殺戮刑事 殺死杉-三分でお前を殺人料理【クッキリング】編など-

春海水亭

美容院で散髪しながらダラダラ話すだけの話


 ◆


「オラッ!日本銀行強盗だッ!今すぐに国家予算級の銀行券を発行して、カバンの中に詰め込みやがれッ!!」

「オラッ!結婚詐欺師だッ!結婚を匂わせて金を搾り取った上で残酷に殺してやるッ!結婚詐欺死と言うべきか」

「オラッ!空き巣だッ!この街の人間を全員殺して、ガラ空きになった街からゆっくりと金目の物を奪ってやるッ!空いた家を狙う時代は終わりッ!自分から空いた家を創り出すのがイノベーションって奴なんだよォーッ!!!!!」


 季節はすっかり秋めいていた。

 秋――スポーツ、芸術、読書、その気候の穏やかさから、様々なことを始めるのに丁度よい季節である。

 折角なので芸術と犯罪を兼ね備えた芸術的犯罪で一挙両得を狙おうという犯罪者も登場する季節である。

 芸術的犯罪の秋であった。


「死になさァーーーいッ!!!!」

「「「ギヨォォォォォォ!!!!!」」」

 そんな芸術的犯罪者を、特に法廷を経由せずに一方的な判断で処刑することが許されているのが殺戮刑事――超法規的な国家公務員である。

 今日も殺戮刑事の一人である殺死杉謙信は発生した事件を殺人行為で解決しては、次なる事件を求めてパトカーで走り回る。


「秋は犯罪者がいっぱいいて、人を殺すのに忙しいですねェーッ!!!」


 殺人的な忙しさであった。

 ほとんど家にも帰ることが出来ずに、大量発生した血異彩秋ちいさいあきを見つけては殺して回る日々である。

 

 仕事と言えどほとんど趣味のようなものである。

 QクオリティOオブLライフを殺す行為の点で不満は無い。

 殺戮刑事は三大欲求の全てを合算したものよりも巨大な殺人欲求を抱えている。

 その欲求が満たされていれば、人生は大体幸福なのである。


 それでも、時折休暇は必要になる。

 今日はそんな殺死杉謙信の非番の日を見ていこう。

 

 ◆


 ヘアサロン『果たして切るのは髪だけかな?』は都内で営業している小規模の店舗である。

 スタイリストは一人、スタイリングチェアも一脚、シャンプー台も一箇所しかない。そのために応対できる客は常に一人だけであり、その分だけ収入も然程多くもないようだが、客が途切れることはない。

 そのためか、都内の一等地で閉店する気配も見せずに数年間営業を続けている。

 そんな『果たして切るのは髪だけかな?』に客が一人。

 スーツを着た男――そんな情報はまず入ってこない、真っ先に目に入るのは男の髪の長さである。

 前髪が伸びきっており、鼻のあたりまで隠している。

 後ろ髪も長い、腰まで伸びている。

 男の髪が枝垂れ柳のようになっているのにひとしきりギョっとしてから、男がスーツを着ていることに気づくことになる。


「いらっしゃい、殺死杉さん」

 ヘアサロン『果たして切るのは髪だけかな?』の店長にして唯一のスタイリストである髪切ヘア冴門が軽く手を上げる。


「どうも」

 髪切に応じて、殺死杉と呼ばれた男も手を上げた。

 その表情は伺えないが、声色は明るい。

 殺死杉謙信――殺戮刑事課に所属する法的になんかぼんやりと殺人を許された刑事、殺戮刑事である。ぼんやりとした判断で相手を法廷を通さずに処刑出来るので、残された遺族と自分の恨みを晴らしつつ自身の殺人欲求も満たすことが可能な一石二鳥のお得刑事である。

 そんな殺死杉謙信も本日は非番である。

 殺人的な忙しさで伸び放題にしていた髪の毛を切るために、このヘアサロンを訪れたのであった。


「なんか希望は?」

「おすすめはあります?」

「おしゃれじゃない坊主だね、ガーッと刈り上げるだけで終わるから、俺が楽だし、殺死杉さんも頭洗うの楽になるよ」

 そう言って、髪切が笑う。


「まあ、そのうちに……ヘアカタログ貰えますか?」

「あいよ」

 ヘアカタログを受け取った殺死杉は、目当てがあるわけでもなくペラペラとめくり始めた。


「なにか人気の髪型とかあるんですか?」

 ヘアカタログに視線を落としながら、殺死杉は髪切に尋ねる。

「スポーツ刈りだね、この俺に人気」

「髪切さんの人気はどうでも良いですよォ」

「じゃあ丸刈りとかはどう?」

「おしゃれじゃない坊主とスポーツ刈りと丸刈り以外になにかおすすめはありますか?」

「ハゲ……は違うか、ちょっと良い言い方調べるから待ってもらって良い?」

「別に言い方のレパートリー増やしてほしいワケじゃないんですかねェ」

「ま、人気は知らないけど……この前みたいに前髪だけ切って後ろ髪は整えるだけにする?ポニーテールとか楽しそうだね。侍みたいに見えるし」


 戦闘において、相手の髪の毛を掴むのは常道の一つである。

 故に、髪の毛は出来るだけ短くしておいた方が良いが、殺死杉は長髪にしておくこともある。殺死杉のような達人であれば髪の毛を相手の殺気を感知するための感覚器官として用いることも可能である。また、特殊な訓練法によって髪の毛を武器として用いる人間も存在する。

 だが、殺死杉が長髪にする理由は大したものではない、ただ髪型の一パターンとして長髪にしているだけである。

 

「ま、今回は後ろも切りたいですねェ」

 殺死杉の外見についてはスーツ姿以外に言及されることは一切ないし、これからもないだろうが、髪型のパターンは殺戮刑事内で一番多い。

 髪型を変えた新しい自分で殺人を楽しむ――そのような人間味も殺死杉にはあるのである。


「じゃあ、こういう感じで」

 殺死杉はミディアムヘアのモデルを指差す。


「はい」

 髪切が殺死杉に散髪用ケープを着け、鋏を構えた。

 鋭く研がれた刃が、ライトの光を受けて妖しく輝く。


「じゃ、切ろうか……」

 髪切は完全に殺死杉の背後を取っていた。

 殺死杉の正面の鏡面――そこに映る髪切の目に火が灯る。


 ジャ。

 ジャ。

 ジャ。


 小気味良い鋏の音が室内に響く。

 鋏が殺死杉の髪の隙間に入り込み、伸び切った髪の毛を切断していく。

 長丁場になりそうである。


「最近、仕事の方はどうです?」

「殺人的な忙しさですねェ」

「比喩表現?」

 髪切の言葉に殺死杉は長い前髪の下でなにかに気づいた表情を浮かべ、咳払いをした。

「あァ……連続大量殺人的な忙しさですねェ……」

 わかりやすく言い直す。

 そもそも人を殺すのが職業であるので、殺人的な忙しさだと相手に伝わりづらいのである。


「いつものことじゃないスか、ソレは?」

「確かに、いつものことですねェ」

 しかし、言われてみれば普段から連続大量殺人に勤しむことが多いため、この表現でも忙しさは伝わりづらい。

 やっていることがやっていることのため、比喩の方法を誤ったなぁと心の中で殺死杉は悔やんだ。


「最近は家に帰ってもちょっと眠って、すぐに出勤するだけの日々ですねェ」

「うわぁ、そりゃ大変だ。いつもお疲れ様です」

「いえいえ、ほとんど趣味で給料をもらっているようなものですからねェ」

「忙しいと、大変だけどやっぱり……」

「いっぱい人を殺せて嬉しいですねェーッ!」

 会話の合間も鋏の音が途切れることはない、言葉と言葉の間の僅かな沈黙すら許さぬとでも言うかのように、髪を切る心地の良い音はサロンの僅かな空白すらも埋め続ける。

 殺死杉の足元に大量の髪の毛が散らばる。


「そういえば、実際の毛髪で作るウイッグっていうのがあるそうですねェ」

「あぁ、ありますね。試したことないッスけど」

「髪切られてる途中で思い出してアレなんですけど、これだけ伸ばしっぱなしにしたなら、ウイッグ用に寄付しても良かったかもしれませんねェ」

「そういうの普段から興味あるんスか?あっ……やっぱカルマ調整的な?」

「いえ、別に今更人殺しに……というか、殺してきた相手に対して罪悪感を覚えることも無いので、殊更に良いことをしようとは思いませんがねェ……」

「まぁ、話を聞く分には、殺戮刑事が処刑した犯人って殺さないほうが罪業レベルの邪悪っぽいしね」

 殺戮刑事は法律をふわっと飛び越えて、犯人を処刑する権利を得ているが、そんな殺戮刑事が相手にする犯罪者も法律をふわっと飛び越えているか、通常の警察戦力では相手にならないレベルの暴力的犯罪者である。さらに言えば、殺人大好きでおなじみの殺戮刑事である。殺人欲求のあまりに特に罪のない人間を殺せば落ち込むこともあろうが、罪のある人間を殺害して罪悪感を抱くことはない。


「しかし、なんか勿体ないじゃないですか。別に人生を費やしてまで人様のために何かをしようとは思いませんけど、無理のない範囲の善行をしてちょっといい気分になりたいぐらいの欲求はこの私にもありますからねェ」

「人情派殺人者なんですねぇ、殺死杉さんは……じゃあ、次髪を伸ばした時にそうすればいいよ。俺が覚えとくから」

「助かりますねェ」

「もっとも――次があればの話だけどね」


 言うやいなや、髪切の手が目にも止まらぬ速さで動いた。 

 神速の鋏捌き――だが、殺死杉の目はしっかりと捉えていた。

 髪切の鋏が殺死杉の首元で横薙ぎ一閃――次の瞬間、殺死杉の腰にまで届いていた後ろ髪がバッサリと切断されていた。


「最近はさぁ、どこも値上げで……ウチも値上げしないとやっていけないからねぇ、殺死杉さんも他の店に行ったりしない?」

「しませんよォ……いや、他の店が気になるコトもありますけどねェ、やっぱりここのカットが一番良いですからねェーッ!!!」

「はは、嬉しいね」

 そのまま髪切の鋏が殺死杉の前髪へと向かう。


 ザッ。

 ザッ。

 ザッ。


 勢いよく散る前髪に、殺死杉は目を閉じる。


「前髪を切っている時はついつい目を閉じてしまうんですよねェーッ……前髪が目にかかるのもそうですけど、目を閉じてる間に髪型が仕上がって、目を開けて驚きたいみたいなのもありますからねェ」

「あー……殺死杉さんはそういう理由で目を閉じるんだ」

「殺死杉さん『は』?」

 瞳を閉じたまま、殺死杉が尋ねる。


「うん、他のお客さんの中にはずっと目を閉じたままの人がいるからね……」

「へひぃ……どんな理由なのか……是非お聞かせ願いたいですねェーッ!!!」

 瞳を閉じたまま声を大きくして問う殺死杉――暗闇の中にいる彼に髪切は鋏を向ける。


「寝ちゃうんだよね、なんか、ぐっすりと」

「あァ……なんだか、わかります。髪を切る音がなんだか子守唄のように耳に心地よく聞こえてきますからねェーッ」

「起こすのもアレなんだけど、やっぱり刃物を使っているワケだから緊張しちゃうよね」

 目を閉じたままの殺死杉、そんな彼の前髪を髪切はひたすらカットし続ける。


「そういや、この前誕生日迎えて」

「おや、おめでとうございます」

「どうもどうも、殺死杉さんは誕生日いつなの?」

「五月六日ですねェ」

「お祝いしてくれる人とかいる?俺祝おうか?」

「父親からビール券が送られてきたので、まだ髪切さんに祝ってもらうほど寂しくありませんねェーッ!!」

 あ、そう。と言って髪切は愉快そうに笑った。


「で、最近ペットを飼い始めてね」

「で?」

「嫁さんが俺の誕生日だからって、ね……いや、お前が飼いたいだけだろ!って思ったんだけどね、さて……何飼ったと思う?」

「ワンちゃんですか?」

「いや、猫だよ。スコスコティッシュフォールド」

「スコの数が違う気がしますがねェ……?」

「ああ、そうだった……スコスコスコティッシュフォールド」

「スコって増えるんですねェ」

「俺、犬派だったんだけどね……実際飼ってみるとやっぱ可愛いね。殺死杉さんは今はいないだろうけど、昔なんか飼ってたりしてた?」

「昔はアレですねェ……金魚飼ってましたよ、お祭りで掬ったやつ……十年ぐらい生きてましたねェーッ……」

「金魚の寿命って三、四年ぐらいだった気がするから……えーっ、すごいね」

「ま、命にはなるべく責任を持ちたいですからねェ……」

「いつも責任持って殺してるもんね」

 髪全体を整え始める髪切、前髪によって隠されていた殺死杉の瞳は今や顕となっている。


「ペットじゃないけどさ、殺戮刑事課には警察犬とかいないの?」

「ウチにはいませんねェ……ああ、警察犬と言えば、珍しいところでは他の課には警察パンダがいますけどね」

「警察パンダ?」

「白黒で、パトカーって名前してますよォ。頭に赤いパトランプをつけてるからすぐにわかりますねェーッ!」

「へぇ、殺戮刑事課以外にも税金を異常な使い方してる場所ってあるんだ」

「パトカーは結構優秀な職員で結局高給取りらしいですよォ」

「税金納める側だったんだ……」

 そのような会話を続けているうちに、殺死杉の髪の毛が徐々に徐々に短くなっていく。完成は時間の問題であった。


「殺死杉さんは恋人とかはいるんスか?」

「恋人……?」

 言葉を鸚鵡返しし、小首をかしげて見せる殺死杉。

 知らない国の言葉を聞いて、相手自身に救いを求めるかのような反応だった。


「いや、結構オシャレですし、公務員スからねぇ。案外相手がいるんじゃないかなって」

「公務員と言っても、殺戮刑事ですよ?」

「まぁ、それはそう」

 長い長い一つの歌を歌うかのように続いていた会話に奇妙な空白が生まれた。

 だが、鋏の音は休むことなくその空白を埋め続ける。


「けど、なんやかんや人々のために頑張っているんですから、意外とお相手が見つかったりするんじゃないですかねぇ?」

 髪切りが沈黙を鋏と共に言葉で裂いた。


「そもそも私自身が恋愛ごとに興味がありませんからねェ。家庭よりも殺人、それがわかっていて恋愛する気にはなれませんねェーッ!」

 殺戮刑事は三大欲求の合算値よりも巨大な殺戮欲求を持つ、恐るべき公務員である。当然、恋愛感情が生じようものなら、その分三大欲求の合算値が上昇するので、その分だけ殺戮欲求が上回る。本能的に恋愛体質ではない男であった。


「はぁ……じゃあ、人生で一回も恋愛はなかったんスか?」

「ま、そうですね。とは言っても、高校時代は案外モテてはいましたけどねェ」

「へぇ、まぁ殺死杉さんはツラが良いですからね」

「けど、それだけじゃなく……部活の影響もあったんでしょうかねェ」

 容姿を褒められたことに特に感情を動かさずに、殺死杉が言葉を続ける。


「へぇ?」

「いろんな部活の助っ人に行っては、ちょっとは活躍したものです」

 遠い過去の日の思い出に語りかけるかのような、少し優しい声で殺死杉が言った。

「特に、私がキッカケで全国大会に行った部活がありましたからねェ、あのときばかりは明確に女性の視線を集めましたね」

「……あー、優秀な男だ。漫画の主人公みたいッスねぇ、何やったんスか?」

「文芸部」

「文系でそんなモテたんだ……」


 そのような会話を交わしているうちに、とうとう殺死杉の髪の毛が仕上がった。

 髪切は三面鏡を持ち出し、殺死杉に髪型の確認を促す。


「こんなもんでどうでしょう」

「気に入りましたねェーッ!!!」

 殺死杉が歓喜の声を上げる。

 アフガンハウンドもかくやとばかりに伸び切っていた殺死杉の髪はミディアムにカットされ、どこかシベリアンハスキーのような落ち着きを醸し出している。

 その様子に髪切は満足げに頷き、殺死杉の散髪用ケープを外し、髪の毛を払う。


「じゃ、シャンプーするので席移動してもらってよろしいでしょうか」

「ハァーイッ!」

 元気よく店の奥にあるシャンプー台に移動する殺死杉、それを追うように移動する髪切。完全に無防備な殺死杉の背中を見る髪切の手には鋏が握られていた――シャンプーには必要のない刃物である。

 髪切は手に持った鋏を振り下ろし――台に置く。


「じゃ、奥まで腰掛けて下さい」

「ええ」

 殺死杉のシャンプーチェアが動き、その頭部をシャンプー台に導く。

 白い首筋が伸びていた。血管が浮かんでいる。

 髪切は殺死杉の目元をタオルで隠した。

 次の瞬間――髪切の手が殺死杉の首へと動く、殺死杉の視界は隠れ、無防備な首を髪切に晒している。その首から髪切は払い損ねていた髪の毛を取ると、シャワーに手を伸ばした。


 ざあ。


 シャワーヘッドから勢いよくお湯が飛び出る。

 髪切はざあざあとシャワーヘッドから降り注ぐお湯に手を当てると、その手が一瞬にして赤く染まった。

 髪切がニヤリと笑う。


「熱かったら……言ってくださいねー」

「はーい」

 無防備な殺死杉に注がれるお湯が、殺死杉の髪の毛を濡らす。


「いい湯加減ですねェーッ!」

「そりゃ良かった」

 髪切、敏感肌で温かい水にふれると肌の色が変わりやすい体質であった。

 そのまま殺死杉の髪の毛を全体的に濡らすと、髪切はシャンプーを手に取った。

 容器から出したばかりのシャンプーは毒々しい紫色である。


「殺死杉さんのために用意したシャンプー……たっぷりと味わってください」

 その紫のシャンプーで、殺死杉の髪の毛全体を容赦なく泡立て始める。


「痒いところありますか?」

「ありませんねェーッ!!」

「はーい」

 適度に殺死杉の頭を掻きながら、シャンプーを洗い流す髪切。

 自家製のシャンプーは色は毒々しいが髪に対する効能は抜群である。

 しっとりとした濡鴉の殺死杉の髪をタオルで拭き、髪切は言った。


「じゃ、席戻って下さい」

「はーい」

 再度、スタイリングチェアに座る殺死杉。

 殺戮刑事の背を取る髪切の手に握られていたのは、特殊な改造が施されたドライヤーであった。


「……じゃ、この特製のドライヤーで癒やされてくださいね」

 コンセントを挿し、起動。

 勢いよく放出される熱風――そして、マイナスイオン。

 さらに特殊な改造により、髪に匂いが付かない程度にほんのりと春の中に漂っているかのような優しい香りが風と共に放出されるようになっている。


 春風の匂いの中、殺死杉の髪の毛はすっかりと乾燥した。

 仕上げに僅かに髪をカットし、殺死杉の来店から終了まで二十分少々――殺死杉の休日はまだたっぷりと残っている。


「殺死杉さん、ワックスつけてく?」

「お願いします」

 実際、これ以降に外出する予定は特に無かったが、別に減るものではないので殺死杉は髪の毛をセットしてもらう。これにて殺死杉の散髪は完了である。


 とうとう、会計――その段になって、殺死杉突として口を開いた。


「ところで、ここの店名……『果たして切るのは髪だけかな?』、一体髪以外に何を切るって言うんですか?」

 殺死杉の手はポケットに、非番の日でも彼がナイフやピストルの携帯を欠かすことはない。殺戮刑事は公務中以外でも容赦なく武器を持つタイプの国家公務員である。


「髪以外の何を切るか……決まってますよ、殺死杉さん……」

 髪切が刃物を構えて言った。


「眉毛ッスよ、眉カット千円」

「あァ~~~自分でやるの面倒いから、ついでに頼んでおけば良かったですねェーッ!!!」

「今からでもやるよ、どうせ時間あるから」

「じゃあ……お願いしましょうかねェーッ!!!」


 こうして、殺死杉は非番に髪の毛と眉毛を整えたのである。


【終わり】

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