第16話 彼女が心配

彼女から報告を受けて、夫の会話の意味がわかった。

夫は、昔から優しい人。

だから、私と結婚してくれたのがわかっている。

昔から、母に言われていた。


「お前みたいな奴を愛してくれる人などいるはずがない」

呪いのように染み渡って、今やっとその力を発揮した。

きっと、母は喜んでくれるだろう。


叔母に言われた事を彼女に提案した。

出掛けようとしたけれど、彼女がふらつく。

私とは違い。

家事や育児に証拠集めまで。

疲弊しているのがわかる。

だから、彼女の体調が回復するまでソファーで休ませてあげた。


パソコンを打ちながら、彼女をチラリと見つめる。

呼吸をしているのが見えて安心する。

私は、あの頃のように


これから調べる事は、よくない事なのをわかっている。

それでも、証拠を掴まなければ私達は前には進めない。


暫くして、彼女が目を覚ました。

そして、ここにやってきた。

私と彼女は、今、密室で防犯カメラの映像を見ている。


さっきも二人だったのに……。

ここは、少しだけ薄暗くて妙にドキドキする。


「これは……」


驚いた彼女の顔を見て、防犯カメラ映像を見る。

そこにいるのは、間違いなく夫だ。

会社で、堂々と会っていたのね。

だから、私も彼女も気づかなかったのね。


「夕貴さん……二人は、間違いなくこれからも続けるつもりね」

「えっ……。あっ、そうね。間違いないわね」


彼女の顔が近くて、私は動転していた。

何とか落ち着かしながらリモコンを手に取る。


「どれぐらい前からそうだったか調べた方がいいよね。でも、かなりの数だよね」


彼女が段ボールに近づいて中を探している。

狭い室内のせいで、肩がぶつかる。


『だからーー。誘ってるの?』

『陽人。会社でしたいってずっと言ってたじゃん。絶好のチャンスだろ』


ぶつかった拍子に音量をあげてしまった。


「い、今、音を下げるわね」

「待って、下げたらきっと聞こえない。だから、このままで大丈夫」

「で、でも……。そしたら、他の音だって……」


夫と彼女の夫は、キスをし始める。

チュッという音が、大きな音で響き渡ると彼女の手が震えているのがわかる。

画面に照らされている彼女の頬には涙が流れていく。


「大丈夫?しほりさん……。もう、やめましょう」

「駄目。ちゃんと見ておかなきゃ。そうしなきゃ……。まだ、一緒に居たいって思ってしまうから」


彼女の言葉に胸が締め付けられる。

その言葉の意味がわかる気持ちと……。

私は、彼の代わりにはなれないとわかったガッカリした気持ちが押し寄せてくる。


「少しだけ……」


彼女が私の手を握りしめてくる。

私は、その手を優しく握り返す。

指先まで、震えてるのがわかる。

この先も、私は彼女の

彼女を


「大丈夫?」

「この証拠を使えば話をつけれる?」

「確かに……決定的だね」


画面の二人が、愛し合い始める。


『コウキ、会社ですると違うな』

『確かにそうだね。いつもよりいいよ、陽人』

『バレないって最高だよな!俺達が、こうやって会ってたって男だからバレないんだよな』

『だから、言っただろ?男同士はバレないって』


二人は、大きな声で笑っている。

音量が大きいせいで、卑猥な音さえもハッキリと流される。


「しほりさん、大丈夫だから」

「夕貴さん、ここにある証拠を突きつけよう」

「離婚になるわよ……いいの?」

「確かに、まだ夫が好き。だから、離婚したくたい気持ちもある。だけど、こんな裏切りを黙っておけるほど……。私は、出来た人間じゃない」

「私も同じよ」


この映像を突きつけて、二人を地獄に突き落とす。

しほりさんの目から大粒の涙が流れる。

信じていた【愛】を失ったのがわかった。


「夕貴さん……泣いてる」


しほりさんの震える手が私の涙を拭う。


「愛がなくなったからね」

「私も同じ……」


愛していた相手の裏切りをまざまざと見せつけられている。


「私とする時より……幸せそうな顔をしてる」


夫の表情がハッキリとわかる。


「これ以上の痛みを伴うかも知れない。だけど、全て調べた方がいいわね」

「大丈夫。私には、夕貴さんがいるから……」


彼女の声は、震えていた。

私達は、監視カメラ映像を調べる。社内で関係を結んだのは、計10回。

それ以外での接触は、実に100回以上に及んだ。

夫が残業だと言った日は、いつもしほりさんの旦那さんと居る事がわかった。


「明日、これを二人に突きつけましょう。覚悟は、出来てる?」

「大丈夫」


彼女の眼差しは、力強い。

私も彼女も失う覚悟は出来ていた。

私としほりさんは、部屋を出る。


「これをお借りしてもいいかしら?」

「はい、勿論です」

「ありがとう。こっちは、必要なかったわ」


証拠として、二人が愛し合ってる姿が映っている映像を持って帰る事にした。


「明日、ここに旦那さんを呼び出してもらえる?」

「はい」


栄野田グループが所有しているビルの中にある居酒屋【ぜん

店内全室、完全個室になっていてご飯を食べながら打ち合わせをするのに便利だった。

彼女を家まで送り届ける。


「それじゃあ、今日はゆっくり休んでね。しほりさん」

「夕貴さんもゆっくり休んで下さいね」

「娘さんは?」

「このまま預かってもらえるか聞いてみます」

「そうなのね。じゃあ、また明日」


彼女に軽く会釈をしてから車に乗り込んだ。

帰宅した私は、家を見つめていた。


「明日、決着がついたら……。あなたとはお別れかも知れないわね」


家の扉に話しかけてからドアを開く。

夫がいなくなったこの家に帰るつもりはなかった。


「お帰りなさいませ」

「ただいま。コウキは?」

「二階に居られます」

「わかったわ!ありがとう」


愛を持った眼差しで、夫を見るのは今日が最後。

夫がこの家で過ごすのも……。

明日になれば、私は夫を追い出す。


「お帰り」

「ただいま……」

「今日は、疲れたから早く寝るよ」

「あのね、コウキ」

「何?」

「明日の晩御飯は、善で食べましょう」

「何かお祝い?」

「別にそんなんじゃないわよ。ただ、久々に二人で食事をしたくて」

「そっか……。わかった」


明日には、全ての決着をつける。

だから、覚悟してきてね。

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