第19話 突然の訪問者

 暗い気持ちを抱えたまま、私が、お昼の時間、自分の勤務先の小学校の職員室にいると、私に会いたいとの、緊急の女性の申し込みがあった。



 私は、いよいよ自分へも、例の組織が来たのか、と思った。



 まさかピストルで撃たれもしないだろうからと、携帯用の櫛でケース入りの、たまたまホームセンターで見つけた枝の部分が超硬質プラスチックでできている製品の枝の部分を、カッターナイフでナイフ並みの切っ先に削ったものを、左内側の胸ポケットにある事を背広の上からポンと確認して、彼女に会う事にした。



 右の背広のポケットには、ボールペンを、入れておいた。これも、実は、護身用に使えるのだ。



 私の目の前に現れたのは、伸長は約160センチ、優子ほど美人ではないものの、あの西山須美子よりは、はるかに知的でキリリとした目付きをした、見るからに頭の良さそうな感じの女性であった。



 私は、用心深く、彼女の名刺をもらってから、彼女の話を手短に聞く事にした。何しろ昼休みとはいえ、そんなに時間は無かったからだ。



 彼女の名刺を見ると、日本最大手のコンピュータメーカーの情報開発室研究員主任で、名前は森田愛と書いてあった。



 この私に、コンピュータメーカー勤務の女性職員が、一体、何の理由で会いに来る必要があるのか?私は、更に、緊張の度を高めた。



 しかし、彼女は、ここで意外な事を口走ったのである。



「田上純一先生。先生は、この前亡くなった湯川弘さんとは、無二の親友だったそうですね?もし、そうであれば、是非、私の相談に乗って欲しいのです」



「確かに、高校生以来の無二の親友でした。それは真実ですが、ところで、あなたは一体、湯川とどういう関係にあったのです?」



「お互い、恋人同士でした。

 私達は、産学共同で、アメリカが現在開発中の超大型量子コンピュータ『666(ビースト)』に対抗するべく、田上先生の母校でもあるZ大学と我が社の他に計6社とが共同で、日本版の超大型量子コンピュータ『アマテラス』の共同開発中に知り合ったのです」



「『アマテラス』の話は、私自身も湯川本人から聞いています。



 しかしそれだけでは、残念ながら、あなたを信用する事はできません。



 湯川は、コンピュータ・バカと言われるぐらい研究熱心だったし、湯川の口から彼女がいるなどとは聞いた事もありません。残念ながら……」



「湯川さんは、とてもシャイな人でしたから、私の事は話して無かったのでしょう。



 それと、とてもお茶目なところがあって他人をビックリさせる事が好きな人でしたから、私との結婚式の招待状を、田上先生に送りつけて驚かせてやるのだ、とも言ってましたから、田上先生が私達の関係を知らなくても当然だと思います。



 あれでも、湯川さんは、結構、田上先生の現在の奥さんの優子さんをも意識していたみたいですから……」



「ともかく、ここではあまり大きな声で言えませんが、私のまわりの人が次々と死んだり、私の前から消えていっているのです。現に、昨晩は、私の妻が書き置きを残して失踪しました。



 きっと、この私も、多分、ターゲットになっている筈です。失礼ですが、私は、あなたが、何処かの組織から送られた刺客にしか思えませんが……」



「では、どうしたら信じて貰えますか?」



「私と、湯川しか知らないような何かの話をしていただければ、あるいは信じる事ができるかもしれませんが……」



「分かりました。これは、湯川さん本人が私の前で汗をかきながら白状したのですが、自分が最初に関係を結んだ女性は西山須美子という、とんでもない尻軽女性で、田上先生と義兄弟になりかかったと、言っていました。



 この話は、多分、田上先生と湯川さんしか知らない話だと思いますが……」



 ここで、まさか西山須美子の話が出てくるとは思わなかったが、確かに、その話を知っているのは、当の西山須美子を除けば、私と湯川しかいないのは、事実なのだ。



 この話で、私は、彼女を信用する事にして、夕方、駅前のホテルのレストランで再び会う約束をして、一旦は、職員室に戻った。



 しかし、湯川の彼女は、どういう要件で私に話があると言うのであろうか?



 その日の夕方、私は、待ち合わせの金沢駅前のレストランで、森田愛と会う事となったのである。

 彼女は、私より先にレストランに来て待っていた。

 私は、私で、心配事は有るのであるが、彼女のほうも大きな疑問を抱えているらしい。



 私の姿を見つけるなり、彼女は、私に近づいてきて、席にまで案内してくれた。



「で、森田さんは、どういう要件で私に会いに来たのです?」と、極普通の疑問を投げかけた。



「それは、これです」と言って、私が湯川が亡くなる直前に送ったフラッシュメモリーのコピーを見せて、



「私は、亡くなる直前の湯川さんから、このフラッシュメモリーのコピーを貰いました。そして、この差出人は田上先生だと、湯川さんは言っていました」



「ああ、そのフラッシュメモリーの話ですね。それは本当です。しかし、私は、そのフラッシュメモリーを、無二の親友の湯川に送ったつもりなのに、いくら恋人とはいえ、どうしてあなたが持っているのです?」



「きっと、そう言われると思っていました。



 でも、次のような話は、多分、田上先生は湯川さんからは全く聞いていないと思いますが、『アマテラス』の研究開発に着手した1年ほど前から、湯川さんは、どうも俺は誰かにいつも監視されているみたいだ。いつも、誰かが、俺を尾行しているような気がしてならない、と言ってました。



 『アマテラス』の研究自体は、国からの命令により、Z大学と日本有数のコンピュータメーカーらでの共同開発事業なのですが、何か、それを阻止しようとする無意識の力を感じると、常々、言っていました。



 で、万一、俺に何かあったら、田上先生に相談しろ、と言うのが、湯川さんの口癖だったのです。



 第一、湯川さんが、寝たばこが原因で火事で死亡したと、テレビや新聞記事には書いてありますが、湯川さんがたばこを吸った事がないのは、田上先生も十分にご存じの事だと思います。



 もう、こんなところにまで、誰かが強力な情報操作をかけているんです。



 私は、その黒幕と言うか、一体、誰が湯川さんを死に追いやったのか?を知りたいのです」



「分かりました。その答は、あなたが今、手にしているフラッシュメモリーに、全ての答が書いてあります。



 勿論、多少は私の推論も入っていますが、一応、時系列どおりに、今まで、私らを取り巻いてきた事実を、淡々と書いたつもりです。



 今の話を聞いて、湯川本人も自分の身の危険を感じていた事は良く分かりました。



 でも、お昼の時にも言いましたが、私の周囲でも、次々と、人が死んだりしています。昨日は、私の妻までがいなくなり、きっと拉致されたものと、私は考えています。



 ところで、森田さんは、そのフラッシュメモリーをもう読まれましたか?」



「いいえ、湯川さんが亡くなってからは、気が動転していて、まだ、このフラッシュメモリーの中身は読んでいません」



「そうですか、今、ここに小型のノートパソコンを持ってきています。読んでみられますか?」



「ええ、もし、それで湯川さんを死に負いやった者が分かるなら、是非、読まさせて下さい」



 こうして、約半時間かけて、湯川の恋人だったという森田愛は、そのフラッシュメモリーの中身に目を通したのである。



「こ、こ、こんな事が……実際にあった話なのですか?」



「信じられないかもしれませんが、この私が、正にそうなんです」



「では、この前、テレビのニュースで言っていた、人類初の人工男根の装着者は、アメリカ人の患者ではなくて、田上先生、あなたご本人だったのですか……」



「そうです。

 で、何度も言いますように、この人工男根研究に携わっていた本家本元の大神博士とその愛人の根本看護師の自殺、更にはK大学の研究者の面々の事故死。

 また、私が人工男根のリモコンを解析してもらった湯川の焼死、そして私の妻でもあり、今まで父親と共同で人工男根を開発していた妻の優子の失踪等々、次々と人が亡くなっています。



 多分、私の妻の優子も、果たして生きているのかどうか?



 この、フラッシュメモリーにも書いてありますように、私は、この数々の事件の裏には、世界一のコンピュータ会社のマッシュルーム社と、ED治療薬の例の事件で莫大な損害を受けたアップルパイ社、それに、アメリカ国家そのものも含めての、巨大組織が暗躍していると言うのが、この結論です。



 何故と言うに、私達は、結局、人工男根研究のいわば捨て石、つまり実験動物扱いされた存在であったが為に、どうしても抹殺しなければならなかったからだと、私は考えているのですが……」



「では、湯川さんが殺されたのも、人工男根のリモコンに関わったからでしょうか?」



「確かに、あのリモコンにはGPS装置も内蔵されていたと、湯川は言ってました。



 この事は、逆に考えれば、私が、湯川に人工男根のリモコンを渡した段階で、既に、湯川は暗殺の対象となったのかもしれません。



 そもそも、何故にこんな馬鹿げた人工男根を作る必要があったのか?

 との根本的な理由の答えとして、マッシュルーム社の現会長のハロ・ゲインが唱えた、マイクロチップを全人類に埋め込んでコンピュターで全人類を支配すると言う、壮大な計画があったからだと考えています」



「では、湯川さんが殺されたのは、『アマテラス』の研究開発に着手したせいではないのですね?」



「いや、それももしかしたら、一原因であったかもしれません。

 いずれにせよ、この狂気じみた人工男根の研究は、やがて、人類の完全支配へと進んでいく一過程に過ぎなかった筈です。

 そのための障害となるものは、多分、アメリカ内にきっと存在するであろう何らかの巨大組織が、次々に暗躍して消滅していったに違いありません」



「分かりました。こんな人工男根の研究が結局はあの超大型量子コンピュータ『666(ビースト)』の研究開発へと繋がっていたとは、私にも分から無かった事でした。



 でも、これでようやく湯川さんの死亡の真の理由が分かったような気がします。



 私は、どうやら、とんでもない事件に、首を突っ込んでしまったのですね」



「そうです。しかも、もはや現実は刻々と変化していきます。多分、今度のターゲットは、この私でしょうね」と、淡々と答えたのであった。



 彼女は、今日は、金沢で一泊して、明日、東京へ帰るという。

 私は、彼女をホテルまで見送ってから、自宅に帰ろうとした正にその時である。急に私のスマホに、着信があった。



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