暗黒ギフト1

西羽咲 花月

第1話

「うわ、遅刻!!」



昨日の夜遅くまでテレビゲームをしていた深谷海斗はベッドの中で目をさますやいなや、そう叫んで飛び起きた。



枕元に置いてある時計は朝の8時半を指していて、朝の通学班の集合時間になっていた。



「やばいやばいやばい」



大急ぎでパジャマを脱ぎ捨てて着替えをし、机の上のランドセルを掴んで部屋を出た。



リビングダイニングの前を通り過ぎたとき、焼き立て卵のいい香りが漂ってきて一瞬立ち止まる。



お腹がグーッと鳴ってゴクリと唾を飲み込む。



だけどもう朝ごはんを食べている時間はなかった。



すぐにでも家を出ないの通学班に間に合わない!



すでに通学班の点呼は始まっている時間帯だ。



「海斗、あんた今頃起きてきたの?」



階段を駆け下りてきた音が聞こえいたようで、リビングダイニングのドアが開かれて中からしかめっ面をした母親が出てきた。



「あれほどゲームをやめなさいって言ったのに、また夜中まで遊んだんでしょう」



「うっ……」



言い返すことができなくて数歩後ずさりをする。



母親は盛大なため息を吐き出して海斗に小さめのおにぎりを差し出してきた。



それはサランラップで丁寧にくるまれている。



「それ持って、早く行きなさい」



いくら起こしても起きない海斗のために作っておいてくれたみたいだ。



海斗はそのおにぎりにとびつき、それから「ありがとう!」と大きな声で言うと玄関へ走った。



起きてからもうすでに10分くらい経過している。



通学班は自分を置いて学校へ歩き始めているかもしれない。



小さなおにぎりを口に放り込み、靴をはいて勢いよく玄関を出る。



そのままの勢いで道路へ出ようとしたのに、突然なにかに躓いて体のバランスを崩してしまった。



わっ!!



と、思ったのは心の中でだけだった。



口の中はおにぎりでパンパンだ。



どうにかこけずにすんでホッとし、反射的に自分の足元を確認した。



そこには黒い小箱が置かれていて首をかしげる。



手にとって見るととても軽くて、表面には白いペンで深谷海斗様へと書かれている。



「なんだこれ」



ゴクリとおにぎりを飲み込み、眉を寄せて箱を見つめる。



どこを確認してみても差出人の名前は書かれていなかった。



通常荷物をおくる時に必要な送り状も貼り付けられておらず、海斗の名前は箱に直接書かれている。



「っと、そんなことしてる場合じゃなかった!」



海斗はその箱をランドセルに放り込むと、大慌てで学校へ向かったのだった。


☆☆☆


通学班はすでに学校へ向かってしまっていたけれど、ギリギリ遅刻せずに教室に滑り込むことができた。



5年3組の教室へ駆け込んだ海斗は「ふぅ~」と、大きく息を吐き出す。



朝から全力で走ってここまで来たから、全身汗だくだ。



せっかく食べたおにぎりの分は早くも消費してしまった。



席についたタイミングでホームルーム開始を知らせるチャイムが鳴り始めて、海斗はランドセルを机の横に引っ掛けて、あの箱の存在はそのまま忘れてしまったのだった。


☆☆☆


教卓に立つ先生が今日の注意事項を説明している間、海斗は何度もアクビを噛み殺した。



母親に指摘された通り、昨日は夜遅くまでテレビゲームをしていて寝不足だ。



だけどストーリー性のあるゲームは続きが気になってなかなか途中で辞めることができない。



30分だけプレイして辞める友人もいるけれど、海斗には信じられないことだった。



どうせならキリがいいところまで進めたいと思うものだろう。



うつらうつらしている間に朝のホームルームが終わり、海斗は椅子に座ったまま大きく伸びをした。



ようやく少しずつ目が覚めてきた気がする。



さすがに授業中に堂々と眠ることはできないので、今の小休憩時間中に目を覚まして置かないといけない。



そう思っていると、友人の西村健がニヤついた笑みをたたえて近づいてきた。



「海斗、今日遅刻ギリギリだったな」



「あぁ。ちょっと寝坊したんだ」



「また通学班と一緒に来れなかったんだろ?」



健はそう言って笑う。



通学班に置いていかれたのは今学期4度目だ。



いまのところ同じ地区の中では海斗が1位らしい。



健はそれを知っていてケラケラと笑っている。



「別に、学校くらい1人でも来れるだろ」



「そりゃそうだけど、俺たちもう5年生だぞ? 今は下級生の面倒を見るための通学班だろ?」



そのとおりなのでなにも反論はできない。



1年生や2年生たちはしょっちゅう遅刻する海斗を見てどう思っているだろうかと、考えなくもなかった。



下級生たちにとって見本にならないといけないこともわかっているけれど、真面目を貫くことだって難しいのだ。



「誰か言ってたよな。ルールは破るためにあるんだって」



誰が最初に言い出したのかわからない都合のいい名言を言ってみる。



健は今度は呆れ顔になってしまった。



海斗はランドセルの中身を机の中に片付けているとき、ふと指先になにかが触れるのを感じた。



それを引っ張り出してみると、今朝躓いて小箱だった。



「なんだその箱」



真っ黒な箱に白い文字で海斗の名前だけが書かれている。



それはなんだか異様なものに見えて健は顔をしかめた。



「さぁ? 朝玄関先に置いてあったんだ」



試しに箱を揺らしてみるとカタカタと小さく音がした。



なにか入っているみたいだ。



「なんだよそれ、もしかして爆弾とか?」



「爆弾ならとっくに爆発してるだろ? 俺、全力で走って来たんだぜ?」



前にテレビドラマで見たことがある。



爆弾は刺激に弱く、揺らしたり叩いたりすると爆発することがあると言っていた。



それが本当かどうかはわからないが、少なくとも海斗は信用していた。



「何が入っているのか確認してないんだろ?」



「うん。そんな時間なかったから、そのままランドセルに入れてきた」



「げぇ。そんなわけわからないもの、学校に持ってくるなよ」



健はまるでこの箱が毒物でもあるかのように舌を出している。



「まだ開けてないんだから、良いものか悪いものかもわからないだろ」



海斗はそう言って小箱を机の上に置いた。



そして蓋に手をのばす。



「その蓋開けたら大爆発を起こすとか!?」



「そんなわけないだろ」



健をたしなめながら一気に蓋を開ける。



一瞬本当に爆弾だったらどうしようと思って身を縮めたけれど、中に入っていたのは一枚の紙だった。



「なんだこれ……」



箱の中に入っている紙を取り出してしげしげと見つめる。



それはちゃんとしたレターセットのようで、開いてみると文章が書かれていた。



『ネコが轢かれる』



紙を開いて真っ先に視界に飛び込んできたのはそんな文章だった。



レターセットの一番上に一番大きな文字で書かれている。



それを見た海斗は一瞬呼吸をするのを忘れてしまっていた。



しかし、書かれている文字はそれだけではなかった。



下に普通サイズの文字で色々と書かれている。



「放課後4時頃、学校の隣にある空き地で」



文章を読み上げて首をかしげる海斗。



なんじゃこりゃ?



ネコが轢かれるなんて物騒なことが書かれいてるから一瞬身構えたものの、それ以上のことは書かれていなかった。



もちろん爆弾も入っていないし、海斗にとって驚異となるものはなにもない。



「なんだこれ。イタズラか?」



横から手紙の内容を確認っした健が眉間にシワを寄せて呟く。



「たぶんそうだろうな。意味わかんねぇ」



意味はわからないけれど、いい気分ではない。



これはきっと新手のイタズラなんだろう。



大方、海斗と仲のいい誰かが、海斗が驚いている様子を見たくてこんなことをしたんだ。



「こんな小細工するなんて、暇なやつがいるんだなぁ」



海斗は笑いながら言って、箱をランドセルに突っ込んだのだった。

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