狂四郎1906
溥吾 悠
導入
「わしは妖怪狩りを、生業にしておる」
向かいに座る男は何でもないように呟くと、どこか自嘲気に喉を鳴らしたのだった。
妙な男だった。歳は二十半ばぐらいか。顔にちぢれたザンバラ髪を暗幕のごとく垂らし、だぶだぶの洋服に中肉中背の体躯を隠していた。それだけなら、ただの軟派なハイカラと評するに落ち着くだろう。付け加えると彼は酷い猫背で、あぐらをかいて囲炉裏で身体をあぶっているのだ。西洋の召し物に、古臭い所作。それが妙にサマになっていて、ハイカラの滑稽さとは違う、底見えない不気味さを放っているのだった。
男は名を、廻狂四郎といった。
狂四郎のふかすゴールデンバットが、小ざっぱりした長屋に充満していった。
僕は文字通り煙に撒かれてしまいそうな気がして、慌てて手で紫煙を払いのけた。
「つまるところ、君は
いるのだ。民衆の無知蒙昧に付け込み、人心を流言飛語で惑わせることで、糊口をしのいでいる不埒な輩が。僕は狂四郎もその一人で、言葉巧みに人に付け入り、詩乃殿に寄生していると思っていた。だからこそ、今日、この場で、詐欺師の本性を暴いてやろうと談判しに来たのだ。
狂四郎は口をあけて笑うと、煙草を炉端でもみ消した。無造作に徳利を掴んで、自らのおちょこへと傾ける。
「逆だよ逆。そ奴らハカセが飯のタネさ。そんなところに立ってないで、上がれ上がれ。立って話すには、この先長いぞ」
狂四郎は酒をグイと飲み干すと、囲炉裏の客座を手のひらで叩いた。
僕はしばらく、狂四郎と視線を重ねた。僕の嘘偽りを卑下し糾弾する鋭き視線を、狂四郎はにやけたツラで堂々と受けていた。
このまま見つめ合ってもらちが明かない。そう判断して草鞋を脱ぐと、どっかりと客座へ腰を下ろした。すぐにおちょこを押し付けられ、とるや否やなみなみと酒を注がれた。
僕が唇を食んで躊躇っていると、狂四郎は自らのおちょこにもう一杯注いだ。
「さっきわしが飲んで見せただろ。何も入れちゃおらんよ」
彼はそう言って一気に空けると、ぶはっと酒臭い息を吐いた。
気味の悪い男だ。全く考えが読めない。僕が警戒して臨んでいることを知りつつ、懐柔せんとしているのか。それとも僕を同業の詐欺師だと勘違いして、抱き込もうとしているのか。はたまた食い扶持を奪いに来た余所者を、葬り去らん隙を伺っているのか。
おちょこが湛える小さな鏡に、僕の緊張で引き締まった顔が映っていた。当初は口だけの詐欺師を、𠮟り飛ばすだけでカタが付くと考えていた。だがどうも僕の見積もりは甘かったらしい。早速やりこめられて、座らせられてしまったではないか。
そもそもだ。どうしてこんなことの運びになってしまったのか。
僕は静けさを湛える水面に意識を溶かして、ここ数週間の出来事を思い返していた。
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