第2話 圧倒的な実力

 『グラドマギス・ワールド』では、基本的にNPCを攻撃すると『犯罪者』デバフが付与され、街に入ることが出来なくなるほか、巡回兵に見つかると即座に攻撃されるようになる。

 巡回兵自体はレベルを上げて対策を練れば対処できるものらしいが、巡回兵を殺すとその上の暗殺騎士が出張ってくる。こっちはバランスブレイカーなんて言葉が生温く感じる強さを持っているらしく、少なくともベータ版で勝利報告は上がっていない。


 とにかく、グラマギではNPCを攻撃することはNG。人を攻撃したいならプレイヤーを狙え、というのが鉄則だった。


 だがしかし、何事にも例外は存在するもの。

 その一つが決闘クエストだ。NPCと一対一の決闘を行い、勝利すれば経験値を得る代わりに、負ければ少なくない額のGゴールドを失う。決闘は専用のフィールドが用意されており、その中であればNPCもプレイヤーも死ぬことはない。



(多少のリスクを背負ってでも挑む価値があるのは分かるが……NPCこっちの気持ちも考えてくれないかなぁ)



 『決闘:【剣聖】ハイト・グラディウス』は、数ある決闘クエストの中でも破格の経験値が用意されており、その量はベータで見つかった最高効率の狩場で丸一日籠って得る経験値量とほぼ同量。

 勿論敗北時の支払額も少なくないが、金銭はやり込むと余りがちなのもあり、挑戦者は一時期待機列が出来ていたほどだ。



 そして、勝者は誰一人として現れなかった。



 ハイスケルトンジェネラルは惜しい所まで行けたが、こっちは早々に諦められた。俺も前世で何度か挑んだが、それはまぁボコボコにされた記憶がある。

 ステータスが異常に高いのは前提として、ハイト・グラディウスには剣を学んできた俺からしても舌を巻くほどの戦闘AIが備わっており、強引さと繊細さを巧みに使い分けてこちらの防御を崩し攻撃してくる。


 宵崎家は守りの剣に特化した武家だったので俺は何とか対応できたものの、攻撃に転じることは出来ず敗北した。正直、あれの相手はステータスに合わせてリアルスキルもないと不可能な気がする。



「まぁ、今は俺がそんな存在になったわけだが」


「どうした!早く出てこい!」


「やれやれ、こっちの都合も考えて欲しいもんだ……」



 小屋から出ると、そこにいたのは三人のプレイヤー。名前はアマノ、リョウタ、クマリリ。クマリリは微妙だが、多分三人とも日本人のプレイヤーだな。



「良いだろう、挑戦するのは誰だ?」


「やっと出てきたか!挑戦するのは全員だが、まずは俺だ!」



 ……しょっぱなから三連戦とはついていない。

 最初に前に出て来たのはリョウタ、『看破』スキルによればレベルは10で職業は【剣士】。

 恐らくはレベル15で解放される中級職に転職するため、手っ取り早く経験値を得られるこのクエストに挑戦したのだろう。



「それは構わないが、もし俺にお前が勝利した場合、今日はそれ以上決闘をやらないぞ?疲労が溜まった状態では不利だからな。後ろの二人は納得しているのか?」


「ええ、大丈夫ですよ」


「本当に、NPCとは思えない自然な口調ね……私も大丈夫です」



 そりゃ、中に人が入っているからな。

 そういう意味では、今のハイトはノンプレイヤーキャラクターとは言い難い。



「了解した」



 俺は目の前に出現したメニューログを操作し、リョウタの決闘申請を承諾。俺とリョウタの間を中心として半径15メートル程の範囲が、淡い緑の光に包まれる。

 これが【剣聖】との決闘クエストにおける専用フィールドだ。この円から出ると残存HPに関わらず強制的に敗北となる。



「ハイト・グラディウス。【剣聖】の名において、この決闘を毅然の心情で戦うこと誓う」


『決闘:【剣聖】ハイト・グラディウスが開始されました』



 随分と恥ずかしいセリフだが、これは断じて俺が言っているわけではない。決闘クエストを開始する前に勝手に口が動くのだ。どれだけ意思を働かせても、謎の強制力に逆らうことは出来なかった。



「存分に武勇を示すがいい、異界の民よ」


「言われなくても行くっての!『突進ラント』ッ!」



 まず始めにリョウタが繰り出したスキルは『突進ラント』。一対一という戦闘において、これほど距離を詰めるために便利なスキルは他にない。

 だが、それはあくまで互いが同じステータスだった場合に限った話。



「なん!?」


「スキルは確かに強力だが、『突進ラント』のような大振りな技は強制中断ができない。だから……」



 俺はリョウタの突進攻撃を半身をずらして躱し、すれ違いざまに蹴りを入れる。蹴りを入れられたリョウタは痛みは設定によって感じていないはずだが、その衝撃に体を仰け反らせる。

 レベルの割には速かったのでかなりステータスをAGIアジリティに寄せているのだと思うが、それでもまだブラッディウルフの方が速いくらいだ。

 前世の俺ならいざ知らず、【剣聖】となった今のステータスでは受ける方が難しい。



「こうして攻撃を隙を狙われやすい。初手にスキルを用いて強引に押し切る戦法を否定するわけではないが、格上を相手にするときはやめておいた方が良い」


「うーん……これはちょっと」


「圧倒的ねぇ……噂に聞いてはいたけど、まさかここまでなんて。今の攻防だけでも厳しいのが分かるわね」


「くっ、まだまだぁ!」


「いや、もう終わりだ。後ろにも二人ほど相手せねばならんらしいからな……『光斬ラクスラッシュ』」



 刃に聖属性の魔力を纏わせ、そのままリョウタの体を縦半分に両断しにかかる。

 持ち前の速度を生かし躱そうとするが、亜光速に到達するこの攻撃を避けることは不可能。

 あっけなく体の半分を失ったリョウタのHPは全損し、決闘終了のアナウンスとメニューログが現れる。



「報酬は貰っておくぞ。また精進して挑戦することだ」


「くあー!全然勝てるビジョンが見えねー!」



 リョウタ以外の二人も、『光撃ラクスラッシュ』には苦笑いを浮かべざる負えない。【剣聖】でなくとも【聖騎士】系統の職業に就けば使えるようになるが、ここまでの速度と威力を出せるのは【剣聖】のみ。

 今の二人、いや三人では攻撃が見えたかどうかすら怪しい。



「どうする?後ろの二人も挑戦するか?」


「……僕はパス。自分から負けイベに挑む気はないよ」


「少しでも可能性があるなら挑戦するけど……あれは無理ね」


「そうか」



 狙い通り、『光斬ラクスラッシュ』を見た二人は諦めてくれたようだ。確かに勝った時のリターンはこちらにとっても大きいが、現状金は増えても使い道がない。

 それに向こうから望んだこととはいえ、まだ始めたてだろう彼らから金をむしり取るのは少々気分が悪い。



「挑戦はいつでもいいんですか?」


「私が小屋にいる間であれば、いつでも挑戦を受けよう。流石に就寝中は勘弁してもらいたいがな」



 だが、近くにプレイヤーが来れば強制的に起こされる。うん、ゲームマスターに会ったら一発殴ろう。

 せめてもの抵抗として、深夜に来た礼儀のないプレイヤーには手加減抜きで相手をしている。向こうの掲示板で『夜に挑むのは厳禁』という攻略ポイントが記載されていることを祈りたい。



「ならまた今度、強くなってから挑戦しに来ます」


「今度は絶対勝ってやるからな!それまで誰にも負けるなよ!」


「もう、NPCにそんな宣言してどうするのさ」



 ベータ版の無双っぷりが影響しているのか、当時程挑戦者は多くないが、それでも多い日は一日に100人近い挑戦者が来る。流石に最近は少し落ち着いてきたので、このままゆっくりと過ごしたいものだが……。



(ま、ゲームの性質を考えればそういうわけにもいかないんだろうな)



 ゲームのNPCには、それぞれ役割がある。世界に入ったばかりのプレイヤーを助けたり、助けを求めてクエストを依頼したり、はたまた盗賊としてプレイヤーを襲ったり。


 ハイト・グラディウスにも、役割はある。

 決闘クエストと言う名の強化イベントではない、別の役割が。

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