第11話 憎悪と歓喜

 ハイトが成果を上げる度に、必ず顔を見せては称賛を浴びせてくれたこの男。

 その言葉の裏側に少しだけ垣間見える、嫉妬や劣等感の感情。


 ハイトとサダルは、同期の中でも抜きんでた実力を有していた。

 言い方を変えれば、俺がいなければ、サダルはもっと世に名前を知らしめる騎士になっていたんだ。



 骸骨となったサダルから今も流れる感情が、全てだったとは思わない。

 アイツは口車に乗せるのが上手いヤツだったが、嘘をつくのが苦手なヤツでもあった。そこには確かに、純粋な称賛もあっただろう。



「もっとも、それすらも俺の願望かもしれないが……!」


「WOOOOOOO!!」



 例え願望だったとしても構わない。

 俺はハイトが背中を預けた、あの日のサダルを信じるだけだ。



「『死霊拒絶リジェクトアンデッド』ッ!」



 対アンデッド用のスキルを発動させ、鍔迫り合いを強制的に終了させる。

 吹き飛ばされた形のサダルは大きく肩を揺らし、口元から不快な音を鳴らしている。

 今のアイツにそれが必要かは分からないが、息が上がっているのだろう。



「GWOOOOO……」


(疲労行動……とりあえず『武神乱撃』はなさそうか)



 ここであれを撃たれたら、流石に後ろを守り切れる自信はなかったので一安心だ。



「レンヤ殿、後はお任せする」


「……いいのか?アンタ自身がケリをつけるべきだと思うが」


「こんな形で決着など、他でもない俺達が認めない。ヤツとの決着は、俺があの世に行くまでお預けだ」


「……そうかい。おっしゃお前ら!ラストスパート、気合入れていくぞ!」


「「「了解!」」」



 後ろの火力職のMPが枯渇気味なこともあり、全体的な攻撃力は低下しているはずだ。

 にもかかわらず彼ら攻略隊は、先程以上の速度でサダルのHPゲージを削っていく。



(……!あの攻撃は)


「レンヤ殿!」


「なーに、心配する必要はねぇ!他のタンクは下がってな!」



 ベータでの最終戦、レンヤさんの盾を容易く叩き割った振り下ろし攻撃。

 だがレンヤさんはそれを察知しながらも、かわそうとする素振りがない。



「来やがれ骨野郎!」


「WOOOOOOOO!!」



 剣と盾の衝突。凄まじい轟音が、周囲に木霊する。



「はっはぁ!防ぎきってやったぞ!どうだい、ミスリルの防御力はよぉ!俺は同じ轍は踏まない主義なんでなぁ!」



 ……そうだ。

 ハイトとサダルに因縁があったように、俺達ベータテスターにとってだって、サダルは苦い思い出のある相手なんだ。対策を講じていないはずはない。



(それにしても、ミスリル製の盾とはまた使い勝手の悪い代物を)



 ミスリルは確かに鉄よりは固いが、だからといって特別固い金属というわけではない。ただし、MPを注ぎ込むと強度が増すという他にはない性質がある。

 【盾戦士】系統の職業は序盤でMPにステータスを割り振っている余裕は絶対にないので、あの盾が輝く場面はかなり限定されているだろう。

 正直避けることを前提として、あの攻撃を防ぐことは諦めた方が色々と楽だったとは思うが……そこはレンヤさんなりの意地があったんだろうな。



「WOOOOO!?」


「正面からいかせてもらうわよ!」



 サダルの意識を盗んだアイシスが、攻撃の合間を狙って強力な一撃をぶつける。

 最終ゲージに突入し、攻撃の隙が少なくなっているサダルに対してあれだけ思い切り振りかぶれるのは、彼女がそれだけ自身の技術に信頼を置いている何よりの証拠だ。


 サダルのHPは既に5%を切っている。文字通りの意味で、あいつはもう虫の息だ。



「魔法隊、後先は考えなくていい!ぶちかませぇ!!」


「「「はい!!」」」


「先に私が!『イビラ・スピーネ』!」



 色鮮やかな魔法の数々が襲いかかり、ついにサダルが倒れ込む。

 そして四本もあったHPゲージが全て黒く染まり……『ハイスケルトン・サダル』は塵となって、この世界から消失した。



「「「………」」」



 俺を含め、その場の全員が言葉を発することができなかった。5秒、10秒と経過するなかで、攻略隊の誰かがその静寂を破る。



「た、倒したのか……?」


「あ、ああ」


「俺達、本当に」


「やった!やったのよ!」



 まるで先の静寂が嵐の前だったかのような歓声が、迷宮内に響き渡った。ここが通常のモンスターが入れないボス部屋でなかったら、たちまち迷宮中のモンスターが集まって来ていたことだろう。



(そうか。やれたのか、俺は……)



 キョウマとして参加できなかったことに少々残念な思いもあるものの、心の大部分を占めているのはやはり長年の悲願を達成できたことの方が大きい。

 俺の自己認識は叶馬であるという認識が強いが、こうした状態になると確かにハイトといての自我が存在していることも実感する。



「やりましたね、ハイトさん」


「……ああ……ああ!」



 あふれ出る感情を制御することができず、俺の頬からは雫が流れ出る。

 ハイト・グラディウスという人間は自分自身でもあるが、それと同時に赤の他人でもある。主観と客観、両方の視点から自分の状況を把握できるというのは、何とも不思議な状態だ。


 俺がこの世界でもう一度生を受けてしまった以上、この身体とも向き合っていかないといけないんだろう。



「……な、なぁでもよ。変じゃないか?」


「あん?変って、何がだよ?」


「だってよ、骨将軍は間違いなく倒したのに、経験値が入ってねぇ。誰も討伐報酬を受け取ってねぇんだ」


「「「!!」」」



 それを聞いた俺の身体に、凄まじい悪寒が襲いかかった。



「全員!!出口まで走れ!!」


「無駄デスヨ」


「なん!?」



 次の瞬間、その場にいるプレイヤー全員がその場に倒れ込んだ。

 パーティーメンバー以外のステータスは見ることが出来ないが、恐らく全員には同じ状態異常が付与されている。



(『麻痺パラライズ』、状態異常の全体攻撃だと?)



「ヤレヤレ……彼ニハモウ少シ役立ッテモラウ予定ダッタノデスガ」


「誰だ……てめぇ!」


「フフフ、ソノ状態デ嚙ミ付ク威勢ガアルトハ、プレイヤーデナケレバスグニ傀儡ニシテヤッタモノヲ」


「傀儡……あなたは……!」


「オ気付キノヨウデスネ!ソウ、私ハ【不死ノ王イモータルキング】!不死ノ軍勢ヲ束ネル真ノ存在、ソレコソガ私ナノデス!」



『【不死ノ王イモータルキング】カノーファス』



(しまった、何故この可能性を考慮していなかったんだ俺は……!)



 サダルは俺に並び立つほどの男だ。あいつだって【聖騎士】、【剣聖】ほどではないにしろ、アンデッド対策のスキルはいくつも習得していた。


 それなのに、あいつは敗北を喫した。その時点で考慮するべきだったんだ、アンデッドを超越する不死の存在イモータルを。



「最近ハ傀儡ニデキナイプレイヤーバカリデ辟易トシテイマシタガ、ヨウヤク美味シソウナ獲物ガヤッテキタデハアリマセンカ!」


「な!?まさか、ハイトを……!」


「フフフ、『麻痺パラライズ』ヲ受ケテ尚モ立チ続ケル胆力、恐ラク相当ナ高レベル!貴方達ニハ感謝シナクテハナリマセンネェ!」


「………」


「ハイトさん……どうにかして、逃げてください……!」



 『麻痺パラライズ』は俺もベータ時に何度かくらったことがあるが、形容し難い不快感が常に全身を襲い掛かって来る。

 攻撃、防御と移動の一切ができなくなるという、数ある状態異常の中でも屈指の凶悪性を誇っていたが、その分『麻痺パラライズ』を付与できる攻撃は命中率が低く設定されていた。



「傀儡達ヨ!喰ライ尽クシナサイ!」



 そんな攻撃を恐らく100%の命中率で、それも全体攻撃で扱えるコイツは、この場において規格外の存在。間違ってもこんな序盤で登場していいキャラクターではない。

 ──もっとも、そんな存在はコイツだけじゃないんだが。



「悪いが、【剣聖】には一切の状態異常攻撃が通用しない。『絶魔結界サンクチュアリ』」


「ナ!?」



 襲い掛かって来たスケルトンとゾンビの混成部隊を結界スキルで一度外に吹き飛ばし、俺はヒーラーのプレイヤーに回復魔法を使用する。



「『キュア・パラライズ』。すまないが皆の治療を頼みたい」


「……え、えっと。もうMPが」


「おっと、そうだったな。『魔力譲渡マナ・トランサー』」


「……一瞬でMPが全快、これが【剣聖】」



(すまない、この怒りを抑えきれそうにない)


(俺の方こそ悪い。不謹慎だと分かってはいるんだが、つい感情が昂ってしまう)



 俺は、俺達はお互いにそう語りかける。

 一方は、親友を葬った仇への憎悪を。

 一方は、己も戦えることへの歓喜を。

 二人は互いに謝罪しあった。



「アナタタチノ復帰ヲ、私ガ黙ッテ見テイルトデモ!?」


「妨害する余裕がお前にあると思うなよ、【不死ノ王イモータルキング】」








 



 



 

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