第27話 認められない(認めたい)

 週明けの月曜日。

 今日もいつも通り春花が俺のところまで来たが、先週と同じか、それ以上に様子がおかしくなっていた。


「……おはようございます、冬咲先輩」

「あぁ、春花……今日は気分が優れないのか?」

「……はい」


 てっきり「そ、そんなわけないじゃ無いですか〜!」と嘘でも取り繕ってくると思っていたが、その予想は外れて、春花は素直に気分が悪いことを認めた。

 普段から明るく可愛く振る舞っている春花が、素直に気分が悪いことを認める……このことには、普通の人が気分が悪いことを認めることよりも大きな意味がある……つまり、春花の気分は俺が思っている以上に悪いということだ。


「先週から様子がおかしかったな、何かあったのか?」

「何かあったってわけじゃ無いです……そういえば冬咲先輩、土曜日はあの人と二人で出かけたんですよね?楽しかったですか?」

「え?あ、あぁ、思ったよりは特に何か酷いことを言われたりはしなかった」


 今の春花ほどではないが、あの日は美色さんもどこかおかしかったような気がする……美色さんの様子がおかしくなり始めたのは、レストランに行ったあたりからだったか。


「そうですか……あの人も、冬咲先輩の魅力に……」

「春花?」

「冬咲先輩、私とあの人、冬咲先輩はどっちを……な、なんでも無いです」


 春花は小さな声で何かを言いかけて、焦ったように一度小さく笑って見せた後、すぐにいつもより格段と活力の無い表情になってしまった……それから、場が沈黙で包まれようとしていたので、俺は少しでも場を和やかにするために別の話を持ち出すことにした。


「出かけるって言えば、この前春花と出かけた時は楽しかったな」

「……え?」

「覚えてないのか?二人でカフェに行って、その後も夕方まで一緒に過ごした日のことだ」

「覚えてます、覚えてますけど……冬咲先輩、私と出かけたことを楽しいって思ってくれてたんですか?」

「当たり前だ、今更何言ってるんだ?」


 隠すようなことでも無いため、俺は嘘偽りなくそう聞き返した。

 すると、春花は途端に嬉しそうな表情になって言った。


「そうですよね〜!私と出かけて楽しく無いわけないですよね〜!私って容姿もこんなに可愛いのに、性格もこんなに先輩思いの優しい後輩ですもんね〜!」


 春花は取り繕ったような様子ではなく、本当に嬉しそうな表情と声音で言った……いくらなんでも────


「切り替えが早すぎて対応に困る」

「私だってちょっとぐらい落ち込むことありますよ〜!でも、嬉しいことがあったらすぐに戻れちゃうのが私です!もう〜!冬咲先輩のくせに私のこと不安にさせるなんて〜!」

「不安……?俺のせいで、何か不安になってたのか?」

「そんなことも気づけないなんて、そんなんじゃ私の可愛さにも気づけなくて無理ないですね……でも、私は冬咲先輩のことを見捨てません!ちゃんと私のことを可愛いって思ってくれるまでは、ずっと傍に居てあげます!」

「なんだよそ────れ……?」


 いつもの調子で軽く返事をしようとしたが、その直後に俺は数秒の間、大きな違和感を感じた。

 俺が春花のことを可愛いと思うまでは、春花が傍に居る……じゃあ、俺が春花のことを可愛いとはどうなるんだ?


「……」


 そう聞きたかったが、俺はその質問の返答を聞くのを躊躇してしまい、聞くことができなかった。


「じゃあまた!次の休み時間も来ますから!」


 春花はいつも通り、下手したらいつも以上に元気な笑顔を俺に見せると、この教室を後にした。

 ……そろそろ春花のことを可愛いと認めても良いと思っていたが、春花のことを可愛いと認めると春花が俺の傍から居なくなる可能性がある。

 その可能性があるなら……俺は、春花のことを可愛いと認めることができない、認められるはずがない。

 今、そう断言して言えるほどに────俺は、春花のことを……

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