第31話 魔人との対峙 前編

──【中級魔術師】サフィリア──



 時は少し遡り、私達がアグネスと対峙してしばらくたった後。



「つ、強い……!」


「これほどとは……!」



 アイちゃんのHPは既に5割を切っています。加えて『出血ブラッド』『火傷バーン』の状態異常がかかっているため、継続的なHP減少のせいで回復アイテムがほとんど意味をなしていません。


 パーティーメンバーではないヨスルさんの状態を確認することはできませんが、受けた攻撃の数々からしてアイちゃんと似たようなものでしょう。騎士としてVITバイタリティは高いのでしょうが、それでもアグネスの火力が高すぎます。

 他の騎士達も奮戦してくださいましたが、もう残っているのはヨスルさん以外いません。勿論死なせたわけではなく、戦線を離脱してもらっています。



「ふふふ、分かったかしら皆さん。これが生物としての格です。本来ならこの世界を統べる立場にある我々が、あなた達のような虫けら共に負ける道理がないでしょう?」



 それに対してアグネスはというと、未だHPはほとんど減らせていないでしょう。隠蔽系のスキルでHPを隠しているので正確には分かりませんが、私の攻撃以外は碌に当たっていませんから。


 相当な数の魔法を発動させていますからMPの方は減っているとは思うのですが、それでも彼女の余裕の表情は消えていない。あれがハッタリであることを願うばかりですが、それは望み薄というやつでしょう。



「はあああああああ!!」


「何度やっても無駄ですわ。『ヴォ―テックスバリア』!」



 アイちゃんの渾身の一撃を、甲高い金切り音を上げながら防ぐあのバリア。

 単純なステータスや攻撃力の差もありますが、戦いをここまで一方的な展開たらしめているのはあれが原因です。あれがあるせいで、こちらは防戦一方にならざるを得ません。



「やはりあれを何とかしなければ……」


「こちらに打つ手はない。しかし、魔人の魔法など私も初めて見る。対策法なども……」



 それはそうでしょうね。人族の魔法ですら解明できていませんし。

 そんな状態であのバリアの弱点を見つけるなど無謀に等しい行為ですが、こちらの手札でアグネスを討伐するには、それをやるしかないのもまた事実。

 ……仕方ありません。こういう賭け染みたことは好きではないのですが。



「……アイちゃん、ヨスルさん。私に力を貸してください」




♢ ♢ ♢




──【疾剣士】アイシス──



「『ブルー・プロミネンス』!」


「『魔法破壊ブレイク・マジック』!」


「はああああああ!」



 サフィの目の前に迫っていた青い炎を斬りながら、私はアグネスを油断なく見据える。ヨスルさんみたいに『魔法破壊』を使えたらもう少し楽だったんだけど、残念ながらまだ習得はできていない。



「うふふ、さきほどから随分と威勢がなくなりましたけど。もう降参ということでよろしくて?でしたら、さっさと死んでいただけるとありがたいのですけど」


「まぁそう言わないで。もう少し遊びましょうよ!」



 瓦礫を足場にしながら飛び上がり、アグネスに一太刀浴びせるべく剣を振りかぶる。いつもなら確実に手応えを感じるだろうこの一撃も、あのバリアの前には届かない。



「何度も言わせないでくれますか?私の『ヴォ―テックスバリア』は物理攻撃では突破できませんわよ」


「くっ……!」



 あのバリアはただ防ぐだけじゃない。

 外向きへの凄まじいエネルギーによって、攻撃を当てる度に、まるで反射しているみたいに弾き飛ばされる。



「ふむ、そろそろ私も飽きてきましたわね。少し趣向を変えてみましょうか──『テンペスト』!」


「いかん、二人とも私の後ろに!」



 私達はその指示にすぐに従う。私はそもそもスタイル的に防御ではなく回避を取ることが多い。だけど、サフィを守らなければいけない現状では彼女を見捨てるわけにもいかず、苦手な防衛戦を強いられている。



(ヨスルさんはともかく、私はそこまでもたないわよ、サフィ)


「ぬうううん!」


「すごい……!」



 二階立ての建物くらいは余裕で飲み込みそうな竜巻を、剣と盾で受け止めちゃった。



「まだですわよ!『ホーミングボルト』!」


「今度は私が!『絶縁化インスレイト』!」



 もしかしたらヨスルさんだけでも何とかなったかもしれないけど、きっと消耗は少ない方が良い。

 カノーファスとの戦いの後すぐに習得したスキルを使って剣に雷耐性を付与した私は、向かってくる三本の雷を左右に散らした。



「やるなアイシス君。メリッサが一目置いているのも頷ける。どうだろう、これが終わったら私兵としてうちで雇われてみないかね?」


「悪いけど遠慮しておくわ。まだ修行中の身だしね」



 勿論、ヨスルさんも本気で勧誘したわけじゃないと思う。

 こんな状況で話すものじゃないし、そもそも長時間拘束される護衛任務はプレイヤー、特に私みたいなログイン時間が限られている人間には向いてない。



(多分、緊張しているのがバレてるわね。全く、私もまだまだだわ)



 そう、私は緊張している。本当の戦いというものに。


 サダルさんや、カノーファスとの戦いでは、本当の意味で死の危険があったのはハイトくらい。そしてそのハイトは、私が心配する必要がないくらい圧倒的な力を有していた。勿論だからと言って心配がなかったわけではないけど、今回とは全然違う。


 ここで私達がアグネスに負ければ、失う命の数は数えるのが馬鹿らしいくらい膨大なものになる。そんな重圧に、きっと私は潰されそうになってる。



「……おかしい自覚は、あるのだけどね」


「む?どうした?」


「何でもない、ただの独り言」



 はこの世界を楽しむうちに、随分と考え方を変えられていたみたいね。

 でもきっとこれは、悪いものじゃないと思っているわ。



「アイちゃん、ヨスルさん。できました、準備完了です」


「……本当にいけるの?」


「……さぁ、こればかりは初の試みですので」


「私としてもにわかに信じがたいが……それでも、信じるしかあるまい」


「ええ、反撃開始と行きましょう」







 

 

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