第21話  アルカイックスマイル

 自分の感情などは極力抑え込んだ状態で、口元にだけ微笑みを浮かべた表情のことをアルカイックスマイルという。貴族の女性といえば、大概、こんな表情を浮かべていると思うのだけれど、何故、周りの使用人たちは驚くのだろうか?


 アレクシア様まで一瞬、グレイの瞳を見開くと、長いまつ毛をぱちぱちとさせた後で、

「貴方たち、仲がとても良いのね」

 と、言い出した。


 そこまでアルカイックスマイルがシンクロしていたのだろうか?


 そもそも、アルカイックスマイルってシンクロするものなのだろうか?貴族初心者としては全くよくわからないんだけど、

「先ほど言った焼死体なのだが、今現在、伯爵家に雇われている使用人ではないということだけは把握できている」

 平常運転のアレックス様が片手に持っていた新聞を侍従に渡して、テーブルの方へと向きを変える。


 私の目の前に置かれた純白の陶器の皿には、オムレツ、サラダ、ソーセージが盛られた状態だ。給仕のお兄さんが焼きたてのパンをサーブしてくれて、目の前にバターとオリーブオイルが垂らされた小皿が置かれていく。


 バターは贅沢品なので、庶民はパンにオリーブオイルを付けて食べたりするんだけど、最近、貴族の淑女たちの間では、健康とダイエットに良いという理由からオリーブオイルが好まれるようになっている。


「マルーシュカ様、紅茶になさいますか?珈琲になさいますか?」


 二つのポットを持った給仕に問われた私は、即座に紅茶をお願いすると、カップに注いだ紅茶と共に、ミルクとレモンが目の前に置かれていく。どちらでもお好きな方で飲んでくださいというのが公爵家の方式だ。


 給仕の人間が壁際へと移動をすると、アレックス様は朝食を口に運びながら言い出した。


「誰のものであるか未だに判別出来ていない状態だ。マルーシュカには顔の確認をしてもらいたいのだが」

「いいですよ」

「マルちゃん、そこは『いいですよ』ではなく、『宜しいですわ』が正解ね」


 私は金を請求するために手の平を上に向けた状態でアレックス様の方へ差し出していたのだけれど、その手をチラリと見たアレクシア様は言ってくれた。

「出張費用としてアレックスに請求しておきなさい」

 お金の請求は止めないんですね!というか、焼死体の話、完全にスルーしていますね!


「それと、枢機卿に面会申請を出しているが、面会が今日になるか明日になるかはわからない」

 そういや、枢機卿に会いに行くとか言っていたか、めんどくせ〜。


「ガブリエル様は枢機卿の中でも良識があると言われている方だし、入国当初は『聖女の涙』を血眼になって探しているなんて前置きがあったけれど、そこまで真剣に探しているわけでもないし、とっても紳士的な方よ」


 アレクシア様の言葉にハッと我にかえる。

 そういえば『聖女の涙』なんてブツの話もあったんだよな。

 私は果たして枢機卿に会って、生きて帰ってくることが出来るのだろうか?



     ◇◇◇



「父上『聖女の涙』が我が国より発見されました。間違いなく本物の聖遺物であると鑑定にて判断されました」


 エルンストが父であるフレデリック国王の前に、緋色のベロア生地の上に置かれたマルーシュカが言うところの『ピカピカする石』を差し出すと、王は目眩を起こしたような様子でギッチリと両目を瞑った。


 俯いたままフレデリック王は何度か深呼吸を繰り返すと、

「急に枢機卿がやって来るというから何事かと思ったら、本当に『聖女の涙』が我が国にあったわけか」

 悲壮感を露わにしながら両手で自分の顔を覆った。 


 現在のリンドルフ王国は他大陸からやってくる商人たちの玄関口となっている関係から、貿易で儲けて一人勝ち状態となっている。


 元々、それほど信仰心が厚くなかった代々の国王は、

「自分の信じる宗教を信じれば良いじゃな〜い!」

 という姿勢を貫き通している。


 リンドルフ王国は800年前には帝国の支配下であり、聖宗教によって雁字搦めとなっていた土地になるのだが、複数の州の独立化、商業ギルドの乱立、交易に力を入れることによってそれぞれが大きな力を持つようになってしまった為、帝国から統治を丸投げされた当時のリンドルフ公が、丸っとまとめ上げて独立をしたのが今の王国ということになる。海岸部の干拓も進めて、港湾の設備も整えたリンドルフ王国は、

「お前の信じる神は何ですか〜?」

 なんて質問を投げかけるような無駄なことはやらかさない。


 世界にはそれは多くの国々が存在するし、数多ある国々は、それこそ数多ある独自の神を信奉しているのだ。人が一番嫌がることは、今まで信じていた神を無理やり捨てさせることであり、

「お前らだって明日から創生神様に祈りを捧げず、南大陸のウヴァ族が祈りを捧げるタタント神を信奉しろと言われたら、そりゃ無理〜、絶対無理〜って言い出すだろ!それと同じだよ!同じ!」

 と、言葉を柔らかくして周辺諸国の人間に言ったとしても、カケラも理解してくれないわけだ。


「考えることをやめた馬鹿どもにいつまでも付き合っていられるか!うちはうち!よそはよそ!」


 と、合理的な考えに陥ったリンドルフ王家は貿易で儲けまくった、儲けまくって一人勝ち状態となっている。そんな中、

「そもそも、リンドルフ王国って元々は帝国のものだったよね?」

 と、言い出したのがフランドル帝国であり、彼らは王国を滅ぼして、港ごとまるっと自分のものに出来ないか画策しているわけだ。


「ヴァーメルダム伯爵夫妻だけでなく、聖宗会シンパの子息たちを拘束しているのも、この『聖女の涙』が絡んでのことなのか」


「まあ・・そうです」


 聖女の末裔となるフレデリークの取り巻きの令息たちの中には聖宗会のシンパが紛れ込んでいたのだが、聖宗会と聖女様とは、現在、相容れない形となっている。聖宗会にとっては創生神(男神)こそ全て!聖女は創生神様に傅く存在であると断言している中で、聖女の末裔に媚び諂うのは何かの理由があってのことになるだろう。


 そうしてヴァーメルダム伯爵家から『聖女の涙』が発見されたというのなら、それは、聖宗会のシンパに属する子息たちが持ち込んだから。


 聖遺物を盗んだ逆賊は滅ぼして然るべし!


 と言ってリンドルフ王国に喧嘩をふっかける布石とするのかと思っているのだが、

「いや、知りませんって!」

「本当に知りません!」

「本当に!本当に知りませんって!」

 と、三人はしつこく主張を繰り返している。


「三人の子息の親が王家にクレームを入れてきているのだがどうする?」

「どうするって〜」


 項垂れる父を前にして、エルンストは大きなため息を吐き出した。

 王家はとにかく、宗教に対してはノータッチ、聖宗会、改革派、どちらの肩も持たないと主張しているので、例え聖宗会が喧嘩を吹っかけてきていたとしても、知らぬ存ぜぬで今まで貫き通してきたわけで・・


「アレックスに任せます」

 エルンストは胸を張って宣言した。

「そもそも、この聖遺物を持って来たのはあいつなのですから、責任もって最後までケツは拭いてもらいますよ」

「戦争に持ち込まれるかもしれないぞ?」

「そうしたらそしたで、こちらにも考えがありますよ」


 エルンストはそう答えると、アルカイックスマイルを浮かべた。

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