第20話 望まぬ再会 後編

「分かってる」



 サフィリアの短い言葉に反応したアイシスは、商品に手を出そうとしていたすばやく背後に回ったかと思うと、鞘に入ったままの剣で騎士を軽く叩きつけた。

 レベル差もあってダメージにはならなかったが、騎士は攻撃に驚き体を仰け反らせ、そのまま尻餅をついてしまう。



「おかしいですねぇ……王都内の警備は第一騎士団の管轄だったはずでは?何故第二騎士団であるあなたがここに?」


「誰だ貴様は!いくらプレイヤーとはいえ、騎士に手を出してただ済むと……」


「『犯罪者』のデバフがつくのはあくまで攻撃によってHPが減少した場合よ。今その人は私の剣がぶつかって尻餅をついただけ、あなたに非難される謂れも筋合いもないわ」



 そもそもあの程度の攻撃で、仮にも騎士が驚いてどうするんだって話だ。

 恐らく『虚の刃』を使ったんだとは思うが、彼には『看破』スキルがあるだろうし、レベル差を考えれば自分にとって大した脅威でないことくらいは想像が付くだろう。


 いくら忠実にリアルを再現されているとはいえ、ここはあくまでゲーム、それもファンタジーの世界。

 首を刎ねられても、心臓を貫かれても即死することはない。


 彼らNPCにとって、それは常識であるはずだ。



「先程から私やハイトさんの質問には答えず、身勝手に文句をいうばかり。デュラムさんはもう少し理性的な方だったのですが……」


「もう一度聞いてあげましょうか。何故、管轄外であるはずの業務に、団長であるあなたが自ら出張っているのかしら?」


「そういえば、徴税官の方はどちらに?仮にエンヴィー卿の言うことが事実だったとして、あなたにそれを証明できるのですか?私は知っていますよ、軍の経理をサダルに任せきりにしていたことを」



 自分の権力が及ばないプレイヤーであるサフィリアとアイシス、そして【剣聖】として多くの名声を集めているハイト・グラディウス。

 この三人から糾弾されたティランは、鬼のような形相を浮かべながら顔を赤く染める。



「うるさいわ!お前達、何をしている!これらはれっきとした公務執行妨害、罪人達を捕縛せよ!」


「し、しかし団長……」


「いいからとっとと動かんか!心配せずとも、プレイヤーはそう簡単に我らには手出しできん。それにグラディウスはもう、多少強引に動いても後からいくらでも誤魔化せる!」


「……なんだと?」



 ハイトが貴族じゃない?

 俺の、ハイトの記憶によればグラディウス家は没落していたとはいえ、法律上はれっきとした貴族だったはずだ。


 ティランはにやにやとした表情を浮かべながら、なおも俺に語り掛ける。



「その顔、どうやら知らなかったらしいな?言っておくがこれは虚実ではない、先日の定例協議会により決定したことだ」


「一体どういうこと?」


「当然の話だ。我々騎士団の再三の召集要請に応じなかったソレは、貴族としての責務を放棄したも同義!罪に問われなかっただけ感謝してほしいくらいだよ」



 正直言って、今更地位なんてものに興味はないからどうでもいい。

 騎士団がティランの言う「貴族としての責務」を果たしているかについては疑問が残るものの、その点にだけ目を瞑ればティランの発現は筋が通っている。彼の言う通り、処罰が下らなかっただけ感謝したっていいくらいだ。


 問題は、貴族の身分を持ち合わせていないとサダル家がある貴族街に立ち入ることが出来ないこと。

 予め約束があったり、向こうから呼び出されるような場合は立ち入ることも可能だが、前者はあるわけがないし、後者に関しても望みは薄いだろう。


 次期当主と言うわけでもなかったサダルの死は、彼の家にとってはもう終わった話のはずだ。

 例え俺が帰ってきたことをどこかで耳に入れたとしても、呼び出される可能性は低い。



「ふん、自分の立場を理解したならさっさと────」


「例え貴族でなくとも、私の信念には変わりありませんよ、エンヴィー卿」



 ひとまず、サダルの件は後で考えよう。今どれだけ頭を捻ったとしても名案が浮かぶとは思わないし。



(……というか、なるほど。さっきの店主の反応はそういうことか)



 情報に敏くなくてはやっていけないのが商人という職業だ。きっと俺が貴族でなくなったという情報を掴んでいたのだろう。

 どうりで俺がサダルの家に行くことを仄めかした時、妙に歯切れが悪かったわけだ。



「……後から泣き言を言っても聞き入れてはやらぬぞ」


「こちらのセリフだ、そう言っておきましょうか」


「抜かせ!」



 剣を鞘から抜き、盾を前面に持っての強引な突進。仮にも団長という役職まで登り詰めた男、レベルやステータスは【剣聖】であるハイトに匹敵するものがある。

 それに加え、俺の後ろには店主やサフィリア、そして店の商品がある。サフィリアは最悪自分で何とかしてもらうにしても、その他を守るために今の俺は攻撃を避けるわけにはいかない。



(だが生憎、それはうちにとって一番の得意分野だ)



 戦の時代、宵崎家が最終防衛ラインを任されることは珍しくなかった。攻撃を全て受け切り、その上でさらに敵の迎撃、撃退を行う。そんな無茶苦茶な役目を、俺の先祖様達は担ってきたという。



 剣を抜いたりはしない。ティランにサダルが使っていたこの剣を見せるのは目に毒というやつだろう。相手を殺すわけではないのだから、鞘に入ったままでも十分だ。 

 これ以上余計な面倒事を増やすのは御免だ。



(床を壊すのもよくないな、多少無理をすることになるが……)



《宵崎流初伝 岩捲り────》



 剣先を地面に這わせるようにして構え、ティランの盾が肉薄したタイミングで、彼の身体と盾の間に剣を差し込むように振り上げる。


 盾での突進というのは、正面からの衝撃には絶大な強さを誇る一方で、意外と上下の攻撃に弱い。予め来ると分かっていれば向こうにも対策のしようがあるだろうが、盾で自ら視界を塞いでしまっている状態でそれは難しい。



「何!?」



 かなりシビアなタイミングを要求される、初伝の割には難易度の高い理術だが、うまいこと成功してくれてよかった。



「まだだ!」



 ティランは吹き飛ばされた盾を強引に自分の元まで引き寄せ、右手に持った剣を横薙ぎに振るう。自身は盾に身を隠し、反撃の隙をこちらに与えない実に合理的な選択だ。



(その腕があるなら、真っ当に生きていくだけで十分活躍できるだろうに)



 腐っていたとはいえ、騎士団という組織は実力主義。団長という肩書は伊達ではない。

 はっきり言って、ここまでの実力を持った男が不正に身を堕とす理由が分からない。そこまでのことをして、一体この男は何を求めているんだろうか。



「………!」



 盾でティランの視界が遮られたのを確認した俺は、向かってくる剣とは反対方向に体を捻る。突進とは違って周りに被害が出る可能性は低いため、わざわざ攻撃を受ける理由もない。

 そのまま盾に張り付くような動きで背後に回り込み、ティランの首元に視線を向ける。


 どういうわけか、NPCとプレイヤーの『犯罪者』判定には違いがある。

 プレイヤーが非『犯罪者』NPCのHPを減少させた場合、理由の如何にかかわらず『犯罪者』のデバフが付与されるが、NPC同士の場合は『骨折』や『出血』等のデバフが付かない程度の攻撃であれば『犯罪者』は付与されない。


 だからこの場合、鎧を着込んだ部分であれば『犯罪者』が付くことは無いだろう。

 そう思い鞘に入ったままの剣を両手で強く握った時、それは起こった。



「《system error》《system error》《system error》《system error》《system error》」








 

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