第45話 愚か者の末路

 バレリー夫人の死に、伯爵とベアトリスは深く悲しみ、屋敷全体が暗い雰囲気に包まれた。

 

 だがセレーナは罪悪感など一切ない。


 神殿では『聖女は悪しき心を持つと力を失う』と習ったが、悪事を働いてもセレーナの顔は美しいまま。夢のような不思議な魔法は解けない。


 なぜ急に顔が変わったのか、身に宿るこの力がなんなのか、自分でも分からないのだ。


 しかしひとつだけ言えることがある。

 


(わたしは、神に愛された特別な人間なのよ!)


 

 ☩  ☩  ☩ 

 


 大広間の水鏡に映ったセレーナの過去に、人々はみな言葉を失っている。

 

 しんと静まりかえった空間で、誰かの呟きがやけに大きく響き渡った。


「…………化け物だ」


 それは、まさにセレーナという人間を端的に表した言葉だった。

 ベアトリスは指を鳴らして水鏡を消し、意識を失っているセレーナを見下ろす。


 凶悪な心と不可思議な力をあわせ持つ、自分とよく似た顔の──他人。

 

 聖女の枠から外れたこの女はいったい、何者なのだろう。


 パチンと扇を閉じる音が聞こえ、ベアトリスが視線を向けると、王妃がセレーナを睨み付けていた。


「その得体の知れない者の処遇については、陛下とよく話し合って決めねばなりません。沙汰を下すまで、共謀の騎士ともども厳重に牢へ繋いでおきなさい」


 すぐさま騎士が数人かがりでセレーナとポールを取り囲み連行する。


「あぁ、セレーナ様……僕がずっとおそばにおりますからね。貴女は僕の女神……誰にも渡さない……」


 恍惚と呟くポールには、初対面の時の人懐っこさは微塵みじんもなかった。

 


 ☩  ☩  ☩ 



 その後、ベアトリスは無事に無罪放免となった。


 王室は、フェルナンの愚策とセレーナのおぞましい所業を隠すため箝口令かんこうれいを敷いたが、人の口に戸は立てられぬ。


 情報は瞬く間に国内全土へ広まり、この一件は民も知るところとなった。


 巷で『悲劇のヒロイン』や『世紀の逆転プリンセス』と呼ばれ大人気者だったセレーナ。


 それだけに、不気味な正体と悪行の数々が明らかになった後の世間の落胆はすさまじく、非難はすべて、悪しき女性を王太子婚約者に据えたフェルナンと王室に向けられた。

 

 責任を問われた国王は、民の怒りを鎮め王室を守るべく、ついに第一王子の廃嫡を決定。

 

 フェルナンには王領の一部が与えられ、謹慎が命じられた。


 だが、フェルナンは父王の決定を断固拒否。

 

 ほとぼりが冷めるまで身を潜めていなさい、という王妃の助言にも従わなかった。


「アランに王座をくれてやるものか! 俺は戦うぞ。たとえひとりになろうとも、最後まで抗ってやる!」

 

 そう息巻いていたフェルナンだったが、彼に加勢する貴族はおらず……。

 

「王命に背いた罪により、かの者には大鉱山での無期限労役を命じる」

 

 フェルナンは、かつて自分がベアトリスに命じたように、大鉱山監獄への追放を言い渡された。

 

 生まれての方、剣より重たい物を持ったことのない彼には、鉱山での強制労働はあまりに過酷であった。

 

 一週間も経つ頃には、顔から生気は消え失せ、別人のように変わり果てていく。


 まだ二十代も前半だというのに、髪には白色が混じり目は虚ろ。

 精神を病んでしまったようで、絶えずブツブツと恨み言を呟いているらしい。


 しくも、かつて自分がベアトリスに告げた『己の愚かな悪行の報いをしかと受けるがよい』という言葉そのままの末路になったのであった。


 

 憐れな息子の様子を知った王妃はひどく塞ぎ込んでいたが、そこは誰より気丈な『鉄の女』ルイザ王妃。


 こみ上げる悲しみを活力に変えて、新たな後継者として入城したアラン第二王子の失脚と、息子フェルナンの復活をもくろんでいるようだ。


 ヘインズ公爵ら古参貴族を率いる新王太子アランと、それを打倒すべく動き出す王妃。


 王城での権力闘争に人々が注目する中、かねてより決定されていたセレーナとポールの死刑が粛々しゅくしゅくと執行された。

 

 ────表向きは。



「被検体Sの様子はどうだ」

 

「相変わらずだ。聖魔力と似て非なる禍々しい力を垂れ流しているよ」


「まるで、生きる呪具のようだな」

 

「おのおの、引き続き監視とデータ収集を進めてくれ」


「未確認の『力』については自分が分析いたします」


「ではこちらは、投薬の準備に移ろう」


 白衣の学者たちは淡々と話した後、被検体に視線を戻す。


「この被検体に呼称をつけるとしたら、聖女の対極にある──【魔女】だな」

 

 封印の拘束具で四肢を固定されたソレは、ガラス玉のような目でただ一点を見つめている。

 

 地下深くの実験室では、魔法器具の作動音と学者がペンを走らせる音だけが響いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る