第20話 兄妹お出かけデート①

『お兄ちゃん、ちょっと買い物に付き合って』


 とある休日、俺は美優にそんなことを言われて家から連れ出されていた。


 来週、祖母の家に行くことが決まり、そこで必要な物を買いに行きたいらしい。


父さんの実家に来てもらう立場であるため、当然俺がそのお願いを邪険に扱うことができるはずがない。


 近くのショッピングモールまで来た俺は、美優の案内に従って隣を歩いていた。


「来てくれてありがとうね、お兄ちゃん」


「おうよ。まぁ、ばあちゃんの家に来てくれるわけだしな」


 外でも家族しかいない時は、俺のことを『お兄ちゃん』と呼ぶのかと思いながら、いつもよりもおしゃれをしているような美優の姿に魅入ってしまっていた。


 隣を歩く美優は、膝上10cmくらいのデニムスカートに、クリーム色をしたフリルを拵えてある半袖のブラウスといった服装をしていた。


 普通におしゃれをして、クラスで氷姫と呼ばれている女の子が、柔らかい表情で話しかけてくる。


 これは兄妹でお出かけというよりも、デートなのではないか? 


 ん? そうか、これを兄妹デートと人は呼ぶのか。


「どうしたの?」


「いや、なんでもない」


 一瞬、脳裏によぎった言葉をかき消して、俺は冷静を装うことにした。


 さすがに、先程の考えを本人に告げるのは気持ちが悪いだろうしな。


 いや、別にそのワード自体は気持ち悪くないんだが、妹萌えをこよなく愛する俺が言うと言いながら不気味な笑みを零してしまう気がする。


 だって、兄妹デートなんて妹萌えを愛する人からしたら、夢みたいな話だもんな。


 とりあえず、今零れてしまいそうな笑みだけは隠すことにしておこう。


「そういえば、何を買いに来たんだ? あんまり重いものを持てるほど、俺力ないぞ?」


 おそらく、荷物持ちとしての役割のために呼ばれたのだろうと想像は付いていたが、俺はラクビー部のような男らしい肉体はしていない。


 まぁ、美優よりは筋肉はあると思うけども。


「大丈夫だよ。買ったもの持ってもらおうとか思ってないし」


「え、それじゃあ、俺が来た意味ってなんだ?」


「選んでもらおうと思って」


「選ぶ」


 一体何の事だろうと思っていると、隣を歩いていた美優がぴたりと足を止めた。


 何だろうかと思って、美優が視線を向けている方角に視線を向けてみると、そこにはのぼりのような物が立てられていた。


『ただいま水着フェア実施中!!』


 そして、美優が視線を向けているショッピングモールの一角には、そののぼり共に水着がずらりと並んでいた。


「……それじゃあ、各々買い物終えたら本屋に集合ってことで解散するか」


「ちょっ、どこ行こうとしてんの、お兄ちゃん! ここだよ、今日の目的地!」


 俺が華麗にフェードアウトしようとすると、美優は慌てたように俺の腕を掴んでそのまま水着売り場に俺を連れ込んでいった。


 え、今から俺、同じ教室で授業受けてる子の水着選ぶの? 


「いやいや、女の人の水着とか分からないし、それこそ明美さんと見た方がいいって」


「お母さん仕事で疲れてるし」


「ほ、他の人は?」


「私友達っぽい子いないの知ってるでしょ?」


「そ、それは……」


 確かに、最近明美さんはずっと残業続きの日々が続いる。今日は久しぶりの休みということもあるだろうし、休ませてあげたいという気持ちも分かる


 そして、休日にショッピングに誘えるだけの友人がいないことも事実ではある。


「一人だと似合ってるか分からないから選んで欲しいの。別に、おかしなこと言ってないでしょ?」


「ぐぬっ……」


 そうなのだ。他意の欠片もなく、ただ水着を一緒に選んで欲しいだけ。


 それは分かっているのだけれど、同い年の女の子の水着を選ぶということに全く抵抗がないといえば嘘になる。


 そして、そんな邪な気持ちはすぐに俺の表情に現れてしまったようで、美優は何かに気づいたように微かに瞳を大きくした。


「あっ、もしかして、お兄ちゃん照れてるの?」


「ち、ちがわいっ」


 しどろもどろ気味になった俺の返答。そんな俺の反応を見て確信を得たのだろう、美優は俺の耳元に顔を近づけると、囁くように言葉を続けた。


「お兄ちゃんが選んだ水着、なんでも着てあげるよ」


「――っ!」


「ふふっ、お兄ちゃん顔真っ赤」


 そんな言葉を口にした美優は、俺の顔を覗き込むようにしながら、余裕のある笑みを浮かべていた。


 俺の反応が美優のいたずら心を刺激してしまったのか、美優は何かを企むように口角を上げていた。


「……出たな、破廉恥妹め」


「ちがっ、ブラコン妹のつもりだったんだけど」


 些細なお返しとしてそんな返答をすると、美優は微かに朱色に染めていた頬の熱を僅かに上げたようだった。


 これで多少は仕返しができたかと思ったのだが、互いに心なしか顔を赤くして水着を選ぶというのは、なんというか。


 ……傍から見たらデートだろ、これ。


 俺は再び頭に浮かんできたそんな言葉を、否定するように頭を振ったのだった。


 これは兄妹デートだから、ノーカンだ!


 ……いや、兄妹デートって、普通にデートなのでは?


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