第6話 アドバンテージを積み上げる

 くだらない選択肢を妄想してしまった。俺は首を振ってそれを忘れる。別に目の色や髪の毛の色が同じ奴なんてこの世界にはいくらでもいるだろう。


「どうかしましたか?もしかして体調が悪いとか?」


「あ、いえそんなことはないです。大丈夫大丈夫」


 カリストは俺の額に手を当てて、心配そうに顔を覗き込んでくる。


「ほんとうに?すごく顔色悪いですけど。あのどうでしょう。お礼もしたいので、この近くにある我孫子の支社があるエルトン市に来ませんか?」


 その誘いに俺は少し考え込んだ。もともと原作キャラとの接触は必要だった。プレイヤー主人公がこの世界にもう来ているのか、いないのかも含めて調査する必要がある。そのためにこの誘いにのることは絶対的なアドバンテージを得ることになる。なにせカリストはプレイヤー主人公が物語を進める原動力となる『忘れられない女』となるキャラなのだ。理屈ではここで頷く他の選択肢はない。だけど。何か恐ろしい直感が俺に囁くのだ。この女に関わってはいけない。そういう囁きが。


「そうですね。いいですよ。エルトン市に行きましょうか」


 だけど俺は頷いた。理屈が直感に勝った。ここで俺はカリストに探りを入れたい。そしてプレイヤー主人公に対してアドバンテージを得るのだ。





 エルトン市は山脈の麓にある。俺とアーキバスはトラックに乗って、バイクにのって先導するカリストの後ろを追いかけていた。


「あのフィーメイルタイプのセクサロイドなのですが」


 助手席に座るアーキバスがふっと声を上げた。


「カリストがどうかしたの?」


「なにか特別な調節を受けてますね。天喰のミーレスたちは戦闘用の調節を受けていましたが、あの個体はなにかそれに加えて別の機能を搭載しているようです。ですがおかしい。ジブンのセンサーでさえもブラックボックスの正体が見抜けない調整なんて。軍用機密でいえばSSS級レベルのはずです。たかが愛玩用セクサロイドにそんな調整を加える意味が理解できません…」


 アーキバスはカリストを見てひどく飯伏がっている。というか今の説明って俺が知らない未配信エピソードに含まれる知識じゃないだろうか?原作のソシャゲーは俺が死んだ段階ではまだ絶賛好評配信中であり、ストーリーはバリバリ途中だったのだ。俺にあるアドバンテージは原作の序盤の知識とアーキバスのみ。あとは初期のパーティーメンバーたちと、キーキャラクターカリストの話だけといってもいい。全クリしたゲームならばもっと先回りできるのに、ひどく綱渡りしている感覚が俺にはあった。


「まあ、油断はしないように。ところでなんでアーキバスはセクサロイドたちを小馬鹿にしてるの?アマラウとかはいい子だよ。でもなんかアーキバスが壁作ってるじゃん。そういうの良くないよ」


 不安をかき消したくて、アーキバスにしょうもない話を振ってみる。説教を含むのは別に八つ当たりではない。


「セクサロイドは人類文明を衰退させた不道徳な悪しき玩具です。創造主たる人間を造られた機能ゆえに堕落させた。見ているだけで虫唾が走ります」


「文明を衰退させた?どういうこと?」


 なんだそれは。アーキバスから語られる人類史のお話は俺の原作知識にはない。人類は何らかの理由で滅びたことが示唆されていたが…。


「人類が繁殖行動をするために異性を必要とすることは理解しております。ですがすべての人類個体が適切な繁殖相手を得られるとは限らない。だからそのために作られたのがあの愛玩人形どもです」


「ふむふむ。それはわかる非常によくわかる」


「だから堕落なのです。人類が本来持っていた生態系をセクサロイドたちは破壊しつくしてしまった。人口問題は科学的な生殖技術でなんとかなりますが、破壊された道徳は元に戻らない。ジブンは許せない。セクサロイドたちが。あの玩具は人類を限りなく幼稚な存在にしてしまったのです」


 アーキバスは髪の毛をかきむしる。その瞳にははっきりとした憎悪の光が宿っている。


「ジブンは純戦闘用ですが、奴らセクサロイドと同じ機能を搭載されました。戦うためにそんなものは必要ないのに…!ジブンは不完全な存在になってしまった。使ったこともない機能が、使う意味もない機能が、ジブンに宿らされていることに腹立たしさを覚えさせます。戦うためだけに創られたはずジブンはあいつらのせいで、ひどく醜く貶められた。憎々しい。異世界から来た獣人どもよりもよっぽど奴らの方がジブンには憎いのです」


 おっと?獣人さんたちって異世界から来たの?ぶっちゃけ人間が造った人工生物の末裔なんかだと思ってた。ふっと思った。アーキバスって俺よりもこの世界の設定に詳しい?たしかアーキバスは人類がまだご存命のころに封印されたって設定は知ってるけど、これは別の意味で使えるかもしれないな。あとでいっぱいお腹を撫でてやろう。そうこうしているうちに俺たちはエルトン市に到着したのだった。









 エルトン市は工業の街のようだ。工場やそこの労働者を相手にする食堂や酒場なんかで活気に満ちている。


「わたしこの街好きなんです。みんな仕事に一生懸命で。だからこの街を守るミーレスになれて嬉しいんです」


 カリストは優し気な目で街の風景を見ている。俺たちは今、カリストのお勧めの料理屋さんに向かっている途中だ。


「だから助けてくれてありがとうございます。できることは限られてますけど、ささやかですがお礼を受け取ってください」


 俺たちはカリスト行きつけのお店に入った。そこは猫型の獣人さんが切り盛りしている食堂だった。


「おや、カリストちゃん!あれぇ!男連れかい?!ヒューマンなのに?珍しいこともあるもんだねぇ」


「彼はわたしの恩人です。スペシャル定食を三人分お願いします」


「あいよ!まあヒューマンにも春が来るんだねぇ。おばちゃんは嬉しいよ。いつもよりもずっと美味しい奴こさえてあげるからねぇたーんとお食べ!」


 食堂の女主人は気前が良さそうに見えた。


「春が来る?どういう意味なのでしょう?ジョンさんはご存じですか?」


 カリストは首を傾げている。この世界のヒューマン、つまりセクサロイドたちはお互いに恋に落ちたりしない。彼らの愛着はホモサピエンスにしか向かないようにできているのだ。


「ふん。カマトトぶりおって、一皮むけば下種な玩具でしかないくせに…」


 アーキバスは小声でそう呟いた。この世界観の歪みはアーキバスには不快で仕方ないようだ。顔を歪めるアーキバスをカリストは心配そうに見ている。


「あの。このお店は本当に美味しいですから。その。確かに獣人さんのお店ですけど。ご機嫌を直してください」


 アーキバスが獣人への差別意識を持っていると思ったようだ。


「ふん。ジブンが気に入らないのはお前らセク…むっ」


俺はアーキバスの唇に人差し指を当てて言葉を遮った。アーキバスはそれで頬を赤く染めた。


「アーキバス。喧嘩はだーめ。約束したでしょ。言っちゃいけない言葉がこの世界にはあるってね」


 アーキバスとは約束していることがある。獣人への差別の禁止と、ヒューマンたちへ彼ら彼女らがセクサロイドであることを告知することをだ。


「はーい!定食三人前おまたせ!楽しんどってくれ!」


 目の前にスペシャル定食なるものが並べられた。チャーハンの上に乗せられた豚カツと唐揚げ。そしてその上からデミグラスソースがかかっていた。なんだこのジャンクフード!すげぇ美味そう!俺はデミグラスソースのかかった唐揚げを口にした。肉汁とソースが絡み合って口の中がじゅーしーな香りでいっぱいになり、さらに肉のうまみが舌の上で暴れまくっている。


「うまい!めっちゃうまいぞ!」


 俺はさらに箸を進める。チャーハンとデミグラスソースという意外な組み合わせもまた美味かった。病気になってからはこういうがっつり系とは無縁だったから今とても幸せだった。俺のその顔をカリストは優し気に見詰めていた。


「よかった。楽しんでくれてるみたいで」


 その笑みは原作のスチルと全く同じに見える。主人公とカリストが楽しく過ごした日々の笑顔と同じ。すこし胸にずきりと痛みが走った。俺がやっているのは主人公を蹴落とすことだ。それはこの先にカリストから笑顔を奪うことになる。かもしれない。だから聞いてみた。


「いまだれか男の子といっしょに住んでたりする?」


 俺の問いかけにカリストは首を傾げている。質問の意図がわかっていないような感じだ。


「いいえ。そんなことはないですよ」


 誰かと一緒には住んでいない。つまり主人公とはまだ出会っていない?ということなのだろうか?そのときだ。アーキバスが俺の袖を軽く引っ張り耳元に唇を寄せる。


「コマンダーはこのセクサロイドが欲しいのですか?」


「いやそういうことじゃないんだけど。気になってるのはパートナーがいるかどうかだよ」


「パートナー?ああ、所有者のことですね。いないはずですよ。性器に使用された痕跡がありません。未使用新品の野良のようですね。だれにも使ってもらえない玩具とはね。いと憐れです。ぷっ」


 アーキバスが意地悪そうに笑っている。本当に大嫌いなのはわかった。


「うわぁ…その発言はえぐいなぁ」


 下品だし個人的には窘めたいけど、これは重要な情報だ。ソシャゲーだから露骨ではないが、主人公とカリストには肉体関係があったことがテキスト上では示唆されていた。つまりまだプレイヤー主人公と出会っていない可能性が高い。だから俺はここでかなり大きなアドバンテージを得たことが確定したのだった。











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