第17話 ペルフェリアに災禍あれ


 どこかの暗い、それでいて冷たい世界。


 王都防衛用の大量破壊兵器エクスカリバーが着弾したという報せは、ケイスを通じて一部の士官にも行き渡っていた。


 ケイスは竜と精神的に通じているため、遥か上空にいる聖竜エクスカリバーの状態はいつでも把握できるのだ。


「今回の感じだと、再発射までは5時間ですね~」

「わかった。準備はしておいてくれ」


 腕を組んだイエルカに、ケイスは軽く「うぃ」と返事をする。


「でもでも、エクスカリバーの一発だけで魔王がくたばりますかね?」


 ケイスは首を傾けた。


「無理だろうな」


 しかしすっぱりと言われたので、首は糸に引かれるように起き上がった。


「へっ!? それじゃあどうすんですか!? 王都がぁ……!」

「前に一度話しただろう。エクスカリバーは空に示された狼煙でもある」

「……あっ、そういえば」

「王都に危険が及ぶほどの非常事態になれば、こちらも全戦力を投入する事になる。それ故、には前もって伝えてある」


 イエルカの言う彼とは、ある意味魔王よりも厄介な男のこと。


「『王都の空が光った際は、緊急措置として謹慎を解除する』とな」


 腕を解き、腰に剣を帯びたイエルカの顔は勝ち誇っていた。


「さあ、私たちの戦場に戻ろう。地上のことでこれ以上できることはない」




 *




 人々は彼を『落ちてくる岩』、もしくは『死神』と評する。


「本当に続けるというのか。君の無価値な賢さを誇示するために」


 焼け野原の中心部に忽然と立っていたのは、杖をついた白髪の老人だった。

 黒いコートに太いパンツ、青い柄のスカーフという真新しい出で立ちで、戦士よりは徘徊老人のほうが似合っている。


「貴様……バニア大陸を滅ぼした人間か」


 ワルフラは老人の杖の柄についていたマークに気づき、見覚えがあることに驚いていた。


「私はキヴェール。それで、君は誰かね?」


 老人の正体は円卓騎士キヴェール。

 去年、全陸地面積の12パーセントを占める大陸を荒野に変え、今後百年の安住を不可能にした張本人。


 引き締まったシワのある顔にはへの字の口が構えており、立ち姿は微動だにしない。全くブレない眼光は魔王を刺し続けている。


「…………」


 ワルフラは退却を強いられていた。

 人間たちの王都を滅ぼせる状況がキヴェールによって覆され、さらに自らの王都が陥落した。今はもう、自国を守りにいくしかない。


 こうなった原因はワルフラがハマーロを殺したことにある。巡り巡ってとか、そういう話ではなく、元よりハマーロを使った魂魄珠を利用して王都を攻める計画だった。

 人間軍から見れば、ハマーロの死は単なる奇跡、棚からぼた餅だったが、その実情を唯一知るイエルカは『タダで勝利をくれたわけではない』という事を見抜いていた。そして、ワルフラが王都周辺に来ることを見越してずっと動いていたのだ。


 これが密約と戦争の狭間――友であり敵であることのデメリット。

 魔王ワルフラ騎士王イエルカは共に世界を救いながら、相対して戦い続けなければならない。必要に応じて信頼し、必要に応じて疑う。彼ら2人の間でだけ行われる情報戦がある。


 今回、それに負けたワルフラは少し目を閉じ、マントを揺らして後ろを向く。


「第6代魔王、ワルフラだ」


 こうして、魔族の兵士たちとともに切り立った影の中に消えた。


 今宵、ペルフェリアの一部は死に絶え、魔王の侵攻は幕を下ろした。

 これは試練だったのだ。少なくともアネスという若者はそう受け取った。そうでなければこの大穴クレーターが何も生み出さなかったことになる。


「お会いできて光栄です、キヴェールさん。島流しから帰ってこられたんですね」


 アネスは重い体を引きずり、キヴェールに爽やかな笑顔を見せる。

 キヴェールのほうは変わらずの堅い表情で、彫刻が動いているようだった。


「誰かね、という問い掛けには君も含まれていたのだが……」

「これは失礼。私はアネス、今年で17。メイローア出身の円卓騎士です」

「メイローアか……あそこの茶葉は良い香りがする」

「それはどうも。では、お茶を飲みながら後始末でも考えましょう」

「私はこの惨状に加担した覚えはない」

「まあまあ」


 アネスがキヴェールの手を引っ張ろうとすると、キヴェールが


「いいのかね? 君が庇った魔族の女は」


 と言ったので、アネスは口を開けたまま周囲を見渡す。


「あれ……」


 ゼナーユも消えていた。

 なんとなく仲間になる流れだと思っていたアネスは残念がったが、魔族と人間の関係的に夢物語だとはわかっていた。


 ここで締めの一言。

 キヴェールは杖をつき、遺言のように言う。


「雨が降らなくて何より」


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