第2話 よっぱらい




 毒虫が姿を消し。

 レッドドラゴンフライも姿を消し。

 人間も姿を消し。

 城に住む人間だけで細々と小さな国を動かしていた。

 時にゆったりと、時に忙しなく、誰もが協力して、誰もが喧嘩をして、誰もが仲直りをして、平和な時間が流れていたのだ。


 突如として城の床や壁、天井からも、毒虫が噴出するまでは。

 姫以外の全員が、毒虫の吐いた糸によって眠りに就かされるまでは。






「レッドドラゴンフライを知りませんか!?」


 朽ちるのを待つよりはと使わない空き家は解体して、ぽつぽつとしかない作業家と住宅を、広々とした畑を通り過ぎ、隣国まであと中頃という距離を駆け走って来ただろうか。

 姫は一人の男性を見つけては駆け寄り、涙を流したまま問いかけた。

 常時ならば思わず鼻を塞ぎたくなるくらいに、男性は酒の匂いを漂わせていたが、切羽詰まった姫にはその匂いは露とも届いていなかった。


「レッドドラゴンフライ~」

「知らないのですね!わかりました!ありがとうございます!」


 首を傾げる男性に勢いよく頭を下げて、隣国まで駆け走ろうとした時だった。

 待って。覇気のない声で呼び止められた。


「知ってる。知ってるよ~」

「本当ですか!?」

「うんうん。居場所に案内してあげよう。秋津あきづおじさんについておいで~」

「どこに居るのですか!?ここから近いですか!?遠いですか!?」

「うん~。え~~っと。近いかなあ。遠いかなあ。『がなやんま泉』なんだけどお~」

「『がなやんま泉』って。すぐ近くじゃないですか!?」

「え~~あ~~そうだっ~け~。あはは。秋津おじさん。地理が弱いからさあ~。そこに行きたかったんだけど~~。行けなくて~~~。案内してくれる~?」

「はい!」


 姫は秋津というその男性の片手を掴んで走り出した。

 今来た道を戻って、城へと。

 城の近くにある『がなやんま泉』へと。












(2023.10.12)



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