ジュラは彼らの気配に気づいていたが、森の獣と同様に彼らがジュラへの特別な関心を持っているとは考えなかった。しかし、森の端から一直線に自らのもとへ近づいてきている彼らにはジュラへの関心があるという予感もあった。そんな彼らが根元に辿りつき、揃ってジュラへ視線を向けている事を知るとジュラは彼らと話してみたくなった。


『我はジュラ。オマエ達が見上げている樹だ。何用でここへ来た?』

 発声器官のないジュラは思念の波長を大きく広げて彼らに語り掛けた。

「わ、喋る樹?マジ?」

「いや、喋ってる訳じゃない。思念波……か?」

「そんなのどうでもいいよ。この大樹には意思があって、私達に語り掛けてる。ちゃんと答えなきゃ!」

「あ、あぁ。そうだな。オレはヨキ。そして、コイツ等はオレの仲間のソートとアーチ。冒険者をやっている」

 ヨキと名乗る赤髪の大男は三人を代表して簡単な自己紹介をした。

「えぇ。私たちは空を飛ぶ大地というこの不思議な場所に興味を持ってやってきました」続いてソートという黒髪の青年が言った。

「あの、私たち、何も分からなくて。失礼があったらスミマセン。勝手に入り込んではいけませんでしたか?」と言ったのはアーチという茶髪の女だ。

『フフフ。騒がしい事だ。この森に入るも出るも制限などない。好きにすればいい。そして、冒険者とはなんだ?』

 こうして、ジュラと三人の冒険者の対話は始まった。ジュラは時に喜び笑い、時に疑問をぶつけた。三人は三人でジュラに答え、また、思い思いに質問をした。


 ――


「それでな、ジュラさん。どうなったと思う?」

「もう、ヨキったら。馴れ馴れしいよ!」

『まるで想像がつかぬ。どうなったのだ?』

「その数時間前にアーチが助けた狼の子が群れを連れてオレ達を助けに来てくれたんだ」

『ほう。それはムネアツな展開だな』

「だろ?アーチの優しさが無ければ、オレ達は喰われて今頃モンスターのクソになってたって訳さ。いい女だろ?」

『あぁ。違いない』

「ちょっと、もう!ヨキ!」

 対話の時間はいつしか友人との語らいとなっていた。ヨキの冒険譚は大いにジュラを楽しませ、三人の使うスラングはジュラの語彙を増やした。三人の冒険者はいつしかジュラを見上げる事をやめ、楽な姿勢をとって虚空に話しかけるようになっていた。ジュラの根元に座り、或いは横になって尽きる事なく話をした。

 そして、夜が明け、三人の冒険者はジュラの下を後にした。「気が向いたらどこかに降りてください。オレ達はこの森を少し探索しますが、おそらくどこからでも五日もあればこのジュラの森を出て地上に戻れる。だから、五日ほど地上にとどまってくれたら有難いです」ソートはジュラにそう願い入れた。「後からくるお宝狙いの冒険者に『なんにも宝がねえな』と言わせないように、オレはこの戦斧を置いていくぜ」「ちょっとヨキ」「心配ねえ。オレは素手でも強いからな」「もう!」ヨキとアーチは最後まで同じ調子で話していた。


 ――


『どうして我らの会話に入ってこなかったのだ?マデオ』

 三人の冒険者が去ってしばしの後、ジュラはマデオに語りかけた。

『人間に全てをさらけ出すのは良手だとは思わなかったからな』

 そう、マデオは答える。

『どういう事だ?』

『人間とは多くを欲しがるものなのさ。彼らがこの森を自分たちのものにしようとした時、オイラの存在は知られていない方がいい』

『彼らはそのようには見えなかったが』

『あぁ。彼らがオイラたちに害を為すことはないだろうな』

『ふむ。それでは、なぜ?』

『人間の情報共有はバカにならんのさ。そして、彼らのように自由に生きている人間は手に余るような財や権力を得ようとはしない。自由に生きられる強さを持っている彼らのような人間は信用してもいい。だけど、自由に生きられない権力者は、時に残虐に、時に数の暴力をもって他者に敵対し、捩じ伏せ、支配しようとする。あの三人がどれだけイイヤツだとしても、彼らの情報は、いつか、窮屈に生きている権力者の下に行ってしまう』

『そういうものか』

『そういうもんさ』

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