第5話 【剣聖】の過去

「………」


「ハイトさんの短い言葉と騎士団からの印象で、あなたと騎士団の間に何かがあったのは分かりました。ですがそれならば普通、王都近郊のこの森ではなくもっと遠くの場所へ拠点を移すはずです。私なら国外まで行ったと思います」



 これはあくまでハイト・グラディウスが経験したことであり、今の俺にとってはただの記憶情報に過ぎない。

 そのはずなのに、この記憶を呼び起こすときは、ドロドロとした感情が頭を支配する。



「だから私はこう考えました。あなたにはこの国を、いえ、この森を離れられない理由がある。その理由は……そうですね、、でしょうか?」


「……」


「当たりのようですね。ふふっ、私の推理は中々のものでしょう?」



 確かにすごい。断片的な情報でここまで確信に近い答えまでもっていくとは。

 恐らくだが、一発で答えに辿り着けるとは運営も考えていなかったんじゃなかろうか。



「……今日は驚いてばかりの一日だな」


「ハイトさん、私は別に騎士団に戻ってもらおうと考えているわけではありません。純粋に、あなたが抱える何かを解消してあげたいんです。さっきから何も言ってませんけど、アイちゃんも同じ気持ちだと思いますよ?」


「……ここで話を振るのね。まぁ、概ねサフィの言う通りよ。私に手伝えることがあれば喜んで協力するわ。ま、私はちゃんと報酬は請求するけどね?」



 俺を縛っているいくつもの鎖のうち、その一つが今解かれた。

 内心で二人に感謝しながら、俺は口を開く。



「二人とも、名前を聞いてもいいか?」



 既に『看破』スキルで知っていることではあるが、形式的に聞く必要があった。

 教えてもないのにいきなり名前で呼ばれたら困惑するだろうしな。



「私はサフィリア、こっちはアイちゃんです」


「ちょっと、愛称で教えないで。アイシスよ、アイシス」


「サフィリア殿にアイシス殿だな。少し長くなるが、俺の昔話を聞いて欲しい。小屋で茶くらいは出そう」



 どうやら俺は自分が認めた相手には『殿』という継承を付けるらしい。いままでそんな敬称を使ったことが無いから、少し気恥ずかしいな。





♢ ♢ ♢






 これはきょうまハイトになる前。

 それどころか、『グラドマギス・ワールド』の正式サービスが開始されるよりも前に、この国で起こったとある事件の話だ。



「私は反対です!」


「ハイト、何度も言わせるな。これは決定事項だ」



 ここは王国騎士団の会議室、騎士団の重役が肩を並べるその場所で、ハイトは声を荒げていた。



「何故私が盗賊団の討伐なのですか!【剣聖】のスキルを考えれば、森で発生したアンデッドの大量発生に対処するほうが有効でしょう!」


「だが、盗賊団の方が直接的な被害は大きく、民衆からも不安の声が挙がっている。それを払拭するためにも、お前が出向くのが得策だ」


「グラディウス卿は雑草のごとき根太い活動で、民衆にもその名を知られておりますからなぁ。卿が来たとあれば、安心する人は多いでしょう」



 ──お前らがそうやって椅子で踏ん反りかえっているから、俺が人前に出るしかなかったんだろうが。


 その言葉を寸でのところで飲み込み、ハイトは尚も反目する。



「であれば団長が出向けばいい!実績の少ない私より、この国に多大な功績を残しているデュラム卿の方が適任です!」


「残念だがそれは出来ない、俺には殿下の護衛任務がある。それにハイト、これはお前にとってもチャンスなのだぞ?ここで民衆からの支持を得ておけば、グラディウス家再興の一歩に繋がる。俺達はその機会をお前に与えると言っているんだ」



 俺はグラディウス家の再興なんて望んでいない。俺が生まれてから早々に死んだ家族と今の家には、思い入れなんて存在していないからだ。

 だがそれをこの場で言ってしまうと、貴族の立場を軽んじていると多くの敵を作ってしまう。俺は口をつぐむしかなかった。



「……ではせめて、アンデッドの対処に向かう第二騎士団にはより多くの人員を向かわせてください」


「さっきからお前は何を恐れているんだ?たかだかアンデッド相手に、我が王国最高峰の戦力を誇る騎士団が後れを取るとでも?」


「アンデッドは死体のレベルによってその脅威度が変化します。たかが死人などと、絶対に侮ってはいけない相手です」



 それ以上に、今回の作戦にはハイトの勘が激しい警鐘を鳴らしていた。このままいけば、取り返しのつかないことになるという予感が。



「分かった分かった、それじゃもういいな?これで会議は終いだ。各自、作戦実行日までは英気を養っておけ。グラディウス、お前もあまり気を張るな」


「……了解しました」



 形容しがたい無力さを味わいながら、ハイトは会議室を後にし、そのまま一人でに廊下を歩く。

 すると廊下には、壁にもたれかかりながらこちらに視線を送る一人の男の姿があった。



「随分辛気臭い顔してやがんなぁ、ハイト」


「……サダル」



 サダルとは幼少期からの仲で、いわゆる幼馴染というやつだ。お互いに貴族家の次男という微妙な立ち位置から意気投合し、いつしか二人とも騎士を志すようになった。


 【剣聖】のような特別な技能に目覚めることは無かったが、持ち前の要領の良さで着々と実績を積み、ハイトと同じく入団から一年のタイミングで副団長に就任した男でもある。

 ハイトが才能を認められた男であるなら、サダルは実力を認められた男なのだ。


 ハイトが第一、サダルが第二と別々の騎士団に配属されてからは顔を合わせる機会は減っていたが、この日は珍しく騎士省庁まで足を運んでいたらしい。



「まぁ、俺も一応副団長だからな。面倒極まりないが、定期的に顔を出さんと上がうるせぇんだ」


「何が一応だ。その年で副団長など前代未聞だろう」


「それをお前が言うか?見習いから一発で花形の第一騎士団に入団して、一年で副団長になった【剣聖】さんがよぉ」



 違う、団長は都合の良い動ける駒が欲しかっただけだ。自分の代わりに面倒事に対処してくれる駒が。

 中途半端に役職と責任を与え、投げ出せないようにしてから、自分は仕事を押し付けて地位と私腹を肥やす。


 国の英雄と持て囃された男の姿があのようになっているとは、民衆は誰も思っていないだろう。



「……今回の任務は覚えているか?」


「ああ、そっちは盗賊団の討伐。こっちは森のアンデッドだろ?お前の勘はそれなりに信用しちゃいるが、そこまで恐れるほどの相手かねぇ」



 今回の任務については、定時連絡で少し話していた。

 サダルが半信半疑になるのも分かる。自分でも、この悪寒に関しては信じきれていない部分があった。

 確かにアンデッドの脅威は未知数。だがしかし、ハイトはサダルという男の実力を本人以上に買っていた。こいつがむざむざ敗れるような光景は、想像できない。



「とにかく気を付けてくれ。王都近郊とはいえ、あの森はほとんど人の立ち入りがない。危険を感じたら即座に逃げろ。その時は準備を整え、今度は俺が出る」


「分かってる。俺も上がなんでここまで事を急いでいるのかに関しちゃ、ちょいと怪しいと思ってるんだ。野心満載のウチの団長が撤退を許してくれるとは思えねぇが……ま、いざとなりゃ一人で逃げるさ」



 俺は多分、そこで会話を終えてしまったことを、一生後悔し続ける。








 

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