第2話 ようこそ! スローライフ系展開へ

「うっわー」


 馬車にられて巨大な《精霊樹せいれいじゅ》のふもとにたどり着いた僕は、完全に言葉を失ってしまった。

 横で馬から降りたリオンヌさんが苦笑くしょうする。


「その気持ちはわかるかな、オレもはじめてこのを見たときは同じようなものだったからな」


 この《精霊樹》ははる古来こらいの昔から、この地にそびえていたと伝えられている。

 そして、この国の人々は、代々《精霊樹》を守り、住処すみかとし、共存してきた。

 リオンヌさんが、僕に向かって手招きする。


「さあ、いつまでもそこでポカーンとしてても始まらないからな──スバル、こっちだ」


 その呼びかけに、僕はあわてて駆け寄っていく。

 リオンヌさんの後についていく格好で、僕は《精霊樹》の大きな門をくぐり、内部に拡がる大ホールへと足を踏み入れた。


「なんだこれ、吹き抜けの天井が見えない……」


 再びポカーンと口を開けて間抜けな表情になってしまった僕に、さすがにこらえきれないと笑い出すリオンヌさん。


「ほら、いちいち驚いていたら、いつまで経っても目的地に着けないぞ」


 そう背中を叩かれて、僕はハッと我に返る。

 リオンヌさんに促されるまま、ホールの壁際にある扉の一つをくぐり、小部屋に足を踏み入れた。

 すると、次の瞬間、僕たちが入った部屋ごとゴォンと音を立てて動き出す。


「もしかして、これってエレベーター?」


 慌てる様子を見せない僕に、リオンヌさんが今度は感心したような表情を見せる。


「この《昇降機しょうこうき》に驚かないなんて、やっぱり、キミはあちらの世界から来たんだな」


 リオンヌさんの説明によると、この《精霊樹》の中には階段の他に、このような《昇降機》がいくつもあって、各階層をつないでいるとのことだった。


「《昇降機》の繋がりも複雑だからな、慣れるまでは迷うと思うから、一人で行動するのは控えた方がいいよ」

「わかりました」


 素直にそう応えつつ、僕はリオンヌさんに視線を向ける。

 リオンヌさんは壁に背中をつけた格好で腕を組んでいた。

 金色の髪に真紅しんくの瞳、そして、僕たちの世界ではありえない青白い肌──


「──この外見がめずらしいか?」


 静かな問いかけに、僕は素直に頷いた。


「そうだな、キミたちの世界にはオレたちのような《魔人まじん》や獣の頭を持つ《獣人じゅうじん》──いわゆる《魔族まぞく》は存在していないんだったな」


 《異世界ノクトパティーエ》には人間の他に《魔族》という種族が存在している。

 そして、《魔族》の中でも肌の色や目の色以外、比較的人間に近い外見を持つ《魔人》と、虎や狐、犬や猫など獣の頭を持つ《獣人》に大別される。


「大多数の人間は、オレたち《魔族》を忌避きひするモノだ。そういう意味では、スバルは物怖ものおじしないんだな」

「まぁ、最初はやっぱりビックリしましたけど……」


 出来の良い3DCG映像だと思えば違和感いわかんもないかな──と、口に出しかけたが、たぶんリオンヌさんには理解できないだろうと思いとどまった。

 そして、《昇降機》の終点についたのか、部屋がゴオンと重い音を立てて止まり、目の前に通路が現れる。


 ○


「はじめまして、異世界の勇者様。この《リグームヴィデ王国》へようこそ」


 《精霊樹》の最上層にある玉座ぎょくざに足を踏み入れた僕を、ひとりの少女が迎えてくれた。

 肩まで伸ばした栗色くりいろの髪に真夏の草原のような緑色の瞳を持つ少女は、自分のことを、この国《リグームヴィデ王国》の王女──パルナ・アヴィームと紹介した。


「あ、僕はすばる鷹峯たかみね すばるです。その、日本という国から飛ばされてきた高校生、いや、学生です」


 あたふたと自己紹介する僕に、パルナ王女はクスリと笑った。


「立ち話もなんですから、こちらへどうぞ」


 そう言って王女が案内してくれたのは、壁際の大きな窓に面した座卓ざたくだった。

 床には色とりどりのクッションが置かれており、テーブルの上にはお菓子と飲み物も用意されている。


「適当なところへお座りくださいな、リオンヌもつきあってくださいね」

「恐縮です」


 王女が茜色の大きなクッションに身体を埋めるのを見てから、リオンヌさんも腰を下ろす。

 僕もおずおずと青色のクッションを引き寄せて床に座った。


「──さて、スバルさんでしたね。異世界から、この《ノクトパティーエ》へと飛ばされてきたということですが、この先、どう行動されるのか心づもりはございますか?」

「心づもり、ですか……」


 勧められた飲み物を口にしながら、あらためて考え込む僕。

 爽やかな果物の香りがするお茶のような味が口の中に広がった。


「正直なところ、完全なノープランです。召喚されたと言っても誰にばれたのかわかりませんし、何もない状態で見知らぬ異世界に放り出されてなにがなんだか……という状態です」


 王女の問いに、あらためて自分の立場を客観的に眺めてみたが、実は結構厳しいというか、下手をしたら詰みかねないという状況に陥ってることに気づき、呆然とする。

 その僕の表情の変化がツボに入ったのか、王女は必死に笑いを堪えている様子だった。


「スバルさん、よかったら、しばらくこの国で過ごされませんか?」


 何か言いかけたリオンヌさんを制して、王女はゆっくりと立ち上がり、両開きの大きな窓を勢いよく開ける。

 と、同時にさわやかな風が吹き込んできた。

 王女にうながされ、僕は一緒に窓の外のバルコニーへと出る。

 眼下にはを浴びて輝く黄金色こがねいろの畑が、遥か遠くまで広がっていた。


「すごい……」


 その光景に言葉を失う僕の横で、王女が自慢げに胸を反らせる。


「これが、わたしたちの王国です」


 この国は決して大きくはない。

 《異世界ノクトパティーエ》にある《サントステーラ大陸》──その中心に近い位置にある国だが、むしろ、周辺の大国に比べると、吹けば飛ぶような弱小国だ。

 だが、この豊かな耕作地と《精霊樹》のおかげで、ささやかではあるが平和と繁栄を享受することができている。

 後ろからリオンヌさんが進み出てきた。


「この《リグームヴィデ王国》は《人間》たちの強国《連合六カ国れんごうろっかこく》と《魔族》たちの大国《魔帝領まていりょう》を繋ぐ要衝でもあるんだ」


 本来なら、《魔族》と《人間》という対立する強国間に位置するこの国は、地政学的な理由もあり、とうに《魔族》たちに滅ぼされるか、《連合六カ国》に併合へいごうされていてもおかしくはない。

 しかし、《精霊樹》に対する畏敬いけい畏怖いふの念、先代の国王──パルナの父親がはじめた《人間》と《魔族》の宥和政策ゆうわせいさくにより、なんとか独立を保つことができている。


「もしかして、僕に、この国を守って欲しい──とか、そういう話だったりします?」


 自分では隠したつもりだったけど、警戒心が表に出てしまったのだろうか。

 王女とリオンヌさんが顔を見合わせて苦笑した。


「確かに、異世界から召喚された以上、スバルさんは勇者なのでしょう。でも、わたしたちの王国は勇者を求めていません」


 そう言って笑うと、王女は僕の手を握りしめた。


「スバルさん、あなたにとってのこの異境いきょうの地ではありますが、平和に穏やかに過ごすという選択肢はありませんか?」

「平和に穏やかに過ごす……ですか」


 僕は再び眼下に広がる光景へと視線を向ける。


「スローライフ系展開ですね、それはそれでアリかもしれないなー」

「スロー……ライフ?」


 微笑みつつも首を捻る王女に、僕も笑ってみせた。


「いえ、僕たちの世界の話で、って、それはそれとして……ぜひ、僕もこの国でお世話になりたいと思います。まずはお試し期間から──」


 差し出された王女の細い手を僕も握り返す。

 こうして、僕はパルナ王女の客人きゃくじん扱いで、《リグームヴィデ王国》にきょかまえることとなった。

 この時の僕は、これから始まる新生活に向けて、期待に胸をふくらませていた。

 そして、その期待通りに日々は進み始めていく──

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