第14話 少女から騎士へ

「俺の後ろに!!」


「で、でも!」


「問答をしている暇はない!」



 これは技術でどうこうできる範疇を超えている。俺はすぐに『絶魔結界サンクチュアリ』を解除し、別のスキルの準備をする。



「『魔法守護マジックガード』、『絶縁化インスレイト』!」



 自分の身体に魔法耐性を、剣に雷耐性のスキルをそれぞれ発動、恐ろしい数の稲妻を受け止める。



(宵崎流初伝 被雷身ひらいしん─────)



 まさか敵の攻撃を受け流すの型、雷を名を冠したその術を、本物の雷を受けるために使うことになるとは。

 はっきり言って、この数相手では多少の耐性スキルや小細工なんて焼石に水。俺のHPがゴリゴリと削れているのが確認できる。


 だが、それでも俺が引くわけにはいかない。ここで俺が離脱すれば、後ろに隠れるアイシスは確実に死ぬ。

 【剣聖】の職業と高いVITバイタリティを併せ持つ俺がここまでHPを減らされている攻撃を、レベル20そこそこの軽戦士が耐えられるはずがない。

 本当の意味での死ではないにしろ、それは俺の矜持、そして助っ人NPCとしての制約が許さない。



「はぁ……はぁ……!」


「ホウ、受ケ切リマシタカ」



 無限に続くかと思われた地獄の時間は、それほど長くはなかった。速度の速い稲妻なのだから当然と言えば当然だ。

 だが俺のHPゲージは二割以下を示す赤色になっており、『火傷バーン』のデバフがかかっている。この手の副次効果の場合、【剣聖】のパッシブスキルである状態異常無効でも防げない。



(【剣聖】のHPをここまで削るか……)


「大丈夫なの!?」


「問題ない、そっちも無事だな?」



 後ろを見ると、先ほどまで気持ち悪いくらいに湧いていたアンデッドのほとんどが死滅している。アンデッドだから死滅という表現が正しいかどうかは知らないが。



(コイツ、自分が生み出したアンデッドを標的にしたのか)



 攻略隊が積極的にアンデッドを狩っていなかったら、俺は死んでいただろう。

 流石に味方であるアンデッドを標的にするとは考えていなかった。



「『キュア・バーン』、『セルフヒール』」



 とりあえず治療はしたが、HPはようやく半分を越した程度。全回復には程遠い。

 本職に治療をお願いしたいところだが、カノーファスが妨害してくることは分かりきっている。下手に後ろに興味を持たせるわけにはいかない。



(それに、剣も……)



 手元の剣に目を向ければ、半ばでポッキリと折れてしまっていた。

 消滅していないということは耐久値はまだ残っているのだろうが、この状態で戦ってもダメージは与えられない。

 一応懐に短剣は忍ばせてあるが……かなり不味い状況だ。



「フハハハ!ドウデスカ?コレガ、コレコソガ死ヲ超越シタ者ダケガ踏ミ入レル領域ナノデスヨ!サァ、ソコノ【剣聖】モ導イテ差シ上ゲマショウ!」



 再び出現するアンデッド達、もう一度『絶魔結界サンクチュアリ』を発動するとMPが厳しいが……やるしかない、か。



「待って、ハイト」


「……アイシス?」


「貴方は確かに強い、それは認めるわ。だけど何も一人で戦う必要はないの。貴方は一人で戦っているわけじゃない」


「そして、アイちゃん達は二人で戦っているわけでもありません」


「!!」


「アンデッド共を蹂躙しろ!!」



 土埃を上げながら、攻略隊がアンデッドに襲い掛かる。一体が倒されてもすぐに新たなアンデッドが召喚されるが、攻略隊の勢いが止むことは無い。



「それと、はい。剣はこれを使いなさい。私はまだ耐久値が残っている剣があるから」


「きっとサダルさんも、それを望んでいると思いますよ」


「………」



 俺は何も言わないまま、アイシスが手渡した黒剣を強く握る。

 一度も触れたことはなかったはずの相棒の剣は、まるでずっと自分のものだったかのように手に馴染んだ。



「おいお前ら!話してないでこっちを手伝いやがれ!!」


「はいはい、リーダーさんは意外と人使いが荒いですねぇ」


「サフィ、レンヤさんが言ってることは何も間違ってないから」



 そう言って二人は前線に走り出し、俺はポツンとその場に一人残された。

 改めて攻略隊を見てみると、幾人か数が減っている。恐らく、『ホーミングボルト』で巻き添えになってしまったのだろう。


 今回の攻略隊はあくまでサダルの討伐を目的とした部隊であり、揃えられた物資やメンバーもそこを基準として集められているはず。当然ながら、カノーファスとの戦闘は彼らにとっても予想外のものだろう。

 死んでもやり直せるプレイヤー側の人間とはいえ、デスペナルティがないわけではないし、ここで使ったアイテムはもう一度集め直さなくてはならない。

 彼らにも失うものは確かにある。そしてその中には、今ここで膝を折れば失わなくて済む物もある。



「悪い、そろそろ無理そうだ!!」


「分かった。ガロウ、スシマチ、コイツの代わりに前衛に入れ。何も攻撃を受ける必要はねぇ、後ろにアンデッドを漏らさないことを最優先に考えろ」


「承知」


「はいよ!」



 それでも彼らは、まるでそんな選択肢は存在しないかのように、止まることを知らない。俺も、かつてはそんな人間の一員だった。



(いや……今も、そうなのかもしれない)



 彼らは俺達NPCとは違い、この世界を生きているわけではない。だが彼らは、俺達NPCと同じように、この世界に全力で挑んでいる、戦っているんだ。



「サフィリア殿、少しいいか」



 俺はサフィリアに作戦を伝える。そこまで突飛な作戦というわけでもないので、すぐに自分の役割を理解し、承諾してくれた。



「タイミングは任せる」


「おや、割と行き当たりばったりですか?」


「サフィリア殿の判断を信頼している、という意味で言ったつもりだ」



 サフィリアの洞察力には目を見張るものがある。

 戦闘にそれを活かせるかどうかはまた違ったものが必要かもしれないが、少なくとも無理に俺の合図に合わせるよりは良い方向に進むだろう。



「……それは、期待に応えなくてはなりませんね」


「頼む」


「ええ、頼まれました」



 俺はそれだけ言って黒剣を握りしめ、前方へと駆ける。

 徐々にだがアンデッドの数が増え始めている。カノーファスが召喚数を増やしているのではなく、処理が追い付かなくなってきているのだろう。



「アイシス殿!!」



 アイシスは一瞬こちらに振り向いた後、視線で了解の意を示した。

 今の一瞬で何かを理解できたとは到底思えないが、彼女ならもしかしたら、と思ってしまうのが恐ろしい。



「はあああああ!!」



 そして彼女は、俺の願いを正しく理解していた。

 アイシスが強引に正面のアンデッドを斬り伏せた場所に、俺は飛び込むようにして前に出る。



「『武神乱撃』!!」



 サダルが習得していながらも、人前で使うことはほとんど使うことが無かったこのスキルを使い、正面にいるアンデッドを一掃する。

 効果範囲にはカノーファスも入っていたが、ヤツは自身が召喚したアンデッドを盾にして凌いだ。



「隙ヲ見セマシタネ!!」



 がら空きとなった俺に対し、カノーファスは再び『ホーミングボルト』を発動させる。速度を重視したためか、稲妻は5本程度で先程よりも少ない。

 だが俺は『武神乱撃』の反動により防御姿勢が取れない。サダルに使わせていたみたいだし、この技の弱点も正しく理解している。



「『防衛本能ディフェンシブ』!」



 俺の前に出るレンヤさん。

 ミスリルの盾がその性能を遺憾なく発揮し、稲妻を防ぐ。レンヤさんもHPはギリギリで、これ以上戦いが長引けば戦いには参加できなくなる。


 彼が落ちるのはマズい、連携が崩れてそのまま敗北する可能性すらある。


 だから、ここで終わらせる。



「行け!ハイト!」


「『ブラスト・ブースト』」



 『武神乱撃』の反動が終了し、動けるようになった俺は、ハイトさんの横を通り過ぎてそのまま直進。

 少しでも相手の意表を突くため、移動速度上昇スキルを駆使してヤツに肉薄する。



「コ、『呼ビ起コサレ負億コール・ネガメモリー』!」


「そこですね、『サモン・マッドドール』!」



 カノーファスは俺を苦しめた騎士召喚のスキルを使用した。

 だがしかし、何も出てくる様子はない。ヤツが対象としたのは、サフィリアが生み出した泥人形だからだ。人形に記憶があるはずもないので、スキルは不発に終わる。



「『死霊拒絶リジェクトアンデッド』!」


「ソノ程度ノ小細工デ!」



 対アンデッド用スキルを発動、直後として剣からもやのようなものが吹き出した。カノーファスが何かしたのかと思ったが、向こうの反応を見る限りそういうわけではなさそうだ。



(なんだ?)



 その靄は人のような形を作り出し、俺の手の上から剣を握る。靄が手に触れた瞬間、俺はその靄が誰のことを形成しているのか理解した。



(なるほど。敵討ちは自分の手で、ってことか)



 『死霊拒絶リジェクト・アンデッド』が付与された剣に触れ続けるのは、きっとこの靄にとっては辛いことのはず。コイツも死霊には変わりないのだから。

 このゲームの中で死後があるのかは俺にも分からないが、早く終わりにしよう。



「これで終わりだ、【不死ノ王イモータルキング】!!」


「『フィジカル・シールド』ォォ!」



 その程度の小細工が、俺に通用するはずがない。

 【不死ノ王イモータルキング】が生み出した魔法を容易く切り裂いた俺は、勢いそのままにヤツの首を刎ね飛ばした。








 



 

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