第8話 群衆の中の異物

 時間とは面倒に思うと長くと感じ、有意義だと思う程すぐに過ぎ去ってしまう。

 では俺が攻略隊に参加することが決まってから当日まではどうだったかと言うと……。



「な、なんか前挑んだときより強くなってねぇか!?」


「だ、だよね?挑む回数が増えるほど手ごわくなる仕様なのかな……?」


「そんな仕様、ベータの時には無かったはずよ?」



 少しでも自分の体に慣れるため、あまり使用しないようにしていたスキルも遠慮なく使って決闘クエストに挑んだ。

 素のステータスだけでも負ける気がしなかったというのに、スキルまで解放してしまっては最早壁当ての類と変わらないような気もするが……どうやらサフィリアとアイシスの二人が俺に関する情報を公開したらしく、以前よりも挑戦者が増えたので丁度良く利用させてもらっている。


 こうして一切の制限なく戦ってみると、このハイト・グラディウスというキャラクターの異常性が改めて理解できる。ステータスやスキル、そして所有している知識など、明らかにゲーム前半から登場していいキャラじゃない。

 運営としても、まず勝てる相手ではないと判断したからこそ、膨大な経験値を報酬として提示しているのだろう。



(まぁ、弱い体でやらされるよりはいい)



 強くてニューゲームみたいな展開は正直好きではないんだが、恐らくNPCの俺の命は一つだけ。死んだら終わりの世界なんだから、強いことを嘆くわけにはいかない。


 そうして時間を有意義に活用した俺の三日間はすぐに過ぎ去り……、いよいよ攻略の日がやってきた。






♢ ♢ ♢






「……よし、全員いるな!ここに一旦集まってくれ!」



 誰かが作ったらしい壇上に立ったレンヤさんの一声で、ダンジョンの前に集合した冒険者は合計で24名。

 ベータ時代の最終決戦よりもパーティーを一つ増やした、3パーティーでの合同攻略となる。俺が加わって25人になるとキリがいいな。



「皆も知っての通り、ここは俺達ベータテスターが攻略できなかったダンジョン、通称『騎士の墓場』だ。中にはアンデッドが蔓延り、最奥にはクッソ強い骨野郎が待ち構えている」



 『騎士の墓場』……そんな風に呼ばれていることは知らなかったが、経緯を知っていればそう呼ばれることも納得できる。不快なことに変わりはないが。



「事前調査でベータ時代とボスモンスターが変更されていないことは分かっているが、細かなモーションは異なってる可能性があることを留意しておいてくれ。攻略情報を鵜吞みにするのは厳禁だからな!」



 これだけの人数を前に堂々と壇上に立てるのは、やはりレンヤさんと言ったところか。何となく気になって『看破』で周囲を観察してみたところ、ベータ時代にお世話になったプレイヤーと同じ名前がちらほらある。

 ヤクモの名前もあるかと思ったが見当たらない。アイツが他の名前を使用するとは思えないので、今回は参加していないのだろう。



「それから、今回はとある助っ人が参加する……ハイト」


「ああ」



 ……ハイトというキャラクター的にここで怖気づくわけにはいかないんだが、やはり大勢の目に晒されるというのは気分の良いものでは無いな。

 俺がNPCということもあり、どこか訝しげな視線が多いのも一因しているだろう。



「お前らも一度くらいは顔を見たことがあるんじゃねぇか?最後に加わった二人が口説き落としてくれた【剣聖】ハイト・グラディウスだ。事情によりボス戦には参加してくれないらしいが、道中での雑魚狩りを担当してくれることになった」


「ご紹介に預かった、ハイトだ。よろしく頼む」



 事前に周知されていたらしく、思ったよりも驚きは少ないが、それでもざわざわとした雰囲気はすぐにプレイヤーの間に広がった。

 レンヤさんはそれを予期していたのか、片手を挙げて注目を集めると、もう一度口を開く。



「どうやらコイツは生前、つまりは骨になる前のボスと知り合いらしくてな。その最後を見届けたいっつう話だ。お前らならこの意味、分かるだろ?」



 レンヤさんは別に、プレイヤーの情に訴えかけているわけじゃない。ゲーマーとしてのさがに訴えかけている。

 俺以外のNPCも随分と人間臭いのが多いグラマギだが、少なくともベータの時点で、彼らを本物の人間のように扱うサフィリアのようなプレイヤーは少数派だった。

 まぁ、ゲームだからこそ感情に選択を委ねているプレイヤーもいるにはいるが、この場にはどちらかというと効率優先のガチプレイヤーが多い。


 だからこそ、俺が可哀想だから、という理由ではなく、このNPCを連れて行けばなにかしらのイベントが発生するかもしれない。という確証に近い希望的観測をプレイヤーに提示しているわけだ。

 直接的な表現を避けているのは、俺の信用度を下げないための配慮かもしれない。



「だがよ、確か助っ人NPCって死なせると周辺NPCの信用度がめちゃくちゃ下がるんじゃなかったか?俺は次の職に【騎士】を選びたいんだ。騎士団の評価が下がるのは御免だぜ」


「その点なら心配無用だ、俺は既に騎士団を去っている。お世辞にも円満な形ではなかったからな……何なら俺が死ねば、【剣聖】の席が空いたと大喜びするんじゃないか?」



 ハイトの【剣聖】は唯一職ユニークジョブ、世界に一人しか存在できない職業で、つまりは俺が生存している限り、他の誰かが【剣聖】になることはできない。

 プレイヤーまでこの法則に縛られるかは定かではなかったが、もしプレイヤーの誰かが唯一職ユニークジョブに就いてしまうと、そのプレイヤーがキャラクターを削除しない限り誰もその職に就けなくなるなどの事情から、この法則には当てはまらないのではないかという考察が有力視されていた記憶がある。



「む……」


「おいヒコマル、間違ってもコイツを殺そうとか思うなよ?」


「いやいや、流石にそこまで馬鹿じゃねぇって。そもそも殺そうと思ってできる相手じゃねぇだろ」


「その通りだ……危惧するヤツがいるのは分かるが、まだ回復職もアイテムも満足に集められていない現状、道中の消耗を抑えられるのはデカイ。人数が増えたからと言って勝てるような相手でもないしな。というわけで、今回は俺の判断に従ってもらうぞ」



 どうやら話はこれで終わりらしいので、俺は壇上から下りて二人の下に戻る。



「お疲れ様、思ったよりも受け入れてくれた人が多かったみたいね」


「事前にレンヤさんには仕込みを入れておきましたからね……もっとも、彼ならば余計なことをしなくても納得させていたかもしれませんが」



 同感だ。レンヤさんの人をまとめ上げられる能力は、ゲームや現実に関係なく有用なものだろう。

 即席で集められた20人余りから信頼を寄せられているなど、尋常なことではない。いずれクラン機能がプレイヤーにも開放されれば、それこそ騎士団にも匹敵するような巨大組織になるかもしれない。



「それじゃ、長ったらしい説明もここまでにしよう。あの日の再戦を果たすため、より高みへと登るため、あるいは友の無念を晴らすため。この際、それぞれの思惑はどうだっていい。俺達の目的はただ一つ……勝つぞ!!」


「「「おお!!」」」



【ストーリークエスト『幽鬼の勇気』が開始されました】






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