第34話  ガブリエルの生い立ち

 ガブリエルが生まれたのはマカルー山脈の中程にある聖都ダウラギリであり、母はマカルー山脈の神々を祀る巫女としての役割を担うような人だった。


 マカルー山脈は神々が降り立つ神聖な地とされており、聖宗教の経典にも、聖女が創生神から予言を授かった土地であると記されている。

 聖宗教で語られる聖女とは、山脈を守り慈しむ巫女だったのではないかとも言われており、聖宗教にとっても山は神聖なものとされているはずだった。


 ガブリエルの母が十二歳の時に、聖地巡礼の為と言って訪れた枢機卿は四十二歳のカウレリアだった。聖都に祈りを捧げに来たのだが、この枢機卿は神聖なる山の神にも祈りを捧げたいと殊勝なことを言い出した。


 聖宗教は土着の宗教を蔑む風潮にあり、神殿にて創生神に祈りを捧げたとしても、山の神にまで祈りを捧げようという高位の神官はまずいない。


 自分たちの神に寄り添ってくれる懐の広さを示してくれたのだと考えた母は、他所びとが入り込めるギリギリの聖域まで案内したのだが、そこで男の暴力に晒されることになったのだった。


 カウレリアという男は山の神を崇める神域で、山の神が愛する巫女を穢すことで己の優位性を示したいと考えたのだろうか?もしくは、山の神など何ほどのものでも無いと思ったのだろうか?


 この世の中で一番尊い神は聖宗教が崇める創生神に他ならず、他の種族が敬う神々など塵芥も同じこととでも思っていたのか?


 大事な巫女を穢されることになったものの、聖都ダウラキリは枢機卿に叛意を示すわけにはいかない。何故ならちょうどその頃、ダウラギリを狙った隣国メイティラが武器を持って動き出そうとしていたから。


 メイティラはフランドル帝国と国境を接するため、聖宗教の聖地でもあるダウラギリを守るためにも、帝国を動かして欲しいとカウレリア枢機卿に願い出ているところだったのだ。母を穢したカウレリアはご機嫌な様子で、

「皇帝と私は懇意の間柄ゆえ、必ずメイティラを抑えましょう」

 と、約束をして、意気揚々と山を降りて行った。


 結果はどうなったかと言えば、母の腹の中にカウレリアの子供が宿ることになり、隣国メイティラは兵を動かして聖都を征服してしまったのだ。この間、帝国は何の助けにもならなかったし、マカルー山脈の人々はメイティラによって戦奴に落とされることになったのだ。


 ガブリエルが物心ついた時には、聖都奪還のためにマカルー山脈の人々がメイティラに対して蜂起を繰り返しているところであり、ガブリエルの周りの人々は命を散らし続けていた。


 聖都ダウラギリがメイティラから解放されて独立したのは、実はリンドルフ王国が大きく関わってくる事になる。当時、大量の金を輸出する南大陸にあるケルアン国との取引を始めたリンドルフは、ケルアンでは全く産出されることがない銀を取引に使うことを考えていた。


 マカルー山脈は銀の鉱床が豊富にあるため、この銀の採掘に出資をして大量に銀を手に入れたいリンドルフは、マカルーの人々に金と武器を提供してメイティラ人を排除した。


 それだけでなく、マカルーの人々による統治の手伝いまでしてくれたのがリンドルフ王国であり、マカルーの人々はリンドルフに足を向けては寝られない程の恩義を感じているのだった。


 ガブリエルは戦争が嫌いだ、その土地を我が物としたいという勝手極まる欲求が端を発して、多くの人々が傷付き、血を流し、そうして死んでいくからだ。


 戦争で母を亡くしたガブリエルは山を降りたが、そこで待ち構えていたのがカウレリアで、

「お前の容姿は母親似となったが、お前のその白い髪と朱色の瞳は我が祖父と同じ物よ。ガブリエル、お前は私の後を継ぎ、次なる教皇となって世界を牛耳るのだ」

 カウレリアはそう言うと、今まで守られてきた不文律をあっけなく捨て去り、自分の子に教皇の座を渡すためにガブリエルを教会に引き込んだ。


 そこでガブリエルは、フランドル帝国の皇帝と教皇となったカウレリアが己の私利私欲のための国土拡大を目論んでいることを知り、帝国と聖宗会がまずは第一に破壊と征服を目論んだのがリンドルフ王国だということを知ることになる。


 聖都ダウラギリを征服したメイティラの後ろ盾となっていたのがフランドル帝国であり、帝国はメイティラ経由で、マカルー山脈で産出される銀を破格の値段で手に入れていた。銀山の採掘は過酷な労働となるのだが、戦奴にしたマカルー人を使えば金がかからない。生かさず殺さずの食糧で酷使され続けたマカルー人の多くが死んでいったのだが、それを救済したのがリンドルフ王国ということになる。


 なにしろ人権に対して厳しいケルアン王国を相手にするだけあって、銀を輸出するにしてもその採掘状況がどうなっているのか等、厳しく問われることがある。

 そのため、リンドルフ王国はマカルー山脈の山々をマカルー人のものになるように支援を行い、銀の採掘についても細心の注意を払って行うように指導を行った。


 十分な支援の上で、環境も整えられた状態での採掘は人々に活気を取り戻すきっかけにもなって、メイティラ占領時の数倍の量の銀が採掘されるようになったのだ。その銀を使ってケルアン国と取引をしたリンドルフは大量の金を手に入れたのだが、それが気に入らないのがフランドル帝国ということになるのだろう。


 教皇カウレリアとしても、宗教の自由を謳うリンドルフ王国はこの世から滅び去ってしまえば良いと毎日呪詛を吐き捨てているような状態だった為、帝国と聖宗会は手に手を取ってリンドルフ王国を破滅に追いやろうと考えていたわけだ。


「絶対にそんなことにはさせない」


 この時には最年少の枢機卿となっていたガブリエルは、絶対にリンドルフ王国を滅ぼさせやしないと神に誓った。


 ガブリエルは戦争というものが、想像を絶するほど残虐で、絶望と悲劇をあたりに撒き散らすものであり、悲しみと怒りと憎悪を生み出す悪魔の所業であることを知っている。自らの髪色が清廉潔白を主張し、朱色の瞳が世界を見通す瞳だとするのなら、何をどうしたって教皇カウレリア三世を引き摺り下ろす。


 聖都ダウラギリの恩人ともいうべきリンドルフ王国の地に降り立った時には、確実に教皇を排除し、改革派をもまとめ上げて、聖宗教の総本山を帝国から聖都へと移す計画を実行に移す。


 聖女の末裔と言われる二人の暗殺計画が進行していることを知ったガブリエルは、帝国にある大聖堂から多くの金と人を使って、何とか聖女の末裔を守ろうとしたのだが、結局、娘のうちの一人は死に、もう一人は生き残ることになったのだ。


 生き残った娘は栗色の髪にアンバーの瞳を持つ少女で、その瞳は、山の神に愛されし母と同じ瞳の色であることにガブリエルは気が付いた。


 母も不思議な力を持つ人であったが、マルーシュカもまた、聖女そのものの力を持っている。その力を求めて多くの者たちが付け狙うことになるのなら、聖宗教をまとめた自分が後ろ盾となって守った方が良いのではないのか。


 そう考えながら彼女が保護されたデートメルス公爵家を訪れると、ガブリエルの前にアレックスにお姫様抱っこをされた状態のマルーシュカが現れたのだった。

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