第5話 無敵を覆す存在⁉ 魔王は成熟を待ち望む


 悲鳴を辿るけれど、声の主はものすごい勢いであちこちを動き回っているらしく、なかなか出会うことができない。


 今の『わたし』になるまでは、よその食い合いや、縄張り争いなどは全く気にならなかった。それこそ日常茶飯事、生活音。


 まぁ、この姿になる随分前には食い合いに負けることは無くなっていたし、わざわざ立ち向かってくる命知らずもいない無敵状態になっていたんだけど。しかもわたしの食事は一瞬で丸呑みだから、食われた相手も気付かないうちに吸収しちゃう、静かなものだったわ。そんなわけで悲鳴や叫びは完全によそごとで、うるさいなぁー程度に思ったくらいだ。


「(たすけてっ! 痛いっ、たすけてっ!!!)」


 あぁ、嫌だ。ぞわぞわする。まだ叫び続けてる。


 この姿になってからは、『わたし』以外の言葉に宿る感情に大きく影響を受けるようになってしまった。おかげで、今も全身がざらざらしたり、ピリピリしたりと、不快な感覚が続いているから、この騒ぎを治めに向かっている。


「見つけた!」


 思わず弾んだ声を上げたわたしの遥か前方では、小柄な2本脚と、5頭の4本脚が対峙している。普通の生き物や魔獣よりもずっと遠くを見渡せるわたしでも、ギリギリ見えるくらいの距離。樹海の中ではあったけど、峡谷から随分離れた場所まで来てしまった。


 近付こうとすると、額から血を流して倒れ伏している3つ目の魔獣に爪先がこつりと当たった。4本脚の正体は、この3つ目の魔獣らしい。彼らはオオカミが瘴気によって変異した魔獣だ。普通の獣よりも俊敏で、強い力を持つのはもちろん、元からの群れで行動する性質も受け継いでいる厄介な相手だ。


 ならば2本脚の正体は何かと目を凝らせば、肩で息を吐きつつ、自分の背丈よりも長い木の棒を振り回している『ひと』のようだった。しかも、ついさっき遭遇した『幼体』だ。


「グルルル……ギャウン! ギャギャ、グルゥ!」

「ぼくは! 負けるわけにはっ、いかないんだぁっ!!」


 辺りに魔獣らの唸り声と、幼体の叫びが響き渡る。


 体躯の大きさは互角。数は魔獣が有利。幼体の筋力は、狩猟に特化した3つ目魔獣に比べれば貧相に見えるけれど……。


 ぞくり


 背筋を寒いものが這い上がるのと同時に、幼体に3頭の魔獣が飛びかかる。


 殺気なのか覇気なのか、何れにしても、無敵のわたしがこんな感覚を覚えたのは初めてだ。


 嫌な予感と、思いがけないことが起こりそうな期待とが同時に頭をもたげて、幼体たちの対峙を、固唾をのんで見詰める。


「「「ガルッ!」」」

「くっ!!」


 3頭の魔獣が同時に飛び掛かる。並のモノなら、逃げ場を塞ぐ3方向からの強襲に対応しきれず、死角となる1頭の牙が届く状況。なのに幼体は、手にした棒切れを身体ごと大きく振り回して、両端で2頭を叩き伏せる。それと同時に死角の1頭は、全身の回転の反動を利用して、後方へ振り上げていた踵を、その脳天に叩き込んでいた。


「あの幼体、やっぱりただの『ヒト』じゃない」


 ごくりと喉が鳴る。感じ取っているのは、恐怖なのか、興奮なのかはわからない。けれど、見た目を裏切る幼体の想像もつかない動きに、目を離せない。


 昏倒した3頭の魔獣に追撃を加え、流れるように止めを刺してゆく動きには、無駄も、迷いもない。残るは2頭。


「幼体のうちでこれならば、この先、成熟すればきっと……」


 ――無敵のわたしをも凌駕する力を手に入れるかもしれない。


 ふるりと、わたしの身体が震える。恐怖しているのかもしれないし、同じくらい歓喜しているのかもしれない。この先の脅威となるのなら、幼体のうちに潰しておくべきだろう。


「さて、どうするべきかしらねぇ」


 ぺろりと舌なめずりをしつつ、興味深い退治を続ける一行との距離を、じりじりと縮めた。

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