黄色、水彩。手に触れるのは

かにミサイル

遠峯キミカ

日傘を差した少女は、はがきをポストに投函とうかんした。


ノースリーブの白いワンピース、肩にかからない長さのボブカット。


小動物のようなかわいらしい雰囲気を持つ少女――遠峯とおみねキミカは手紙が好きだった。


返信を待つ愛おしい時間や紙の手触り。そして手書きの文字からにじむその人特有の癖やリズムを感じることがキミカは特に好きだった。


はがきの内容は新しくできた友達へ宛てた暑中見舞いだった。


スマホもあるしちょっと古めかしいけど返信を書いてくれるかなと、少し心配ながらも彼女の心は踊っていた。


キミカは家に帰るために、歩き始める。

夏のある休日の朝。茹だるような暑さはまだなく、時折ときおり吹く涼しげな風が少女の優しく頬をでる。


ちょっと遠回りして、近くのコーヒー屋さんのチャイラテをテイクアウトしようかなと、信号待ちの間、ぼんやりと考え事を彼女に声をかけた女性がいた。


「あのすみません。駅までの道を教えていただけませんか?」


女性の問いかけにキミカは不自然な一拍の間があったが、自分に向けて話しかけらたことに気づいた。


キミカは女性に向けて微笑み、淡い水色をした肩掛けのポシェットからスマートフォンを取り出してロックを解除したあとに画面を見せた。


アプリが整理されたホーム画面。壁紙は真っ白。そしてそこに黒く大きく分かりやすい文字でこう書かれていた。


"私は耳が聞こえません"


難聴障害。等級は2級。


キミカの中耳ちゅうじは彼女が生まれたときから既に成長をすることをやめていた。


いつまで経っても言葉を喋らない彼女を不審に思った両親が病院に連れて行った時にその事実が判明した。


だから、遠峯とおみねキミカの世界には、100デシベル以下の音は存在しなかった。


少女が知る音は、体を揺らすかのような大きな破裂音と、耳をすますとかすかに聞こえるザーというテレビから流れる砂嵐のような音だけだった。


画面を見た女性は戸惑いとそしてほんの少し奇異きいが混じった視線をキミカに向けた。


それでも女性の様子から何かを察したキミカはスマートフォンを手早くタップして文字を入力した。


"何か困ってますか? お手伝いは必要ですか?"


障がい者が健常者を助ける。


それを不自然だと思ってしまうこと自体、いびつな考え方だ。


しかし、目の前の女性は同じ考えを持っていた。

女性は申し訳なさそうに謝り、その場を去ろうとした。


ただ、音声認識アプリを立ち上げ、向日葵のようにニコニコと笑うキミカを見て、女性は思い直してスマートフォンへ向かってもう一度同じ言葉を話し始めた。

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