絶望の英雄はかく語りき〜何でやることやってから俺に言わなかった?①

 俺の…俺の記憶。俺がまだ正しかった時…いや、正しいとかおかしいとか、そういう話では無いな。


 俺には子供の時から仲の良かった、女の幼馴染みがいた。

 家も隣同士、親も公認、いつかは一緒になるであろう幼馴染みがいた。


 名前は…そう、美春だったな。美しい春と書く、美春。

 

 美春は美人という訳では無いが、愛嬌があり明るく朗らかな可愛らしい女の子だった。

 ちょっと変わった所もある美春だったが、持ち前の愛嬌で皆に愛されていた。


 そんな美春に対して、俺は口数が少ない人見知り…というか感情をあまり表に出さない方なので、よく凸凹コンビと比喩されていた。

 

 小学校の頃は『おい、お前の嫁がまた馬鹿な事やってるぞ!』なんて言われたもんだ。

 それでも小さい頃からまるで互いを空気のような存在で、夫婦なんて馬鹿にされても『だから何?』といった感じだった。

 そうだな、そう言われる原因は小学校の時はお互いの友人と遊んだ後、夕飯、風呂と済んだ後は2人の時間だった。


 どちらからという訳でも無く、2階の30センチの距離も無い窓から互いの部屋を行き来していた。

 ませていた美春は『夜会ってやつだね(笑)』なんて笑ってたな。


 その時の会話なんて大したものではない。

 今日はこんな事があった、こんなテレビを見た、こんなものが好きだ…本当に他愛もない話を毎日2〜3時間はしていた。


 お互いが空気のようで、だけど無ければ窒息してしまうような、そんな関係だと俺は思っていた。

 近くにいて当たり前、居なければ自分でなくなるような、そんな関係だと…俺は思っていた。


 そんな生活の繰り返しの中、中学になった。

 俺はサッカー、美春はバスケ、お互い部活で忙しかった。

 2人の時間が少なくなる中で、思春期特有の話が出る。


『美春とは付き合っているのか?付き合ってないんだったら…』


 良く聞かれた、美春は綺麗な女の子…ではないけれど、少し日焼けした肌が健康的で、話しやすく明るくて優しい。

 男子であれ変わった女子であれ、誰とでも話せる陽キャラ、つまりクラスの中心人物になっていた。

 だから…それでも…美春を狙う男がいる事に驚きを隠せなかった。

 

 

 そしてクラスメイトに聞いた話…

 中学3年の時か…いよいよ卒業が近くなって…


『B組の池端が告ったらしい、返事は保留だってー』


 池端といえばバスケ部の高身長イケメン。

 皆大好き池端、池端歩けば女に当たるなんて言われてる少し女たらしな所のあるモテ男だ。


 一週間に1、2回になっていた夜会…美春が俺の部屋に来た。

 そしてついつい言ってしまった。


『なぁ美春、池端が知ったら悲しむぞ?』


 自分で言っておいて、しまったと思った。

 美春の顔が曇る…目が泳ぎ『え?あ…』と口籠る。

 

 この時からだろうか?

 そんな顔の美春を見て…俺は始めて美春を綺麗だと思った。

 何て顔するんだ…驚き、悲しみ、焦燥感…

 

『俺は美春を綺麗だと思っている、だからイケメンの池端に告られるのは当然だと思っているよ』


 俺と美春は常に本音で話していると思っていた。

 だからそのまま、その時も思った事を口にした。


『綺麗だと思っているなら…私と…その…』


 言わんとしている事は分かった、分かっていた。

 俺も思春期で、何も知らない訳じゃない。

 ただ、付き合った所でどうするするんだろう?

 でも何となく、何となくだけど何かに押されている様な気持ちのまま、言ってしまった。


『もしもさ、俺が付き合ってくれって言ったら…付き合ってくれるか?』


『う、うん!■▲●だったら…でも…付き合うって良く分からないから…友達みたいな感じで…ってもう友達以上か…えへへ』


 嬉しそうな美春。コレで良かったんだろうか?

 

 そう、美春はどうか分からないが、俺は好きとかそういうのが良くわからなかった。

 

 そして、卒業前でなにか言われるのは嫌だから、付き合っている事は誰にも言わなかった。

 そういえば、風の噂では美春は池端を振ったらしい。

 

 それから、デートをして、週に1〜2回の夜会は毎日になり、人並みの付き合いをした。

 春休みはなるべく一緒にいた、何故なら進路が違っていたからだ。

 美春は私立の少し離れた高校、俺は地元の公立高校だった。

 

『少し離れちゃうけど、帰ってきたら一緒だもんね』

 

 そんな話をしながら春休みを恋人として過ごした。


 そして高校に行ってもその生活は続く…筈だった。

 美春はバスケを辞めて男子バスケ部のマネージャーとなった。男子バスケの強豪校で、女子バスケ部が無かったらしい。

 美春が自分にはバスケしか無い、それにプロに近いプレイヤーを間近で見るチャンスだと興奮して語っていた。


 俺は勉強と言うよりかは工学の才能があったらしい。

 高校ではサッカーを辞めて工学部に入った。

 元よりそこまで喋る方では無いが、美春が興奮して話すバスケ部員の話はいつも上の空だった。


 それにしても、工学部というのは金がかかる。

 高校の近くでバイトを始めた、喫茶店だ。

 美春の姉である美琴さんから紹介して貰ったバイト。逢える時間は減った。

 それでも夜会の時間は減らさないように、バイトは早めに上がっていた。


 日常は進んでいくが、変化も訪れる。

 美春が喋れば喋るほど俺の口数は減っていった。

 それは別に嫌な事ではない。

 ただ、ある時期から美春は何処か戸惑いがあったのは覚えている。

 それに、美春の様子がおかしくなった少し前までよく話していた、将来を注目されているバスケ部員の吉田という男。

 その男の話を散々していたのにある日からしなくなった。その時に気付く人は気付くんだろうけど…俺は馬鹿だったからな。

 最初は俺が吉田という男に嫉妬して口数が減ったと思っているのかも…だから話をしなくなったかも知れない。

 そんな事無いんだけどなと思ったぁなんて思っていた。


 ある日、隣町にヘルプに出てくれとバイト先の店長に言われたので行った。

 あまり苦にならなかったのは、美春の行っている高校の近くだからだ。

 その足で美春を迎えに行こうと思っていた。

 ところが思ったより仕事が押してしまい、行く約束しなくて良かったなど思いながら、それでもせっかくだからと学校の近くまで行ってみようかと思い足を運んだ。


 俺の行っている学校より綺麗な校門、そして校舎。

 出てくる男女は私立らしい一風変わった制服で、皆お洒落に気を使っている。

 そういえば美春の制服姿ってほとんど見なかったな。

 当然か、美春と会う時は殆ど私服だったしな。

 そもそも夜会がメインだし。


 とりあえずバイトの疲れもあり、校門の前に立っている男もヤバいので学生から見えない位置のベンチに座った。

 

 夕焼けが眩しい時間。

 手を繋いだカップルが出てきた。

 初々しい、だけど仲の良さが伝わってくるような一組のカップル。

 夕焼けをバックに、まるでそれが後光が差しているかのような…幻想的な青春の一コマ。


 俺の見間違いで無ければ…





 …女の子は美春だった…




 あぁ、あぁそうだろう。

 息をする、空気。彼女は、空気の様だった。

 泣く?叫ぶ?それとも…

 何をする訳でも無く、ただ俺の息は止まっていた。

 

 思考が追いつかない。呼吸する事を失った俺はどうやって生きていくのだろう?

 俺は死んだも同然で、余りの神々しさに彼女の場所はまさにそこだと言わんばかりの現実。


 分からない、感情の破棄場の無い、圧倒的な喪失感。

「ははっ…は………それ…」「フフッ…なに…」


 心の整理をする。喪失する、悲しむ、憤る。

 順番にやっていかないと息が出来ない気がするから。 


 笑いが耐えない2人、夜会で最近それがあっただろうか?

 いや、多分俺のせいなんだろう。久しく彼女の楽しそうな姿を見ていない。

 いや、思い出せ、最近の彼女の楽しそうな顔、姿。



『吉田君がね、3人抜きでシュートして…』

『その時に吉田君が止めてね…』

『そこで吉田君が出てきてクラスが大爆笑…』


 カタカタカタカタカタカタコタカタカタナタ


 気付けば手足が小刻みに震えていた。

 息は出来る。ハァハァハァと粗く薄く。

 

 俺は感情が無い…訳無い。人間だ。

 思えば俺が生返事していた、吉田とやらの話。

 あんな話を彼氏にして何を考えているのか?

 いや、違うなを何でも話せるから…空気みたいな存在だから…空気ではなく、実在する人を選んだんだ…


 自分の存在が薄くなる…何なんだコレは?


 気付けば二人の後をつけていた。

 手を見る…俺とデートの時繋いでいた手…が別の男と繋がれる。

 

 そして最寄りの駅についた時…物陰に隠れる2人…顔が寄せ合い…唇がぶつかった。


 俺はまだキスをしていない。始めては未だ無し。

 彼女は既に…自分の唇を、触る…この、キス童貞は本当に情けない。


 そして美春が電車に乗るのを確認して、次の電車に乗った。

 未だに俺の足は地を踏んでない気がする。



※そんなに長くやりません!

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

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