第5話 驚愕の初実験

そこは、K大学の中で、多分、VIP用に誂(あつ)らえれた特別な病室のように思えた。



 それとも、ともかくこの人工男根を装着した最初の人間の為の実験用に、あらかじめ特別に作られた病室なのかもしれなかった。



 浴室兼シャワー室が完備され、明かりは全て間接照明、部屋のベッドもダブルベッドで、薄いピンク色のシーツが掛けられている。大型の極薄型テレビが壁に貼られている外は、カーテンの色合いと言い、天井や壁紙の色合いと言い、私自身は行った事は無かったが、まるで、超高級ラブホテルの一室を想像させるような作りとなっていた。



 まさか、この特別室で、人体実験を実施する気なのではなかろうか?



で、その人体実験とは?まさか?



その時、その特別室のドアをノックして、白衣を着た伸長150センチ程の小柄な女性が部屋に入って着た。



 おかっぱ、丸顔で、黒い眼鏡をかけている。いかにも看護師っぽい感じがした。     手には、超小型のノート型電子カルテを持って来ている。胸元には、前田彩華と名札が付いていた。



「どう?気分は?」



 と、その看護師さんらしき女性が質問してきた。



「今日は、田上さん。人類史上初の実験を、今から、行う事になるんやけど、少し緊張してるぅ……?」と、さりげなく聞いてくる。



「人類史上初の実験とは?」



「勿論、あの人工男根が正常に機能するかどうかの実験よ。そのぐらいは想像できるでしょう?」



「正常に機能?じゃ、私は、誰かと、性行為の実験を行うと言う事なんですか?」



「ええ、そのとおりよ。で、相手はこの私。でも、この私じゃ嫌?」と、そう挑発的に言って、かけていた黒い眼鏡を外した。くりくりと動く瞳が思いのほか可愛いかった。



「しかし、初対面のあなたと私は、今まで何の面識も交際も全くない、今、会ったばっかりの人間どうしですよ。そんなに急に言われても、そのう……」



「うーん、今時の若い男性にしては、滅茶苦茶に時代錯誤(アナクロニズム)のような事言ってるわねえ。

 ああ、なる程、この電子カルテによると、田上さんの、祖父、ご両親とも学校の教師だった事になっているわ。

 それに田上さんは父親が40歳、母親が35歳の時に生まれた子で、一人っ子となっているわねえ……。



 この私が思うに、非常に厳格な家庭に育ったんでしょうねえ。きっとそれが、あなたの神経性・心因性のインポテンツの根本的原因なのよね」と、サラリと言ってのける。



 あまりに簡単に人の心理を言い当てるし、全く恥ずかしがっている様子もないので、



「もしかして、あなたは、風俗業界の人ですか?」と聞いてみた。



「し、し、し、失礼な!私は、このK大学医学部大学院在学中の現役の医学生よ。

 で、この人類史上初の実験に自ら志願したんやけど、でも田上さんて、結構背も高いし男前で素敵で安心したわ。

 だって、人類の最高の知能と技術を結集して作られた人工男根の実験に自らが参加できるなんて、最高じゃん!」



 いや、可笑しい!!!やはり絶対に可笑しい。



 彼女の言っている話の内容に、どこか無理があるように感じてならなかったのだ。



 何かが、根本的に狂っているとしか、思えなかった。



 なるほど、アメリカの製薬会社が、ED治療薬による原因不明の難病勃発のため甚大な損害を被った事は、既に世界中の全員が皆知っている事だ。

 


 で、その汚名挽回にと、人体用瞬間接着剤を新たに開発したり、ED治療薬に変わる存在としての人工男根の製造開発に踏み切る事も十分にあり得るだろう。それは、この私でも理解できる。



 だが、最大の問題点は、あの変人の大神博士が、この人工男根の研究に足を踏み入れたのは、今から何と30年弱以上も前からの事だと言う点なのだ。



 その頃は、人工心臓一つとってみても、現在ほどの高性能なものはまだ開発されていなかった筈で、何故、人工心臓や人工腎臓や人工肝臓などではなくて、人工男根の研究を行ったのか?もっともっと「まともな研究テーマ」など腐るほどあった筈なのだ。



 それに、この女子医学生にしても、今回の実験の被験者に自ら志願したと言うが、たまたま相手が私のような真面目な教師だから良いようなものの、果たしてどんな相手かも分からない人間を相手に、一体、医学的好奇心だけで、かような奇妙な実験に参加しようとするものなのだろうか?

 では、相手が、殺人犯だったり狂人だったりしたら、どうするつもりだったのだろうか?



 そもそも、ここは、マッド・サイエンティスト達の集まりか!



 そう、このK大学の医学部自体の中で行われている実験自体が、SF小説に出て来るマッド・サイエンティスト達の世界の中の出来事に違いないのだ。

 そうとなれば何とかして、私は、ここから脱出せねばならない事になる。



 しかし、私の焦りを横目に、彼女は自ら白衣を脱ぎ、全裸になってシャワー室に入って行った。



 何だか、先日のクリスマス・イヴの日を彷彿とさせた。



 私自身は、どちらにせよ、近いうちに、できれば年内にも自分の命を絶つつもりでいた。



 遠距離恋愛中だった元彼女の西山寿美子に振られ、心療内科の看護師までに馬鹿にされ、そして得体の知れない人工男根を私の承諾もなく埋め込まれてしまった不幸の固まりのようなこの私には、未来は、もう全然無いのだ。



 このような事件の連続こそが、私が長年待っていた事に違いないのだ。そう、正に今こそ死すべき時なのだ。



 何とか、今回の実験を失敗にもっていき、年内に自らの命を絶とう。そう強く強く、決心したのだ。



 彼女のほうは、ピンク色のバスタオルを撒いて、シャワー室から出てきた。



 相当に男慣れしているように見えた。その点は、先日、別れた西山寿美子と同じであったが、研究熱心なのかはどうかは分からないが、その瞳には、西山寿美子には無かった暖かみが見えた。



 私は、彼女に、胸を触るように言われ、彼女の胸を触った。彼女の下半身のほうにも手を伸ばしてみたが、やはり極度の緊張のためか、私の下半身はピクリともしない。



「うーん、思っていた以上に相当重症ねえ。じゃ、いよいよ実験開始ね。勃起度レベル5でスイッチ入れるわよ」と、彼女は、カード型のリモコン装置の液晶ボタンを押した。



 ムクムクと私の人工男根は大きくなっていったが、私は、初対面で面識も無い彼女と性行為を行うつもりは全く無かった。それよりも何とかこの実験を失敗させたかったのだ。



 ……こんな馬鹿げた実験になど付きあえるか!と言うのが、私の本心であった。



 私は、ただただ予想外に大きくなった自分の下半身を何処か他人事のように見つめていただけだった。しかも、驚くべき事に一旦勃起した私の人工男根は、全長約15センチの大きさを保ったままである。



 しかし、私は自分の、理性の押さえで、それ以上の行動に出なかった。



 そんな冷静な自分の心に、自分自身が感心していたところだ。



 彼女は、ピンクのバスタオルを脱ぎ捨て、私の眼前で、西山寿美子以上の白い肌の両脚を大きく広げて、アソコを私に見せつけていた。



 更に、それでも何の行動も起こさない私に、更に大きく広げて再度、見せつけていた。



 それはそれとして、だが、私にも理性がある。こんなくだらない挑発には絶対に乗れないのだ。



 この実験は何としても失敗に終わらせたかったのだ。



 しびれを切らした彼女は、今度は私の勃起した人工男根を舐め始めた。子猫のように動きまわり、私の上に、後ろ向きに乗り、彼女のアソコ部分が私の丁度眼前にあった。



 それにしても、何という絶妙の感覚なのだろう。

 私は、あやうく背後から襲いかけた。しかし、何とか、自らの自殺の手段に頭の考え方を向け直し、ようやく思い留まる事ができたのである。



 その時である。



「あっ、性欲度のレベルが0だった。これも数値を上げなきゃね」と、彼女は大声を上げて引き続き例のリモコンを素早く操作した。



 だが、その時である。今まで、あれ程、頑なに彼女を拒否していた自分の心の壁が一瞬にしてガラガラと崩壊したのを感じた。猛烈な性欲が沸き起こったのだ。私は、そのまま野獣の様に、彼女に背後から襲いかかったのである。



 全てが終わった後、私は、大神博士から、天井に隠されたCCDカメラで撮影された、私への人工男根装着の出術の模様から始まって、性欲の塊の様な私の異様な姿態を見せられていた。



 また、手術の様子を私も初めて見たのだが、まず、私の陰毛を全部剃ったあと、私の本物の男根や精巣、精嚢を切り取り、そこに、人工男根を装着した後、HC-1000と赤いレベルが張られた注射器用の器具から、ポタリポタリとピンク色のジェル状の液体を縫われたばかりの、傷口に落として行ったのである。



 すると、何と見ている間に、お互いがとけ込み一本の管になっていくのが分かるのだ。どうも、その縫合用の糸自体が単なる人口の糸ではなく、人体にそのまま溶け込む用に開発された新製品らしかった。



 また、主に豚の皮膚に人間の遺伝子を埋め込んで作られたという人工男根の皮膚と私の皮膚とが、みるみる、くっついていくのが正に手に取るように分かるのだった。



 特に、手術後、わずか10分ほどで、きれいに刈り取られた陰毛が、まるで種から芽を出す草花のDVDの早送りのように、みるみるうちに再び生えて来るのである。完全に元に戻るのに10分もかからないのだ。これには、私は、ただただ驚嘆の思いを禁じえなかった。



 また、私が、特に疑問に思っていた人工男根内の、特に、亀頭内に数多く埋め込まれている筈の各種センセー(検知器)の複雑な配線は、一旦、人工睾丸の下のマイクロチップに全て集約され、そこから肛門横、つまりお尻の割れ目部分を通して、脊髄の末端神経に神経縫合されたのである。



 ……そして、その後も、あの前田彩華との、狂気のような実験の画面が続く。



 ともかく、私には、はっきりした記憶があって無いような状態であって、ただただ、背後からの動作を、際限なく繰り返す、狂った雄猿のようにしか見えなかった……。



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