスープをすくい、ふうっとさましながら一口飲む。


「美味しい……。不思議な味ですね。柔らかくて、でも完全には固まっていなくて……初めて食べるのに、懐かしい気がします」


 志帆は穏やかな顔で頬を緩める。

 昨日のトンテキのときの喜び方とは違うけれど、美味しいと思ってくれているが伝わってくる。


 やっぱり美味しく食べてくれると嬉しいものだなあ、と思う。


「これだけだと満足できないから、本当は『油條』っていう揚げパンを本場では浸して食べるんだけど、それはちょっと用意が難しいので……代わりにこれ


 豆乳が固まるのを待つ間に、フライパンに俺は油を入れて180℃まで熱しておいた。

 そこに食パンの耳を放り込み、さっと揚げて油を切る。


 おお、と志帆が目を輝かせる。


「揚げパンですね!」


「代替品だけど、けっこういけるはず……!」


 俺と志帆は同時に揚げたパン耳を手に取ると、鹹豆漿に浸して食べる。

 志帆が「んーっ、美味しいっ!」と明るい声を上げた。


「揚げたパンがスープで柔らかくなって、とっても食べやすくてお菓子みたいです!」


 子供のように喜ぶ志帆に、俺も頬が緩む。

 こんなに喜んでくれるなら、作った甲斐があるというものだ。


 朝食だからそれほど凝ったものではないけれど、手間のかかる料理が良いというわけでもない。

 食べる人が喜んでくれればそれでいい。


「このまま台所で食べるのもお行儀が良くないですね」


 志帆が舌を出して言う。

 俺はくすりと笑ってうなずき、スープの器と揚げパンを持って食卓へと行く。

 

 そして、志帆は両手を合わせる。


「父よ、あなたのいつくしみに感謝してこの食事をいただきます。ここに用意されたものを祝福し、わたしたちの心と体を支える糧としてください」


 そして、志帆は胸の前で十字を切り、「わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン」と唱えた


 何度見ても、美しい所作だと思う。

 そして、俺たちは食事をとり始めた。


 静かで平和な時間が流れる。


 家族がいる朝。

 一緒に食事をとる大人気アイドル、いや義妹がいる朝。


 それはとても穏やかで満ち足りた時間で。

 明日も、また明日も、同じように朝ご飯を食べれたら、幸せだろうな、と思う。


 それは志帆も同じだったらしい。

 食べ終わると、志帆は俺を上目遣いに見る。


「明日も明後日も兄さんと一緒に朝ごはん、食べられるんですよね?」


「もちろん。毎朝味噌汁を作ってもいいよ」


 俺が冗談めかして言うと、志帆はくすりと笑った。


「ありがとうございます。ねえ、兄さん……」


 志帆が甘えるように何かを言いかけた。


 そのとき。

 インターホンが鳴る。


 こんな時間に誰だろう?

 慌てて俺は立ち上がり、インターホン越しに応対に出る。


「はい。小牧です」


「コウ君? おはよう」


 カメラの向こうで、ちょっと不安そうにこちらを見つめていたのは香流橋葉月だった。

 俺を振った幼馴染だ。





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