第8話  聖女伝説


 万民を救済したと言われる聖女様には様々な伝説が残されているんだけど、その一つに『聖女の涙』という一説があるわけ。


 人々を救うために諸国をまわっていた聖女様なんだけど、ある貧しい村を訪れた際に、疫病が広がっていることをお知りになったってわけ。


 疫病を防ぐためにはその国の国王の援助無くして出来ないわけで、すぐさまお城へと向かった聖女様は、疫病対策をするように申し出たんだよね?そうしたらその国の王様は、聖女様の美しさに魅了され、暴力でもって自分の物にしようと考えた。


 圧倒的な暴力を目の当たりにした聖女様のこぼした涙が石となり、床に音を立てて落ちたんだけど、そうしたら!なんと!悪しき心を持った人々の体が塵となって霧散した。城にいる多くの人々の体が霧散して、窓から外へと風に乗って流れ出したんですって。


 するとその霧散した塵を吸い込んだ病人たちは、たちどころに病が快癒した。つまりは聖女様の奇跡の発現ってことですね。


 王家の人々の多くが塵となって消えたけれど、唯一生き残ったのが、皆から蔑まれて育った一人の王子で、心根正しきその王子が聖女の助けを受けながら王国を引き継ぐことになったという。


 その王子こそが帝国の祖とも言われるドミティウス王とも言われており、聖女の涙は、元々は帝国の秘宝でもあったわけ。


「・・・・・」


 馬車の中で伝説の秘宝を受け取ったアレックス様は、まじまじと、私と、隣に座るデニスを眺めると、

「他に知っている者は?」

 と、言い出した。


「僕とブラームとお嬢だけです。部屋に居た従業員には、お嬢の穴があいたパンツが箱から出てきたと言っていますし、それを奴らは信じ切っていると断言できます」


 デニスは何を言っているのだろうか?


「穴があいたパンツか・・・」


 アレックス様も何を言っているのだろうか?持ってそう、持ってそう、穴があいたパンツを持ってそうみたいな、哀れなものを見るような眼差しはやめてほしい。


「穴があいたらきちんと繕いますよ」

「そういうことじゃない」


 アレックス様は大きなため息を吐き出すと、革袋に入ったブツを自分の内ポケットに仕舞い込み、御者に王城へ行くように命じたってわけですわ。


 私はお仕着せを着ているわけなんですけども、小公子のお付きのメイドと言うには、あまりにも着ているものがボロすぎる。


 王城に行くって言ってもこの格好なので、馬車の中でデニスと待機になるんだろうなーと思っていたら、

「早く降りろ!」

 王城前に停車した馬車から降り立ったアレックス様に怒られた。


 伯爵家の邸宅の近くでアレックス様を拾って馬車は走り出したんだけど、何しろ貴族街からの出発だから、あっという間に王城へと到着してしまったわけですね。


「デニスさん、呼んでいますよ?早く降りたら?」

「いやいや、閣下はお嬢を呼んでいるんですよ」

「何故?」

「何故ってそれは」


 デニスは太い指で自分の頬をぽりぽり掻きながら言い出した。


「一連の騒動の渦中の人は僕じゃなくてお嬢だからね」

「クソーーーッ!」


 やっぱり私は渦中の人なわけ?マジで行きたくないんだけどー!



       ◇◇◇



 リンドルフ王国の王太子であるエルンストは、デートメルス小公子から至急の案件として、ヴァーメルダム伯爵とその妻を王城にある貴人牢へ入れることを許可する書類を渡されることになったのだが、


「ヴァーメルダム伯爵家って婚約者の実家だよね?アレックス、何をやってんのかな?」


 と、思いながらも彼を信用し切っているエルンストはスラスラスラッとサインした。


 その後もアレックスから情報が次々と届けられることになったのだが、どうやら、彼の婚約者であるフレデリーク嬢が殺されて、その殺人に対して伯爵夫妻の様子があまりに怪しすぎる為、身柄の拘束をすることになったという。


 ちなみに、その後の連絡では、婚約者であったフレデリークが妊娠していたこと。この妊娠に関わりがあるかどうかは分からないが、以前、護衛として雇われていた男が怪しいため、身柄の拘束に動き出すということ。


 フレデリークの腹の中に子が居るとは言うが、本当に居るかどうかを確認するため、死因を明らかにするために、医師による検死を実施したいということなどが伝えられ、

「婚約者に子供が居たって、アレックスの子供ってことになるんじゃないの〜?それとも知らぬ間に婚約者を寝取られたのかなー?」

 と、ニヤニヤ顔で思案をしていると、どうやら話題のアレックスが王城に到着したという報告が侍従よりもたらされることになったのだった。


 内密に相談したいことがあるとのことなので、

「これはやっぱり、結婚前にアレックスが婚約者に手を出して、思い余ったフレデリーク嬢が自殺をしちゃったっていう話なんじゃないの〜?」

 公爵家の体面を保つために、王家としても一肌脱がなくちゃいけなくなるのかな?と思いながら人払いをした応接室を用意すると、アレックスは、見たこともないメイドを連れてエルンストの前に現れたのだった。


 エルンストの侍従はアレックスに連れがいるのを知っていた様子で、お茶を三つ用意すると、軽く辞儀をして部屋の外へと出て行った。


 この応接室は密談などにも良く使う部屋なので、出入り口は一つしかなく、窓などもないような部屋なのだが、置かれている家具は豪華なもので揃えているからか、メイドは感心した様子で周囲を見回しているようだった。


「うちの者がわざわざお茶を用意したってことは、連れているメイドはメイドではないってことだよね?」


 目の前のソファに座ったアレックスはグレイの瞳を見開くと、

「確かに、メイドじゃないですね」

 と、言い出した。


 アンバーの瞳に栗色の髪の毛の、可愛らしい顔立ちをした少女はアレックスの隣に座ると、

「ヴァーメルダム伯爵家の次女、マルーシュカと申します」

 少女はそう言って口元に微笑を浮かべた。


「ああ・・ああ!君がマルーシュカ嬢か!」


 アレックスからマルーシュカ嬢の話については聞いていた。伯爵家の苛烈な姉妹格差の扱いにより、淑女教育は行われず、下働きのメイドのように働かされているという少女。頭の中身がかなり冴えているとして、アレックス自らが囲い込んでいるという令嬢になる。


「フレデリーク嬢が亡くなったから、今度はその妹と早急に婚約をするための手筈を整えたいとか、そういう相談をしに来たというわけかな?」


 アレックスは女に興味がない。

 フレデリーク嬢と婚約したのも、アレックスの母が無理やり話を進めただけの話であり、アレックスは自分の婚約者にカケラも興味を抱いていなかった。


 そんなアレックスが、わざわざ自分の前に連れてきた令嬢である。

 これは恋とか愛とか、そう言う話の展開になるのでは?


 ウキウキしながらエルンストが目の前の側近を眺めていると、アレックスはおもむろに胸ポケットから革の袋を取り出して、その中から5センチほどの鉱石を取り出してテーブルの上に無造作に置いたのだった。


 その石を見下ろしたエルンストは即座に立ち上がった。

 立ち上がった後は、その場から距離を取るように後ずさった。


「え?なに?これ?は?嘘でしょ?これ、まさか、本物の聖女の涙じゃないよね?」

「本物の聖女の涙だと思います」


 大きく目を見開いたエルンストは生唾を飲み込むと、テーブルの上に無造作に置かれた聖遺物をまじまじと見下ろしたのだった。


「わ・・我が国に持ち込まれたと言うのは・・本当だったのか」

「そうですね」

「我が国を訪れた枢機卿が血眼になって探している奴だよね?」

「そうですね」


 エルンストの背中を嫌な汗が流れ落ちていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る