第17話 新旧魔王の決着! わたしの勇者に手は出させない


 新生『魔王』は、大熊が瘴気に順応した魔獣だった。


 頭から尾まで6メートルを超える巨体と、短剣ダガーの様に鋭く伸びた爪、大きく裂けた口から上下に迫り出した牙を持ち、もはや毛皮とは呼べない硬質な体毛に覆われた恐ろしい風貌だ。纏う瘴気の濃さが、強さを伝えて来る。


 ――それがただ形状を変異させただけの存在ではなく、身体機能を大きく向上させ、わたしと同じく周囲の生き物という生き物を取り込んで、単体での強化を凌駕する超進化を遂げたモノなのだと。


「グラゥゥゥゥ……ヴルルルルゥゥゥゥ…… グラヴルルゥゥゥゥ(未だ全てを手に入れられない半端モノが偉そうな口を効くな。お前の成し得なかったことを我がやる。お前以上に食った我はこのとおり強大な力を手に入れた。だからそれに見合ったすべてを手に入れるまで)」

「ただの生存本能で済ませれば良かったのに、ヒトを食って変な野望に感化されちゃったのね。足りることを知らないモノになってしまったなんて、可哀そう」


 そう言いながら、わたしの唇は弧を描く。危険で、愚かで、殺意しか向けて来ない相手との対峙に、愉悦を感じるわたしはやっぱりヒトとは違う。


「ちょっとくらい力を付けたくらいで調子にのらないで。ヒトを食べすぎたモノあんたたちじゃあ雑味が増しすぎて、嗜好品おやつにもなりやしないわ」


 力を誇示するように、のそりのそりと余裕の歩みを見せる魔王。それに話し掛けるわたしをテリーは静かに見守っている。


「けど、邪魔すぎる。他の魔獣を煽ってヒトをむやみにやたらに襲わせ、暴れすぎてくれたおかげで、殲滅しなきゃ治まらないことになってる」


 魔獣の殲滅、それすなわち嗜好品おやつ消滅の危機!


 これまで通り、互いにほど良いぶつかり合いで留まったなら、わたしは勇者の成長を阻害しつつ、のんびりおやつライフを送ることが出来たのに。なんてことしてくれるんだ、と怒りが沸々と湧いてくる。


「大人しく消えて」

「グルヴァヴァヴォォォ―――!!!!」


 わたしの声と同時に、魔王の咆哮が響き、辺りの空気を震わせた。


 威嚇の効果を持つ魔王の雷鳴の如く声は、ヒトの足を竦ませるし、同時に放たれる瘴気はヒトの動きを鈍らせる。遠くの兵士らは、そのひと鳴きで戦意を失い膝を突いた。


 ふわり――と舞うわたしの髪は、今や漆黒。そっと持ち上げた右手は白磁よりもまだ青白い幽鬼の色だ。見えはしないが、瞳は間違いなく暗く鋭い紅色になっているだろう。


「たぁぁ――――!」


 魔王に向けて大剣を大上段に振り上げ、飛び掛かるテリーの背中が見える。相変わらず、動きを捉える事の出来ない素早さで、溜息が出そうだ。魔王相手なら彼一人に任せても、間違いなく倒せるだろう。けど、この魔王は妙なところでヒトらしい、卑怯な面を持っている。


「ギャギャギャギャッ」

「グォォ」

「ヴァヴァグルルッ」


 樹海に散って、兵士らを追い掛けていた魔獣らが、魔王だけを守りに集まって来た。じっと立つわたしではなく、攻撃を加えるべく魔王に迫るテリーひとり目掛けて飛び掛かって行く。


「わたしの勇者モノに手は出させない」


 テリーの背を追って右手を前方へ突き出せば、わたしの漆黒の髪が、空間を埋め尽くさんばかりに広がり、彼に向って伸びて行く。


 髪の先は鋭い切っ先となって、テリーに迫る魔獣を刺し貫き、搦め捕り、締め付けては一瞬のうちに吸収する。


 テリーの初撃は無事、魔王の額に届いていた。


 けれど、大熊から変異した魔王による、強靭な両腕の攻撃を躱しての一撃だ。いつもの攻撃力には及ばなかったらしく、致命傷には至っていなかった。手負いの魔王は猛り狂い、小賢しい獲物テリーを捕えようと激しく両腕を振り回しつつ、更に仲間を呼び寄せる。


「おなかいっぱいなんだけどー」


 ぼやきながら、集まる魔獣こものは、わたしが次々に飲み込んで行く。


 3撃、5撃と攻撃を繰り返すテリーは、疲れが蓄積するはずなのに、斬撃の冴えは剣を振るう毎に増して行く。


 そしてついに、正面から切り付けたテリーの一太刀が、魔王の首に深々と食い込み――――


「グォ………ォ……」


 咆哮にも満たない掠れ声を発した魔王は、瞳から命の色を消して剣を突き立てたままのテリーに向かって倒れて行く。


 けれど剣を握り締めた格好で、テリーは動かない。


「わわっ!」


 伸ばした髪を魔王に絡ませて巨体を受け止めつつ、近付いてテリーを支えてみれば、彼は満足げに微笑みながら意識を失っていた。――あぶなかった。あと一歩遅かったら、テリーはぺしゃんこになってた。


 肉体が存在するだけでその場に大量の瘴気を発する魔王は、テリーの害になってしまう。だから速やかに髪でグルグル巻きにして、丸呑みしておく。


「ほんと、うっかり屋なんだから」


 呟けば意識を失っているはずのテリーから「……ふふ」と、微かな笑い声が聞こえた気がした。けれど、引きずる様に討伐隊の生き残りの所まで運んでも、身動き一つすることは無かったから気のせいだったんだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る