第40話 魔円会合


【魔族】



 王冠の間――魔王と四天王のための五本の柱が立つそこには、五本柱の前の演壇えんだんを中心にして半円形に数百席が配置され、高い天井、岩の建材、軍旗を備えた会議場としての役割を持つ。


 既に多くの魔族が席につき、始まりを待っている。

 四天王であるドラガとジグロムも隅の席におり、名だたる幹部の面々は難しい顔をして座っていた。顔がない魔族もいるが。


 すると、眠気を吹き飛ばすような号令が上がる。


「一同、浄火じょうか点灯!!」


 これは全員が揃った合図で、会合の始まり。

 全員が立ち上がって儀礼を行う。


 各々の机に置かれた蝋燭ろうそくのない燭台しょくだいに精密な魔力を注ぐことで、星のように煌めく炎が生まれ、同時にその席の所有者であることを示す。


「魔王ワルフラ陛下に奉上ほうじょう!!!」


 そしてその炎は浮き上がり、演壇の上の軍旗をライトアップし、演壇に構えたワルフラをあらわにした。


 王都アークガルダの陥落から2週間後、とうとう開催された魔王軍会合。

 これまでは魔王ワルフラの指示のもと、アークガルダの復興、魔界侵攻に対する防衛網創設、その他もろもろを進めていたが、それらは最低限の状況整備に過ぎない。


 この会合で戦争を進めるため、ワルフラは堂々と言葉を叩き出す。


「親愛なる魔族諸賢しょけん、王都アークガルダの傷痕が残る中、我々魔族は次なる段階に進んだ」


 体の中を反響するような声が王冠の間を支配する。


「周知の通り、イエルカの凶行のもとにニコトスはぼっした。今後数百年、魔族の総数は減っていくこととなる。加えて、ニコトスからの人間軍の諜報も無くなった。この悲しみを脱するべく、魔族には更なる結束が必要である」


 握り拳を掲げた時、ワルフラの視界の端に何かが映った。


「……何だ」


 つぼみのような頭の魔族が挙手していた。


「ニコトス様の件の前に魔王様に4つ、質問がある」


 ワルフラが「言え」と許可すると、その蕾の魔族は質問を並べる。


「一つ、『何故グランノットで負けた後ペルフェリアに行ったのか』。二つ、『何故ジアメンスとゼナーユは死に、魔王様だけ生き残ったのか』。三つ、『何故アークガルダの陥落後、真っ先に駆けつけず、指揮も取らなかったのか』。四つ、『イエルカの転送後、何故あの状況から奴を取り逃し、ニコトス様は殺されたのか』」


 それらは密約により生じた複数の違和感、疑念。魔王の表と裏が生んだ齟齬そご。仕方のないことだ。


「ここ最近の貴方の動向には謎が多い。この四つに答えられないのなら、この会合は貴方を吊し上げるものとなる」


 疑いの強い語気を向けられたが、当然ワルフラは解答を用意している。


「一つ目、ゼナーユに極秘で頼まれ、四天王昇格への手助けをしていた。二つ目、ジアメンスとゼナーユは人間軍の砲撃により命を落とし、余は境界魔法バリオロッズで難を逃れたが致命傷を負った。三つ目、傷の回復のためにアークガルダへの到着が遅れ、指揮はジグロムに任せた。四つ目、余はイエルカを脳夷兵器のういへいきで封じ、ニコトスに処分を任せた。それはイエルカの能力の発動を防ぐためであり、人体と魔力の関係に造詣ぞうけいが深いニコトスしか適任者がいなかったからだ。その結果、イエルカは目を覚まし、ニコトスの命を奪った」


 詰まることなく、すらすらと言ってみせた。


「上級将校たちへの報告は済ませたと思っていたが、どうやら不備があったようだ。再び報告する機会を与えてくれたこと、感謝しよう」


 意訳は『そんなこと俺に聞くな、報告してないわけないだろ』だった。

 蕾の魔族は納得して沈黙し、ワルフラは「さて」と気を取り直して再び語る。


「魔王軍の忠勇ちゅうゆうなる者に問う。魔界と呼ばれる我々の世界が人の目に晒されたことは、果たして我々魔族を終焉に導くのか! もはや虫の息たる人間共が我々魔族を絶望させるのか!」


 演説の勢いはもう一段階加熱する。


「否!! 蜂の巣に近づくが如く、奴らは自らの首を絞めたのだ! 太陽のもとで増長し、いたずらに魔力を汚し続けた無能に魔界のなんたるかは理解できぬ! かつてニコトスが清めたこの世界は今日こんにち、我々に託されたのだと!! ニコトス亡き今、魔族は使命に! 復讐に燃えている!!」


 ニコトスの名を聞いた多くの魔族たちの表情が険しくなる。


「この状況、この熱意こそが! 清浄なる力を知らしめる鐘の音!! 奮起せよ! 我に続け! 魔王ワルフラは人類撲滅と王都復興を責務とし、史上最大規模となる次の戦いを勝利で飾ろう!!」


 最後にワルフラは握った拳を広げながら勢いよく前に掲げる。


「全ての魔族のため!!! 魔王軍会合の開催をここに宣言する!!」


 心強い宣言と、力強い歓声が響いた。




 *




【人類】



 王都ノクァラに再度、喜びの声が上がる。


 城へ続く大通りを行進する兵士たちの足並みは疲れを知らず、その顔は観衆の視線を裏切らない勇ましさに満ちている。


「よくぞ戻ってきた!」


 イエルカは城の門の前で親衛隊を含む大軍団を迎えた。


「陛下こそ。先回りされるとは思いませんでしたが」


 親衛隊の指揮官デルロット中将が握手を交わす。

 彼らは魔界侵攻の後、即座に地上への帰還を成功させた者たち。帰還を妨害されたイエルカのような者とは異なり、ハルスエン半島に待機し、魔界への通路を維持していた。

 その後、イエルカが出した伝令書に従ってデルロットたちは現状を把握、任務をこなし、王都へ帰ってきたというわけだ。


 労いも程々に、イエルカとデルロットは王城に入り、階段を登る。


「トンネルを塞ぐのに時間がかかったか」

「ええ、何せ墓穴以外を埋める事なんてありませんから。しかも縦のトンネル……途方もない作業でしたよ。これでも早いくらいです」

「文句はカミロに言えよ。彼が帰ってきた影響で今後の方針が大分変わった」

「……カミロ様が生きてるって、本当なんです?」

「まあ、円卓の間で話そう」


 階段を登り続け、外からの日差しが移り変わる中、デルロットは気になっていたことを言ってみる。


「それはそうとイエルカ様……」

「ん」

「侍女の配慮がなっていないようで」

「?」

「その……髪に寝癖が。いつもであればサモナの仕事なのでしょうが、まだサモナは帰ってきておりませんか?」


 サモナは侍女ではないが、本来の側近の仕事と並行して、趣味でイエルカの身の回りの世話を少しやっていた。


「……」


 イエルカは自身の長髪の妙なうねりを確認し、それをならすように撫でる。


「…………帰ってきたさ」


 嬉しそうな顔だった。


 イエルカとデルロットが円卓の間に到着した時、そこには多くの参謀、王都にいる全ての円卓騎士が集まっていた。

 意外と大きな円卓は中央に穴が空き、それぞれのもとに作戦書が配られている。


 デルロットには帰ってきたばかりで悪いが、円卓会議はすぐに始まる。


「ニコトスが死んだことで魔族は確実に衰えていく。そしてこれは生存戦争だ」


 寝癖を気にして髪を後ろでまとめたイエルカは、現状を簡潔かつ毅然きぜんに説明していた。


「魔族は今を最後のチャンスと捉えて攻めてくる。アークガルダの傷を恨みに変え、史上最大の戦力、戦術、士気を揃えて地上に現れる。我々はそれに対抗するべく最高の戦備を整えねばならない」


 イエルカは腰を下ろし、隣の参謀長が話を引き継ぐ。


「軍団構成と作戦概要は作戦書を参照してください。特筆すべきこととして、クロミッタ様の軍団が合流した場合、量的戦力差は魔王軍が約六万の有利、質的戦力差はほぼ互角となります。そして今回、四天王を始めとする特異戦力への対策部隊を再建し、可能な限り各軍団に配備する予定です」


 参謀長が一息つくと、向かい側の席にいる男が手を上げた。


「陛下、以前おっしゃっていた魔界に取り残された人間の救出は中止したのですか?」


 それはイエルカが提案した前代未聞の案……だったのだが、カミロが帰還したことで魔界へのトンネルが作り放題となり、元あるトンネルを維持する必要はなくなったのだ。つまり救出という体裁にリスクと見合う実益はない。


「いや、計画通りにいく。ネヴィの作成した地図をもとにカミロがペルフェリアにトンネルを作り、そこから交渉を呼びかける。出発は明日、私も交渉に参加する」


 イエルカの発言に、男は追加の疑問を投げる。


「その狙いは? 残党救出は建前なのでしょう。カミロ様がいる以上、トンネルを維持する必要はないと思いますが」

「しかし、魔王軍と入れ違いしては困るだろう。今回の狙いは戦場の固定だ。いつでも魔界に侵入できるという事実を見せることで、魔王軍を一点に引きつける。場合によっては即交戦もあり得るからな。第一から第四軍団の者は今日のうちに家族に会っておけ」


 そんなやり取りをいくつも続け、会議は終了。


 建設的で具体的なやり取りが行われ、戦争が終わると信じた者たちは士気を十分にして解散した。

 円卓の間に残っていたイエルカは窓から王都の様子を、市街地にいる子供とその両親が楽しそうに歩いている様子を見ていた。


「子供はいいか? デルロット」


 イエルカは後ろで作戦書を読み込んでいたデルロットに聞く。


「ええ、そりゃあ。いつまでも可愛いものですよ」

「今年で二十歳だったか。贈り物を用意しないとな」

「ありがとうございます。ところで……陛下のご家族についてお聞きしても?」

「やめておけ。楽しいものではない」

「楽しいかは重要ではありません。知ることが重要なのですよ」

「…………交渉を生き延びたら話してやる」


 はぐらかされ、デルロットは渋い顔をした。


「強情ですね……結婚しない理由がわかった気がします」


 一秒後、王城前にある庭園の噴水にデルロットは頭から突っ込んだという。




 イエルカは窓際で、いつしか暮れかけた日を眺める。


(そろそろ時間か)


 胸に手を当て、円卓の間を出ていく。


「さあ行こう。ディナーの時間だ」


 まだ大仕事が残っているのだ。


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