第18話 王の不在


 王都の一端を飾る、シックな城館の一室にて。

 奥の席に座る一人の女性が会議を進める。


「ではまず、軽い報告を」


 毛先が外側にはねている暗い橙色の長髪は、伸びるイバラのようであり、人によっては太陽のようでもある。

 スリットの入った細身の黒いドレスを着ているが、本人はまぶたの下がった鬱屈な白い顔をしているので、色気より不気味さが先行している。


 名前は『ネヴィ』。ペルフェリア司令官・魔術団総司令・第一魔術団団長、それら全てを兼ねる彼女は騎士王イエルカと同郷で同期、つまり幼馴染である。


 魔王侵攻の予測を受けて最低限の兵士を残して王都まで退却していたが、今となってはペルフェリアに残っておけばな、と思う彼女であった。


「ペルフェリアの防衛線再構築は明日からのクレーターの調査が済み次第始めます。それと、私にばかり将校からの苦情が集まっているので、私以外にも適切な対応をお願いします」


 喋り方は空気が抜けていくような落ち着き方で、その反面、目線はハッキリしていた。

 人によってはそれが魅力と感じるらしいが、ネヴィの左薬指には指輪があることを忘れてはならない。


「それで、陛下の不在が長期化した場合の話だが」


 陸軍大臣の男性が深刻な顔をした。

 それに続いて他の男性陣も深く声を上げる。


「代理を立てよう。兵士にも民にも精神的支柱は不可欠だ」

「誰が陛下の代わりを務められる?」

「一時的なハリボテでいい。既に名の知れている者を立たせよう」

「となると、王都にいるのはキヴェール様と……あの新人しか」


 男全員が心の中でうっすら(嫌だなぁ)と思った。


「クロミッタ様を呼び戻すか」

「反政府軍のほうはどうするんだ」

「森に火でも放っておけ」


 無理がある話しかできていないことに、議論の勢いも下火となる。その時であった。


「伝統に縛られすぎでは?」


 前髪のある男がメガネをクイっと上げる。


「円卓騎士である必要はないでしょう。要は力があり、頭脳があり、風格があればいい」

「と言うと?」


 突然、前髪メガネ男は立ち上がる。


「あなたです! ネヴィ魔術団総司令! 陛下と仲が深く! 実力も実績も申し分なし! 目のクマを取れば完璧です!」


 なんとも燃え上がるような演説だった。

 周囲の反応は……


「おお!」

「アリですな!」

「人妻ですか!」

「目のクマはいるだろ!」


 とても上々。


「…………」


 ネヴィだけは死にそうな呆れ顔をしていたが。




 *




 曇り空の下、屋敷の門の前に若い女性が歩いてきた。


「師匠は二日酔いで来れないそうです」


 その雑な言い方を聞いたのは、屋敷の中の石畳を行き交う男たちと、その男たちを見ている老人。


「これは、引っ越しですか」


 女性が老人の背中に尋ねると、


「ああ、島からの荷物でな。もっと少ないと思っていたが、存外、年を取っても捨てられない物は多いようだ」


 と言いながらキヴェールが振り返った。

 キヴェールは女性の様子にすぐに怪訝な顔となる。


「……人に会うときは、控えたほうがいい」

「まあまあ、残り数秒で……」


 女性は何かを見計らい、「あ、ほら」と容姿を変えていく。


迂闊うかつにキスもできないから、けっこう不便なんですよ、この能力」


 女性はアネスへと姿を戻し、いつもの爽やかフェイスを披露した。

 彼の『模倣』の発動条件は緩い上に制御不可能なのだ。


「それで、話とは何だね」


 キヴェールは屋敷に運ばれていく荷物を眺めている。


「人のいないとこで話しましょう」

「見出しも教えてくれないのか」

「見出しはそうですね……」


 アネスは少し思案した後、楽しそうな微笑みを浮かべて目を細めた。


「『円卓騎士エサノア怪死事件』、なんてどうです?」


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